調査報告書① 始まりの朝
朝起きてすぐ、
公衆浴場の一角にある公設のパン屋まで、
焼き立てのパンを買いに行った。
こちらの世界では朝食の文化は無いらしく、
焼き立てのパンを買う事はあっても、
買った日の昼食や夕食用であり、
すぐに食べるという事は最高の贅沢とされるらしい。
とにかく焼き立てのパンと言ったら、
すぐに食べたほうがおいしいに決まってる。
定番だという酸味のあるパンと、
上質な小麦を引いた山型パン。
そしてバケットのようなパンを包みに入れてもらい、
アンが待つ宿の部屋へと持ち帰った。
コーヒーが欲しいところなのだが、
こちらの飲み物と言えば、
猫じゃらしの様な野草を煎じた、
ほうじ茶によく似たスラー茶と呼ばれるものが良く飲まれている。
聖域内でも人気があるらしいが、
裕福層や高貴な人たちは、
れにたっぷりの砂糖や蜂蜜を入れるらしい。
どこの世界でも流通事情が発達していないと、
甘味というものはそれ相応の価値が伴う贅沢品なのだろう。
「おはようございます、ご主人様」
ご主人様と呼び方は止めてくれと何回も頼んだけれど、
「かしこまりました、ご主人様」っていうやり取りをすること30回。
僕がその呼び方を全力でスルーすることで折り合いがついた。
まだアツアツのパンを渡すと、
これを今食べていいのかと不思議そうに僕を見つめる。
朝食の習慣がないというのは知っているけど、
僕が食べろと指示しなくても食べることが出来るようになるところから、
マインドセットしなくてはいけないらしい。
痩せすぎの感があるアンには、
当面の間、朝昼晩と三食食べさせて栄養を取ってもらおう。
これから先、独り立ちできるまでの道のりが、
短いほうが彼女の為になるだろう。
それに、成長過程の戦闘力も、
せめて同世代のネラちゃんくらいないと、
この先いろいろコンプレックスになるかもしれない。
いや、決して僕の目の保養の為ではない。
決して僕の為じゃない。
【聖鑑定】
氏名:アン
レベル:-
性別:女性
年齢:14才
種族:ヒューマン
属性:火★水★風★土★聖★闇☆
魔法:-
ギフト:妖精の小箱 アイテムボックス
:魔法連鎖 発動魔法の連射化
:魔眼魔 魔素吸収及び放出
:非表示
:非表示
:非表示
所属:サテラ・ベンツピルスの奴隷
称号:聖魔の雛
僕が鑑定したアンのステータスだ。
クリシュナイ伯たちには、
どのようなステータスが表示されていたかはわからない。
アンが鑑定されたのは、
僕が兄さんと会うほんのちょっと前だからだ。
兄さんが僕のステータスを偽装したように、
アンのステータスも同じことをしていたのかもしれない。
そう思いついて、アンのステータスを再鑑定してみたのだった。
素人の僕が見る限りでも、
属性が5つもの恩恵を受けているとすれば、
クリシュナイ伯たちが自ら育て上げると言い出すところだったろう。
それに魔眼だ。
よくわからないけど、
兄さんが隠蔽したところを考えれば、
アンの鑑定の際にも、なにかしらの影響を与えていた可能性があった。
そうだとすれば、僕と兄さんのあの出会いの場面に、
アンが付いてきちゃった理由も察することが出来る。
魔眼が兄さんの魔力に引き寄せられたのだろう。
「・・・柔らかくこんな美味しいパン初めて食べました」
「そうだろう。パンは温かいうちの方が旨いんだって。できればバターとかチーズなんてのがあるともっと良かったけど。パンしか売ってないんだよな。カウンターにジャムとか積んでおけば売れると思うんだけどなぁ。商売が下手な人たちだな」
「・・・ご主人様は商人でございましたか」
「商人っていうか、商社に勤めるサラリーマン・・・って言っても分からないよなぁ」
「すみません、私は頭が悪いので難しい話はよくわかりません・・・」
「いやいや、今のは僕が悪かったよ。行商人のような仕事をしていたのさ」
「・・・ご主人様、記憶を無くされたとおっしゃられていましたが」
「それも半分しか正解じゃない。いいか、この話はここだけの話にしてくれよ。秘密は守れるかい?」
「・・・ご主人様のご命令は絶対です」
「よし、それじゃ二人だけの秘密だぞ。実のところ僕の正体は・・・」
【マスター、国家機密違反で報告対象となります】
「勇者ダイドージの弟なのさ。約一か月前、1000年前の世界からこの世界にやってきたという訳なんだが、実のところなんで僕がこの世界に来ているのか謎だった。たぶん兄さんから呼ばれたんだろうな。昨日僕とアンがあったのは僕の兄さん、勇者ダイドージだ」
アンの顔色を見ながら説明していく。
あまりにも不安の色が濃く出るようであれば冗談だと逃げるつもりだったのだが、
アンの碧眼の瞳は、僕から語られることが真実であると受け止めているようだった。
もっとも、昨日僕の兄さんと遭遇したことを、クリシュナイ伯にもサテラさんにも、
そしてネラちゃんにも。誰にもその事実を語らなかった。
それだけ僕と兄さんに危害を加えるような存在じゃないと信じてくれたからなのだ。
そのアンに対して、組織を裏切らない可能な限りの情報を開示するのは、
僕にとっての当然の義務のように思えた。
「この1000年間、勇者ダイドージに何があったのかは分からない。けれど誰も勇者ダイドージを助けられないのだとすれば、僕は兄さんを殺さなくてはいけないんだ。それが兄さんの願いだったからね」
兄さんからの依頼の真意を理解したように、
アンの瞳には悲しい色が溢れている。
「もちろん僕は弟だ。可能な限り兄さんを助けたい。ぶっ殺すのは最悪の最悪の最悪くらいの悪い結果が積もり積もった時の事だ」
兄さんの為なのか、僕の為なのか。
アンの涙が頬を濡らしていた。
「アンにはすごい才能がある。僕もそれを知っている。アンには今ふたつの選択肢がある。クリシュナイ伯の下で、魔法の英才教育を受けること。聖都の魔法学校に通う事になるのかな。もう一つは僕と一緒に兄さんを助けるにはどうすればいいのかその方法を探し出すこと。両方の選択の最終目標は同じなんだ。そう、兄さんを、勇者ダイドージを打ち倒すこと」
僕はクリシュナイ伯たちとは違う道を探りたい。
たぶんクリシュナイ伯のやり方では、
兄さんを助け出す可能性はゼロなのだろう。
「悪いけど、彼らに目を付けられた時点で、この二択以外の選択は無いと思う。隷属の契約も結んだままだしね。すぐに選べとは言わないけど」
アンが僕の手を取ってこう言ってくれたんだ。
「ご主人様。あの日ご主人様が私を助けてくれたように、私はご主人様のお力になりたいと願っています・・・」
【マスター、ギリギリですが合格とさせて頂きます】
僕の。
いや、僕たちの調査報告書は、
この日の朝から新しいページが始まるのだった。




