調査報告書① 聖域から帰って参りました
「もしかして最初から勧誘目的でしたか?」
サテラさんを恨む気持ちは微塵もない。
むしろ感謝することでいっぱいなのだが、
彼女たち聖騎士が勇者ダイドージを倒す「聖なる雛」
というのを探していたってことは間違いないだろう。
という事は、あの魔法を見られた僕について、
「雛の候補」と目星をつけたのには頷けるのだが、
アンの事はどうだったのだろう。
「勧誘しろという指示は無かったわ。ただ、聖なるものか魔であるものかを確認しろという指示はあったけど」
「魔である可能性も思ってたんですか?」
「キミが善人だってすぐわかったよ。みんなを助けてくれようとしてたもんね。それにアンの事だって・・・」
姉が妹を見守るような、
優しい眼差しでアンを見つめるサテラさん。
「アンが普通じゃないってわかったのは一緒に水浴びした時なの」
なにぃ。
突然小綺麗になったあの時の事か。
やはりあの火の一夜をサテラさんとアンがともに夜を過ごしたのは、
普通じゃないような、なんなことやこんなことを経験しているという事なのだろうか!?
踏み込んではいけない一線を越えたとき、
どんな普通じゃない事がおこったというのだ。
【マスター、病気が出てます。病気が】
おっと失礼。
普通じゃないってのは潰れていた右目の事か。
さっき兄さんに会ったからなのか、
シンクロ率が急に良くなったからなのかよくわからないけど、
いままで感じ取ることのできなかった魔素の流れがわかる。
血潮といっしょに全身を駆け巡る未知のバイタリテイ。
血潮と言っても僕に流れている疑似血液は蛍光色の黄色い液体である。
さっき兄さんから血液に擬態させる色素を除去されている。
これを突然ぶちまくような事態になったら、
とてつもなくスプラッタな状態になるのは間違いないだろう。
こりゃ、鼻血さえうかつに流せないな。
想像しただけでも気持ちが悪くなる。
まだぼんやりと感じ取る程度なのだけれど、
今の状態でもアンが尋常じゃないほどの魔素を纏っているのが見て取れる。
それも右目からあふれ出している魔素が、
全身を覆いつくす光のヴェールのようになっている。
サテラさんもこのようなアンの潜在能力を感じ取っていたのだろうか。
ギフトの鑑定とは違う能力があるのかもしれない。
「とにかく今日は色々な事がありすぎて疲れたでしょ。宿でゆっくり休んで。食堂で美味しいものいっぱい頼んでいいからね」
アンが遠慮なしにコクコクと激しく同意している。
そういえば、僕も結構腹が減っているな。
本当に色々な事が多すぎた。
「近くに公衆浴場もあるからよかったら行ってみなよ。いっぱい食べてカラダをリフレッシュして、キミたちが何をしたいのか。何が出来るのか。じっくり考えてみるといいかな」
「・・・そうしてみます」
「うん、それがいいよ。それじゃ私は見送るのは城門まで。そうだ、なにか緊急で私に連絡したいときはこれを使って」
巻かれた羊皮紙を数本渡される。
「遠隔通話の巻物。クリシュナイ伯から預かったの。広げて私の名前を告げると自動的に頭の中で会話できるのよ」
「そんな便利な巻物があるんですね」
「でも、すっごく高価なものだからあくまでも緊急連絡用に使うヤツだからね。1本はアンがもってて。宿でボーズくんに襲われそうになったら迷わず使っていいよ」
「そんなことしませんから!」
「しないというより出来ないのかな。まだふたりには私の隷属契約魔法が残ってるからね。私の所有物であるアンに危害を加えようとすれば、同じく私の所有物であるボーズくんにだって隷属の契約により聖なる力が魂を粉砕しちゃうから」
妄想するだけで発揮されるのだとすれば、
とてつもなくやばい状況だ。
「それじゃ、いい返事をまってるからね!」
任務の遂行が完了したからなのか、
肩の荷が下りたからなのか、
軽やかな笑顔となびく金髪の残像を僕の瞳に残して、
サテラさんは聖域の深部へと去っていった。
もしかしたら、サテラさんとは二度と会うことが出来ないのかもしれない。
確信がないが、そんな事を思わずにはいられない。
僕のカラダに巡り始めている魔素が、
そう教えてくれているように思えた。
「おかえり、えーとボーズさんだったよね」
ベンツピルス家の経営する門前宿「金獅子亭」。
なんとか戻ってこれたと思ったら、
なんだか急に力が抜けた。
食堂で給仕をしている小間使いの女の子ネラは、
ちょうど中休みなのかロビーのソファーで本を読んでいた。
「そうだ。ネラちゃんに頼みごとがあるんだけど」
「ええっ、面倒なのは有料だよぉ・・・」
「はは、ちゃんと報酬は払うからさ。近くに公衆浴場があるって聞いてさ。ネラちゃんは利用したことがあるかい?」
「結構料金が高くてさ。チップをはずんでもらった時とか数回しか行ったことないけど」
「それなら安心だ。アンを浴場に案内してほしいんだ。できればネラちゃんも一緒に入浴してほしい。料金は僕が全部払うし、もちろんネラちゃんへの報酬は別払い。お願いできないかな」
「・・・支配人さんに許しを貰わないと」
人の気配を察知した支配人が奥の部屋からこちらを伺っているのだが、
小さく首を縦に振り、ネラちゃんにOKのサインを送る。
「それじゃみんなでお風呂に行こうか」
アンに「風呂入ったことあるか」なんて無粋な事は聞けなかったし、
僕がこの異世界の入浴マナーを知る由もない。
入浴したことのある同世代の女の子が一緒であればなんとも心強い事なのだ。
まぁ、僕の方は見よう見まねでなんとかなる事だろう。
「それじゃ、部屋に行ってお金取ってくるから」
「・・・ご主人様、お待ちください」
アンがもぞもぞとポシェットの中に手を入れている。
「お預かりしているお金です・・・」
手には僕が預けた革袋があった。
おかしい。
聖域の検問であのポシェットを検査されたとき、
中身は何も入っていなかった。
ポシェットから荷物を抜き出す様子も見てはいなかった為、
検問の時、何も入っていないポシェットの事は気にはなっていたのだけれど。
「おいおい、それはアンに預けているけど非常用だっていっただろう。大丈夫、お金はまだ余裕はあるから心配するなって。そんなに心配ならしばらく狩りにでもいってみるか?ネコ狩らせたら右に出るヤツなんていないぜ。左はなんとも言えないけど」
アンには僕の知らない秘密があるのかもしれない。




