調査報告書① それは出来る事なのでしょうか
兄さんが勇者だった。
しかも僕より2000年も前に、
この世界に生身でやってきていた。
頭の中がグチャグチャになりそうだが、
アンが隣で狐につままれた表情のまま固まっている。
兄さんとの会話の内容が全く分からなかったのだろう。
何故ならば、僕たちは日本語で会話をしているからなのだ。
「お前の属性とレベルについてだが、全属性適合ってのは真実だ。俺がそう作り上げているからな。でもレベルについては予想外だったな。設定では俺より高くしてあったんだけど」
僕のカラダの奥底を見通しているように、
広げられた掌から得体のしれない何かが入り込んでくる。
「・・・ん?なんだコレは。俺はこんなの注入していなかったぞ」
そう言って握った掌から、ドス黒い塊が現れた。
塊は塵のように粉状となり舞い上がり消えていく。
煙のように見えるそれは黒というより赤に近い色をしているようだ。
「あっ、それ。体液が蛍光色ではまずいだろうって、棚橋研究員が色を赤くする染料をまぜてくれたヤツかな。細胞への影響は全くないって言ってたけど」
「あのバカ。細胞にはなんともなくても魔素には大敵だって事だ。これで徐々にレベルは上がっていくだろう」
「・・・兄さん、時間がないんだろう。本題に入ってくれ」
4~5分しか時間がないと聞いている。
もっと話したいことは山のようにあるのだけれど、
兄さんの身の上に降りかかっているイレギュラーな出来事がある。
魔道に落ちた勇者などと呼ばれている事だ。
兄さんの事は、僕が誰よりも知っている。
誰よりも頭が良く、誰より恰好が良く、誰よりも優しい。
そんな兄が道を踏み外すなんて事は絶対にありえない。
自分の意思に反して異常事態に巻き込まれている。
そんな確信が僕にはあった。
「そうだな。お前に付いてきちゃったっ客人もいる事だ。大切な要件はすぐに始めるとしようか」
指を弾く音がした。
草原の小高い丘の景色が一点の光の粒に吸い込まれていく。
なにか真っ暗な空間の中に投げ出されたようなのだが、
それが縦なのか横なのか。前なのか後ろなのか。
僕は今どういう状況であるのかが分からない。
感覚的につかんだ左手に、アンの右手が掴まれている。
スカイダイビングをしているように、お互いの体が宙を浮いているような格好だ。
重力ってやつをまったくもって無視している。
「それでは始める。【能力転移】【能力開放】【スキル転移】【スキル発動】【ギフト転移】【ギフト発動】【システムナビゲーションアップデート】」
僕とアンのカラダが極彩色の淡い光で包まれる。
何が起こっているのかは分からなかったが、
包まれた光が暖かく柔らかく、そして優しい。
「おっと、彼女の右目だけど見て驚くなよ。レディーに対して失礼になるからな」
開かれることのなかったアンの瞳。
碧の瞳であるべきところにその色は無く、
白であるべきところが碧の色に染まっていた。
左目の色に対して反転しているのだ。
「魔眼と言ってね。何百万人に1人の魔素の寵愛を受けた特別な眼なんだ。だがこの世界では、強大な魔力を恐れる人々から忌み嫌われている。【魔女の眼】って呼ばれいるよ。お前へのメンテナンスと一緒に直しておいたけど、その魔眼は何かと面倒を呼び起こすから、今から魔法を教えよう」
「僕、魔法なんて使えないよ」
「全属性適合だぞ。それに無詠唱のギフト持ちだ。いいか、今俺が使えるのは最低限レベルの魔法だけだ。それをよく見ておけ。お前に託したギフト、魔法複製そして本物の偽物」
兄さんの指がアンの右目の瞼に触れた。
その瞬間、反転していた眼の色が、
左と同じ碧色の瞳へと変化していく。
「これが幻影魔法としては初歩の初歩。ただ偽って見えるだけだ。それをお前に与えたギフトでこう願ってみろ。この偽りは本物であるってな。ちなみにお前が目の前で発動を見たすべての魔法は、無詠唱でコピーできる。さっきエリザベスの治癒魔法も使えるから、そのうち実験してみろ」
「・・・兄さん」
「おっと、時間が無いから早口で行くぞ。説明が出来なかった部分はナビゲーションシステムに書き込んでおいた。そっちから説明を受けてくれ。それと間もなくお前たちは聖都の祠堂に戻るけど、鑑定される能力値は偽装しておいた。本当のステータスはお前しかわからない。祠堂の恩恵でもバレないから安心しな。全属性適合と知れたら殺されるかもしれないから気をつけるんだぞ」
「・・・そんなことより」
「うるさい。それにだ。女の子を泣かすんじゃない。俺たちが日本語でしゃべってるから涙目になってるだろう。後で慰めてやれ。・・・もう手を出したのか?」
「殴るぞテメエ!」
「ははっ、ごめんごめん。悪かったよ。俺の状況はクリシュナイ達が説明するだろう。それを見越しての願いなんだが・・・」
「僕にできる事なら何でも」
「そうか。頼んだぞ」
「もちろん」
「・・・俺に出会ったら、躊躇わず殺してくれ」
僕に出来る事なら。
そう兄さんに約束したのだけれど、
それはその範疇に存在しているのだろうか。




