調査報告書① 偉い人と会っちゃいました
「それじゃ、さっそく始めようか」
大賢者と呼ばれるストライスクゾーン・・・もとい、
美しい銀髪の女性はエリザベス・キャベンディッシュ枢機卿。
聖都の行政区において、医療分野の最高責任者であり、
聖国随一の聖魔法大賢者の称号を持つ魔法使いだった。
魔法が使えるこの世界では、
病院という概念は人生の最期を看取る、
「ホスピス」の役割の事を言う。
病気やケガの治療は、教会の司祭や助祭、
そして修道士によって行われる。
つまり医療行為は魔法による治療に特化されている。
魔法を使用せずに治療する医師という存在は皆無であり、
近い職業と言えば、漢方薬のような生薬を調合する薬師である。
ゆえに、怪我などの治療はこちらの世界の方が回復期間は短いのだが、
感染症対策など、医療の基本的な知識が乏しい。
魔法が便利すぎる故の弊害なのだろう。
マーサさんの開拓村にいた時も、
よく老人たちがあの年の流行り病で誰が死んだとか、
何人死んだとか、そんな話ばかりしていたのを覚えている。
エリザベス・キャベンディッシュ枢機卿・・・って長いな。
エリザベスさんのような高名な魔法使いに治療を受けられるものなど、
ほんの一握りの人間だけなのだろう。
「キミがボーズくんで、こっちがアンさんね。うんうん、サテラから聞いた通りゾクゾクするような秘密を持ってるのね」
僕の頬を撫でるように手を差し伸べるのだが、
瞳の奥には全てを見透かすような鋭い光を宿しているのが分かる。
まずい。
僕が人工物であるって事がバレてしまったのだろうか。
アンの秘密なんて、髪で隠れているけど右目が潰れているって事と、
農奴頭の最下層の奴隷であった事くらいか。
アンを残して逃げ出す訳にはいかない訳で、
悪いようにしないと言ったサテラさんの言葉を信じるしかない。
ここで僕が暴れたり魔法をぶっ放しても、
隣にいるクリシュナイ伯だって相当な手練れなのだろう。
よくわからないが隙が無いってこういう人の事を言うのだろう。
世の中がひっくり返っても、
僕が勝てる可能性は完全にゼロだ。
「それじゃ、気になるほうから。【聖鑑定】」
白い光を放ちながら、リング状の何かが天から舞い降りてきた。
頭から足先にかけて、ゆっくりとその輪が異動する様は、
MRIの検査を受けているように思えるのだった。
「・・・なるほど、そういう事かぁ」
「じらすなリズ。神の啓示どおりなのか?」
初めてクリシュナイ伯が口を開く。
見た目20才くらいの若者にしては、
老練な落ち着きのある物言いだ。
見た目は若く見えるのだけれど、
マーサさんの言ってたじいさんってのと、
同一人物であるのだろうか。
「ええ、掲示通りだったわ」
「・・・ようやく見つけたか」
どうやらクリシュナイ伯が探していた人に該当したという事なのだが、
僕にはさっぱり理解する事が出来なかった。
何故ならば、光の輪は僕ではなく、
アンの頭上に降り注いでいたからなのだ。
「・・・・」
しゃべるなと言われたのでそっと手を挙げてみた。
「何か質問かな?」
エリザベスさんが首を傾げて僕を見つめる。
サテラさんの方をチラ見すると、
喋っても良いと目で合図をくれたので、
「・・・アンをどうする気ですか?」
気になる存在がなにゆえ僕ではなくアンなのか。
一番の疑問はあまりにもみっともないので、
二番目の疑問を尋ねてみる。
「ああ、この子はね・・・」
「リズ、私が説明しよう。最初に説明しなかったのは大変失礼な事だった。非礼を詫びよう」
クリシュナイ伯から語られたのは、
2000年前の勇者と神との聖戦まで遡った。
大体の話は大回廊のレリーフで聞いていたのだが、
勇者と神様の聖戦の結末というのは描かれていなかった。
その疑問の答えがそこにあった。
「聖戦はまだ続いている。勇者と智の神との決着はついていないのだ」
「2000年間も続いているって事でしょうか?」
「そのとおり。我々はその戦いを終わらせるべく女神クリージュカルニスより啓示を待ったのだ。待ち続ける事1000年、ついに啓示が与えられた。世界の何れかに現れる勇者とその従者が転生されるという天啓だ」
「それでアンは・・・」
「勇者とともに聖戦を戦い抜いた従者の転生者だ」
僕の驚きは尋常ではないのだけれど、
アンもアンで今にも気絶しそうな雰囲気だ。
間違いなく目が逝っている。
「啓示にはこうあった。【聖魔の雛が天魔を討つ】と」
「・・・聖魔の雛ですか」
「これは大魔導士カルディナの魂」
「ああ、久しいな。1000年ぶりの再会だ」
「可哀そうに、右目が焼かれているの。【主天使慈愛の天使のご加護を】」
アンにかざす掌から、慈愛の光が放たれる。
「中級上位では癒着した瞼の修復までしか回復できないようね。少し厄介な魔法で潰されているの」
「上位治癒では耐えられないか」
「まだ魂の器は子供なのよ。これ以上は魂に傷がつくわ。段階を踏んで治療していかないと」
「目は大丈夫なのか。それが心配だ」
「大丈夫みたいだけど、開眼するには時間が掛かかりそうね」
何を言っているのかよくわからないが、
アンの事を今すぐ取って食おうという悪意は感じられない。
むしろ痛々しい右目の治療をしてくれたのはありがたい限りだった。
焼けただれたような傷跡はすっかり綺麗に回復しているけど、
閉じた瞼は依然としてそのままだ。
治せるものなら治してほしい。
なんといってもアンは女の子なのだから。
「・・・合格でいいかしら、アルバート」
「うむ。魔ではないことは間違いないだろう」
・・・もしかして僕の事か?
「よかったぁ。魔族って言われたらどうしようかと思ったよぉ」
凛々しかったサテラさんが突然ヘナヘナとしゃがみ込む。
なんだかよくわからないが、
僕の事を試していたという事なのだろうか。
「ようこそ【聖魔の雛】殿。1000年間お待ちしておりました」
クリシュナイ伯、エリザベスさん、そしてサテラさん。
僕に片膝をついて首を垂れる。
「女神クリージュカルニスの聖名の元、どうか魔道に落ちた【勇者ダイドージ】を討ち果たしてください」
・・・ダイドージ。
聞き覚えのある名前であった。




