調査報告書① 絶対聖域より絶対領域が良いでしょう
次の日の朝、僕が目を覚ましたのは、
腕の中でアンがバタバタと騒ぎ立てたからだった。
やはりベットに潜り込んだのは自分の意思というよりは、
アルコールの影響なのか、寝ぼけてたって事だったのだろうな。
この年で「ご主人様に夜のご奉仕を」的な考えがあるのならば、
それはそれで大問題である。
僕にしっかりと抱きつかれていた為、
なかなか抜け出せなくてもがいていたらしい。
まぁ、大きな声を上げられなかった事は幸いだった。
もしサテラさんに見つかったら、
一刀両断アジの開きになっていた事だろう。
アンのベットはあっちだったろうと指をさすと、
僕が悪さをしたのではないと、
すぐ理解してくれた様子だった。
もっとも、本当にやましいことなどしていないのだから、
責められることなどないのだ。
とりあえず今は、アンの寝言と右目の事は、
聞こえなかったし見なかった事にしよう。
サテラさんと待ち合わせをした時刻、
ウォールキビオリの検問所の前までやってきた。
こちらの世界では朝ごはんという習慣がなかった。
11時ころの昼食と日没後の夕食。この二食が基本らしい。
もとの世界でも朝ごはんはコーヒー1杯だけだった僕は、
パンやご飯は食べなくてもいいのだけれど、
コーヒーが飲めないつていうのはなかなか厳しいものがある。
焦がした大麦の麦湯ならあるのだけれど、
なんだかちっょと物足りない。
贅沢は言えないんだけれど。
検問所はウォールカルラの倍以上の憲兵と文官、
そして戦士が通行者を厳しくチェックしていた。
ウォールキビオリより中心部は、聖域と呼ばれる、
元貴族の居住区と霞が関のような行政区が存在しているのだとか。
サテラさんの実家もこの中にあるっていう事は、
ベンツピルス家は元貴族ということになるのだろうか。
サテラさんの事は実のところ良くわからない。
記憶がないという理由でこの世界の事を優先的に聞き出したこともあり、
彼女の生い立ちや家柄の事など聞くことは無かった。
そこに足を踏み入れるのは、
ずうずうしい僕にとってもためらう領域なのである。
「ごめん、待たせちゃったね・・・」
30分ほど遅れてサテラさんがやってきた。
聖騎士の本部に戻って報告をすると聞いていたので、
新しい聖騎士の鎧を着用してくるのかと思ったのだが、
聖都の紋章だろうか、青い模様の入った白地のローブを纏っている。
鎧は外部に出かける時の正装なのかもしれないな。
「いえ、僕たちはこれからどうしたらいいんでしょうか・・・」
「心配しなくてもいいよ。キミたちの事は話を通してあるから、神殿で大賢者様に視てもらえよ」
「・・・僕はそうなんでしょうけど、アンも同じですか?」
「ふふっ、折角だからアンも視てもらおうよ」
僕以上に不安を覚えるアン。
僕は属性の事やレベルの事があるから視てもらうのには理由がある。
けれど、アンを視てもらうというのは、どんな理由があるのだろう。
焼け爛れている右目の事や、ほとんど喋れない事。
もっとも寝言では言葉を発していたから、
言葉を出せないのではなく、
喋ることが出来なくなったという症状なのだろう。
心療内科的な事はよくわからないけれど、
心に大きな傷を負っているのだろう。
まぁ、ここで僕がどうのこうの言える立場ではないのだから、
とにかく今はサテラさんを信用するしかないだろうな。
検問所では荷物を持っていそうもない僕たちにも、
厳しいボディチェックが執り行われる。
ポケットに金貨を1枚と銀貨を数枚。
チップ用の銅貨を5枚ほど忍ばせていたが、
全て憲兵に取り上げられた。
帰り際に返却されるようだが、
聖騎士の隷属であっても、
身に着ける服以外の持ち込みは認められないのだとか。
ショートソードは宿に置いてきたのだけれど、
もってこなくて本当に良かった。
アンも同じくボディチェックを受ける。
女性の文官が対応してくれたのはありがたかったのだが、
いつも身に着けているポシェットに物言いがついた。
やはり持ち込めないのだろうか。
アンに渡していたお金の入った革袋が入っているほか、
アンの私物も入っているに違いない。
そんなに厚みがないところを察するに、
驚くようなものは入っている訳がないのだが・・・
「・・・空?まぁいいわ。身に着けているものに違いは無いから」
中身が何もないという理由で、
アンのポシェットは持ち込みが許された。
おかしいな。
彼女に渡した給料分の硬貨れはどうしたのだろう。
もちろん宿にセキュリティーボツクスなんて便利な保管庫などありはしない。
他のポケットもすべてチェックされているし、
僕と別行動して、お金を使ったような痕跡もない。
それよりも、大分くたびれているポシェットだから、
底に穴が開いていて中身を全部落っことした可能性の方が高い。
そうだとすれば、そのようなポシェットを身につけさせていては、
サテラさんの品格に傷がつくかもしれなかった。
聖域で用事が住んだら、すぐに新しいポシェットを買ってやらねば。
「いい、ここからは私がキミたちを紹介するまで一切おしゃべりは禁止だからね」
「はい、わかりました」
「・・・しゃべっちゃダメ」
「・・・・」
親指を立てて相槌としたいところだが、
「石の家」のマーサさんから、そのポーズは、
「俺と今晩どう?」って意味だから絶対に女性に向けるなと、
思い切りフライパンで殴られた後教えてもらった事がある。
敬礼ポーズで了解したことを告げる。
ついに聖域に足を踏み入れた。
堅く閉ざされた城門の先には、すべて大理石でできた白亜の神殿群が広がっていた。
いままでは西洋の古い街並みを思わせる、
どこか懐かしいメルヘンチックな親近感があったが、
この聖域は、人を寄せ付けないような威厳を誇っている。
ひの威厳の群れを従えるかのように、山のようにそびえたつ白い巨塔こそ、
聖域の最中心部、絶対聖域と呼ばれる、
「人が絶対に踏み入れられない聖域」なのである。
「あれが絶対聖域ですか・・・」
「そうだよ。私だってそう簡単に入ることが出来ないし、その名前を軽々しく口にしちゃいけないんだよ。あっ、それにしゃべっちゃダメって言ってるよね!」
「・・・・」
しまった。
思わず口を開いたのだが、
「絶対聖域」ってなんなんだよ。
素人の僕が見たって、建物の迫力以上に
「得体のしれない何か」がそこにいるっていう事が分かってしまう。
僕が好きなのは、「絶対領域」だけなんだけどさ。
「マスター、太ももよりはおっぱい派だと承知しておりましたが」
こいつの空気読めない感も絶対領域に入ってる気がする。




