調査報告書① 人間ドックに行きましょう
どうせなら腹いっぱい食べてから気を失ってほしいのだが、
アンが奴隷生活でどのような食事をとっていたのかがうかがい知れた。
それに主人と奴隷が同じ席で食事をとったり、
同じ部屋で寝泊まりするなんて事もないのだとか。
目を覚まして食べ始めはアンは、
最初こそ遠慮がちに食べていたけど、
サテラさんが「たくさん食べなさい。これは命令よ」と言ってくれたおかげで、
目を輝かせながら夢中でイノシシ肉を噛み締めている。
表情こそさほど豊かではないのだけれど、
目が見えるようになった分、アンがどんな感情をもっているのかは大分理解することが出来た。
大きな環境の変化があり、精神的なダメージが気になるところだったけど、
嫌がる様子が見受けられないってことは、とりあえず安心できることだった。
こちらのイノシシ肉は、元の世界で食べた牡丹鍋のイノシシ肉より、
かなり野性味あふれる後味が残った。
もしかして、イノシシと編訳されてはいるけれど、
実際のところは「イノシシみたいな生き物の肉」だったのかもしれない。
独特の臭みの後は、口の中に溢れんばかりの旨味を感じるのだから、
このクセさえ慣れれば、肉料理としてかなり満足できる逸品である。
上品な食べ方ではあるが、サテラさんも結構量は食べている。
さすが聖騎士というところなのだろうか。
「サテラさん。明日は朝市があるみたいなんで、ちっょと買い物してから出かけませんか?」
「そうねぇ。食料と水の確保、それとなんかクッションみたいのがあるといいんだけど・・・」
「そうなんですよ。このままじゃお尻が大変なことになりますよね」
どうやら悩みは一緒のようだ。
「石の家」があった開拓村よりは戸数が多いけれど、
この村もまた小さな農村であり朝市の規模も期待は出来ない。
だが、ここのよろず屋よりは期待することが出来る。
村に名前がないという点は、
この村もまた同じだった。
領主の名前なのだろうか。
●●子爵開墾村みたいな呼称のようだが、
正式な村の名前ではないらしい。
たぶん領主が頻繁に変わっているからなのかな。
そこらヘンも調査対象にしておかなければいけない。
イノシシ肉の余韻にひたりながら、
部屋に戻りベットで天井を見上げる。
そういえばここは異世界だったと、
こちらの世界に馴染んできた僕に、
ふと笑いが込み上げてくる。
ベットの傍らには、唯一の財産であるプリンターが置いてる。
ぱっと見るだけならば、木製の小さなつづりに見えるのだけど、
中身は高性能3Dプリンターである。
材料さえ調達できれば、クッションくらい作れそうなのだが、
エミリーがいないとただの箱だというところが悩ましい限りである。
【起動シークエンス作動開始、システムオールグリーン】
「マスター、お待たせいたしました」
「おかえりエミリー。えーと、あれからの状況だけどさ・・・」
「ご心配無用です。マスターの行動は全て把握いたしております」
「・・・その、なんだ。勝手に村を出ちゃって悪かったと思ってるよ」
魔族の襲撃の際、緊急離脱を指示してくれたエミリー。
それを拒絶してサテラさん達を助けた事は後悔していない。
けれど、職務に忠実であったエミリーに対しては、
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「サテライトドローンはすべて本部との通信圏外です。再起動が遅れた原因は、本部の承認コードが確認されないため、緊急再起動システムが起動したものです」
「じゃあ、喋れないだけで僕の行動は分かってたんだ」
「はいマスター。サテラ様の隅々まで分析された事など、奴隷としての責務を全うしようとするお姿は立派でございます」
「何が言いたいんだ?」
「・・・このスケベが」
最後の言葉は極めて小声であったが、
とりあえずスルーしておこう。
「荷馬車が襲われてた時も知ってるのか?」
「はい、マスターの指先に都合10個のゲートが出現しました。前回の威力ほどのエネルギー放出は観測されておりませんが、直後にマスターの意識がなくなっている事を考えますと、マスターに蓄積されていた魔素の容量を全て使い切った可能性があります」
「あの魔法使うたびに気絶したんじゃ使いずらい。なんとかコントロールできないかな」
「・・・解析不能です」
「ところで、聖都に向かってるんだけど何か問題になりそうな事ってあるかな」
「マスターの属性情報を検分することが目的でしょうが、医学的な検査というよりは、魔法的な分析であると思われます。検査において極めて重要なインシデント発生の場合、マスターの許可なく離脱ブログラム実行いたしますのでご了承願います。とは言っても通信エリア圏外ですから、マスターの運動機能を私が制御いたします。脱出を最優先する行動を強制執行いたします」
「・・・わかったよ」
「ところでマスター。検査終了後はいかがなさるおつもりでしょうか?」
「ああ、折角だから聖都を隅々まで見学しようかなって思ってる。ちょっと気になる事もあるから図書館みたいな施設があればいいんだけどね」
「気になる事とは」
「この世界、月はひとつしかないけど、地球で見るより月の大きさがでっかいよな」
「はい、地球から見える月の1.7倍の大きさです」
「月が大きいからここは地球ではない別な惑星か別次元だと思い込んでいたけど、夜空の星座が地球から見えるそれと似ているだ」
「つまりこの世界は「地球」であるとの仮説でしょうか」
「ああ。過去か未来なのかは分からないけど、月の大きさは地球との距離が変わっているとすれば「この世界は地球だった」って説は否定できないかもね」
「ゲートの存在が未だ良く解明されておりませんのでタイムトンネルの可能性はあります」
「それを確認するには、この世界にある歴史書なんて読んでみたいんだよねぇ」
「マスター、大丈夫でしょうか。やはり一度離脱して地球で健康診断を受けるべきかと」
「なにかおかしなこと言ってたか?」
「はい、極めて知的に事をお考えになられております。燃え尽きる前のろうそくは激しく燃え上がるのと同じなのではと危惧しております。手遅れかもしれませんがメディカルチェックいたしましょう」
・・・このナビゲーションシステム、間違いなく欠陥がある。




