調査報告書① 突然の襲撃に遭遇しました
よし、帰ろう。
僕の調査は完了した。
目の前に広がるのは、富良野の草原を彷彿させるなだらかな丘と青い空。
延々と続いてきた道も、丘の上で空に消えている。
もとの世界では、しがない三流商社の営業職だったけど、
忙しさだけは超一流のブラック企業に勤務していた。
休日出勤は当たり前で残業代なんて出やしない。
労働基準監督庁に訴えてやろうと決意した数数えきれず。
それで会社が倒産すれば少しくらい腹の虫も収まるが、
他の会社に再就職できる自信がない。
この葛藤を繰り返す日々を送っていたのだ。
まぁ、こっちの世界でも、
食べる事で精いっぱい。
生きる事が辛いのは、あっちもこっちも同じだった。
元の世界に帰ったら、
今回の報酬をきちんと払ってもらい、
新しい就職先が見つかるまでは、
日がな一日ゆっくりゴロゴロと生活してみたいものだ。
この調査で唯一楽しかったのは、
サテラさんと出会ったことくらいか。
彼女の膝枕や水浴びのチラっと見えちゃったこと。
特に見えちゃった記憶は永遠に心に焼き付けておこう。
丘の上までやってくると、
さらにその先にも丘が見える。
道は延々と続いている。
すると、なにやらすごい勢いで疾走してくる馬車が、
こちらに向かってくるのが見えた。
荷物を運ぶ荷馬車のようだが、
どうみても尋常ではない。
「ボーズくん、走るよ!」
突然サテラさんが背負子を道端に放り投げ、
剣を抜くと、凄まじい速さで荷馬車に向かっていった。
荷馬車にン名が起こっているのかよくわからないが、
剣を抜かざるを得ない状況だっていう事は理解することが出来た。
マーサさんから餞別にともらったショートソードを抜き、
背負子のプリンターを放り投げ・・・る訳にいかず、
丁寧に道端においてから、サテラさんの背中を追いかける。
走るのは得意ではないが嫌いじゃない。
どちらかといえば長距離走のほうが好きだけど、
こんな武器をもって走るなんて言うのは、
いまだかつて経験がない。
走るって時は大抵手に何も持っていない。
リレーのバトンくらいのものである。
マーサさんからもらったショートソード。
短いくせに結構重い。
こんな武器を持ってるなら、
はやく貸してくれたらよかったのにと思ったけれど、
「前にあんたの泊ってた部屋で死んじまった旅の行商人がもってたものさ」
って取り損ねた宿泊代の代わりにとっておいたものなのだとか。
あのごうつくばぱぁ。
僕を事故部屋に押しこんでいた事が判明した。
荷馬車が近づくと、
サテラさんの剣から火花の飛び散る様が見えた。
相手が何者かはわからないけど、
交戦しているのは間違いない。
脚力は圧倒的に彼女の方が上である。
まだ僕は馬車から100メートルも離れたところにいる。
まずい、一応僕は彼女にとって奴隷である。
奴隷と言っても、臨時的に隷属の契約を行ったのだった。
聖都の最深部に入城するには、
聖都の市民権を得たものか、
貴族階級者の従者や下僕にのみ認められる。
だからサテラさんの奴隷になったとは言え、
命に代えても主人を守らなければいけない義務はない。
エミリーが、村で魔族に遭遇した時、
緊急事態で離脱するって言ってたのは正論だった。
僕たちは所詮調査隊なのだ。
見ず知らずの人の為に、
自分の命を犠牲にすることなんてありえない。
それは僕やエミリーだけじゃなく、
サテラさんだって同じはずだ。
なんで彼女は見ず知らずの人の為に、
得体の知れない敵に立ち向かっていくことが出来るのだろう。
サテラさんと剣を交えているのは、
トカゲのような異形の戦士が4体。いや5体確認できた。
速さでいえばサテラさんより素早い動きをしているように見える。
彼女は甲冑を身に着けていない。
強化付与がなされていない状態で、
しかも防御力はまったく無い。
そしてあの敵の数では、
素人目に見ても勝ち目なんてある訳がない。
一刻も早くサテラさんの下に駆け付け、
助太刀しない限り彼女はアイツらに殺されてしまう。
全力で走り続けているのだけれど、
なかなかサテラさんまで近づくことが出来ない。
あと何メートルで彼女に追いつける?
まだ50メートルくらい残ってるじゃないか。
そんなに僕の足って遅かったか。
いや、時間がやけに長く感じているだけか。
たった2メートル走る間にも、
彼女がどんどん劣勢になっていくのが分かる。
だめだ、この距離では間に合わない。
そうだ。あの魔法じゃダメか。
けれど、放出した僕の魔法の軌道に、
敵をおびき寄せなくてはならない。
こんな入り混じった状態ではとても狙って撃つ事など出来ない。
下手をすれば魔物と一緒に、
サテラさんまで吹っ飛ばしてしまう可能性がある。
それだけは絶対に避けなければいけない。
サテラさんの右肩から鮮血が迸る。
ダメだ。
間に合わない。
なんで彼女は命を懸けて人を守ろうとするのだろうか。
僕にはまったく分からない。
分からないけど今自分が何をしたいのかってことだけは理解できた。
サテラさんを助けたい。
彼女の笑顔が見たい。
彼女の声がききたい。
彼女のすべてを知ってみたい。
「とにかく、いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
掌ではなく、指先に目掛けこう叫んだ。
青空に白く輝く5つの閃光が、
それぞれが弧を描きながらトカゲに似た異形の戦士たちを貫いた。
放出した魔法の軌道は、まるで自動追尾したかのようだった。
「・・・やればできるじゃん」
サテラさんは無事なのか。
荷馬車の誰を助けたのか。
結果を知ることなく僕の意識は遠のいていった。




