調査報告書① エミリーが再起動しました
「起動シークエンス作動開始いたします。システムオールグリーン」
あの肉って僕が狩っているネコみたいなやつなのだろうか。
部屋のベットに転がりながら、
さっき食べた煮込み料理の事を考えていると、
エミリーがやっと再起動してくれた。
いつもは口うるさいくて邪魔だって思っていたのだけれど、
この世界で彼女がいない時間というのは、
不安で押しつぶされそうになるほど心細かった。
とにかく彼女が無事に起動してくれたことが嬉しくてたまらない。
「マスター、最後のログから5時間あまり経過してますが、お変わりありませんか?」
「ああ、なんとか無事みたいだ。親切な聖騎士の人に村まで送ってもらったよ」
「現在、マスターの生体チェックを開始します。いましばらくお待ちください」
なんだか起動したばかりなのか、
エミリーの声がやけに低音に聞こえる。
しらない人が聞いたのであれば、
どこかのおっさんだと思うであろう。
一過性の障害であると思いたいが、
治らなければ「エミリー」から
「セバスチャン」に変えなくてはならないな。
僕が「ボーズ」なんて適当な名前を付けられたのは、
ナビゲーションプログラムの事を、
男なら「セバスチャン」女性なら「エミリー」と、
執事やメイドの鉄板名をあてがった事への罰なのかもしれない。
「チェック完了。2時間ほど前、マスターの魔素吸収率が急激に上昇しているデータが残っておりますが、心当たりがおありでしょうか」
2時間前と言ったら、
裏庭で女神さまのようなサテラさんの柔肌をみた時間だった。
それはスケベ心だと答えられるわけもなく、
適当にごまかしてみる。
「映像記録によると、見知らぬ女性と水浴び場で遭遇してから心拍数とともに魔素が急激に・・・」
「あーーーーっ、そういえばエミリーがダウンする前、ゲートがどうのこうのって言ってたよな!」
強引に話の話題を変えてみた。
まさか映像でデータが残っていたとは。
・・・なんとかして再生できる方法を探してみよう。
「マスターが「ばん」と言葉を発した後、直径50センチのゲートが出現いたしました」
「ご、50センチ?僕たちが通ったゲートの10倍の大きさじゃないか!」
「そのゲートから凄まじい魔素の放出とともに、炎というよりプラスマのようなものが放出されたようです」
「それって僕が使った魔法ってことか?」
「申し訳ありませんが解析不能です」
「そういえば、マーサさんとサテラさんは「鑑定」ってスキルをもってたけど、それでも分からないのかな?」
「それも回答不能です。我々の世界とは物理の法則が違っているとしか説明の仕様がありません」
おかしい。
僕の神さまとの契約書である羊皮紙には、
魔法の詠唱式は授かっていなかったはずだ。
「ばん」なんて言葉が詠唱だなどありえない事だろう。
「それに関しては仮説がたてられます」
「おい、僕の心を読むんじゃないよ。プライバシーの侵害だぞ」
「一心同体でございますのでご容赦ください。これでも先ほどのラッキースケベについては不問してご配慮もうしあげております」
「・・・それで仮説ってなんだよ」
「マスターの属性は分かりかねますが、詠唱については「無詠唱」であれば魔法の使用について説明が付きます」
「なるほど「無詠唱」か。ってそんなことありえるのか?」
「何分データ不足ですのであくまでも仮説です。調査範囲を広げない事にはなんとも」
そうか。
じゃあ、明日は誰もいない草原で、
「無詠唱」の魔法が使えるのか実験をしてみよう。
今日は一気にエネルギーを使い果たした気がするから、
気絶しないように注意しなくてはいけないけどね。
今日だってサテラさんがこなかったら、
あのまま草原で魔獣に食われていたかもしれない。
「サテライトドローンが消滅しておりますので、補充が出来るまでは無理なされませんよう」
「とにかく明日になれば何かわかるよ、おやみすエミリー」
サテラさんほどの綺麗な女性なんて、
もとの世界ではテレビや映画の世界でしかお目にかかった事などなかった。
だめもとで口説きにかかりたいのであるが、
相手は聖騎士、不埒な事を仕出かした瞬間に、
僕の首はカラダから切り離されている事だろう。
ヘタレな僕には夜這いをかけるなんて勇気の欠片もない訳で・・・
明日の朝になればサテラさんとは今生の別れになるのかもしれない。
せめて夢の中ではイチャイチャできる関係でありたいものだ。
・・・おやすみ、サテラさん。
サテラとの再会を夢見て、
深い眠りについた真夜中の事であった。
強い閃光と激しい爆風が「石の家」を襲った。
気が付くと僕が寝ていた2階の部屋は、
屋根が全くない状態であり、
夜空が紅蓮の炎で真っ赤に染まっている。
着の身着のまま、半分崩れかけた階段を、
転げるように下り降りる。
いったい何が起こったというのだろうか。
開きっぱなしになっている「石の家」の玄関戸。
そこから見えた村の様相は一変している。
ほとんどの家屋が火で包まれているのだった。
あたりを見渡しても人の気配はない。
年寄りばかりの村である。
突然の事で、避難出来ていない人が多くいるだろう。
目の前に黒い影が過ぎ去った。
あまりのスピードに僕の視力がついていかない。
「マスター、緊急シークエンス作動。これよりこの世界から離脱プログラムを作動します」
「ちょっとまってくれ。マーサさんやサテラさんは逃げ出せたのか?」
「視力補正プログラム実行します」
時折視界に飛び込んでくる黒い影の正体が分かった。
サテラさんがなにものかと戦っている。
とても人間の動きとは思えないスピードだ。
そしてもうひとつの影はマーサさんだった。
そのスピードはサテラさんとなんら遜色がない。
自称爆炎のマーサというのは、
伊達や酔狂ではなかったようだ。
視力の補正もあって、
サテラさんと戦っている相手が、
魔獣でも人でもない事に気が付いた。
「・・・なんだあれは?」
異形の風貌。
人型であるが、全身が赤黒いまだら模様であり、
頭から獣のような角が2本生えている。
その姿を見てしまっただけで、
心の奥底から恐怖ってやつが湧き上がってくる。
学校で不良達からからまれるなんて生易しいものではない。
肉体だけではなく魂まで食い尽くされるような恐怖。
世界にこんな怖いものがあるなんて、想像する事さえなかった。
どうやらこの村を襲っているのは、
この2体の得体のしれない者たちのようだ。
他に建物が崩されたり、人の断末魔が聞こえてくるような気配はなかった。
ぽつぽつと老人たちが逃げ出し始めるところを見ると、
サテラさん達の活躍が功を奏しているのは間違いはない。
でも、戦っているサテラさんは寝着に剣だけで戦っている。
あの強化魔法が付与されている鎧は着る時間がなかったのか。
僕が今からとりにいくとしても、石の家も火の手が回っている。
おろおろするばかりの僕を見つけたサテラさんが叫ぶ。
「はやく逃げて!」
その言葉を聞いて、僕のなかの時間が止まった。
「逃げる?」サテラさんやマーサさん。
この村の年よりを置いて「逃げる?」
たしかに僕は別世界の人間であり、
この世界には調査の為にやってきている。
受けた命令のひとつが「生きて帰ること」である。
僕のカラダはアバターであり、
もとの世界に戻れば本当のカラダがまっている。
こちらのアバターが再プリントできれば、
戻ってくることだってできる。
でも、サテラさんはここで死んじゃったら、
二度と会うことが出来なくなる。
明日になれば今生の別れだと覚悟はしていたけど、
この世界の同じ空の下で生きているってだけでも幸せなんだと思ってた。
「サテラさん、マーサさん、そいつらを僕の前まで誘い出して!」
鑑定のギフトがある二人には、
なにか作戦があると信じてくれるはずだ。
「何言ってるんだい、はやくお逃げ!こいつらは魔族だ。ぼやぼやしてたら全員喰われちまうよ」
・・・信じてもらえない。
「鑑定スキルもってんだろうクソばばぁ。いいから5秒後に俺の前に引き寄せたら横に飛べ!」
あーっ。
やっちまった。
昔から喧嘩つよくなかったけど、
追い詰められるとキレるんだよなぁ。
これで失敗したら間違いなく死ぬ。
いま死ななくても、マーサさんを「ばばぁ」扱いしたから、あとで死ぬ。
それなら水浴びの時、サテラさんという女神様をご開帳して、
アジの開きのように切って捨てられた方が良かった。
「3・2・1、横に飛べぇっ!」
ばんっ。
あの時のように、開いた右腕にの掌を左腕が手首をつかみ狙いを定めた。
一瞬にしてあたりが真っ白な閃光に包まれる。
夜空をも白く染め上げる光の咆哮。
異形の魔物たちは、
白い閃光の彼方に消し飛んでいった。
やっぱり僕の魔法ってヤツは無詠唱だった。




