新人とうんこ
シャワーで軽く汗を流す。
ふと鏡を見ると、引き締まった体のハンサムがそこにいた。
力こぶを作ってみる。
うん。キレてる。
両腕を上げて力こぶを作る。フロント・ダブル・バイセップスのポーズだ。
うん。キレてる。
サイド・リラックス、サイド・チェスト、フロント・ラット・スプレッド、アブドミナル&サイ、モスト・マスキュラー。
俺は次々とポーズを決めていく。
キレてる。
キレてる。
キレてるよ。
* * *
今日の体調を確認した後、身なりを整え階下に向かう。
事務所の戸を開けると、昨日までにはない騒がしさがそこにはあった。
「カンタマはちょうかわいいの」
「種類とか、わかるかなー?」
「しゅるい? 犬だよ?」
『新人』と『幼女』が、なにやら問答を繰り返している。
よくよく反芻してみると、どうやら、探偵ごっこをしているらしい。
「なんか、いきいきしているな。昨日までの死んだ目をしたお前はどこへいった」
かけた言葉で気づいたのか、『新人』が振り返った。
「おはようございます」
「うわっ。のりおが来た!」
幼女が嫌悪感を隠そうともしない。
俺はなにか嫌われるようなことをしたか?
全く身に覚えがないのだが。
しかし、何かこいつら仲が良いな。
……ピコーン!
閃いた!
押し付けよう。
どのみち、『神楽さん』の手前、この依頼?は無下にはできない。
俺は一石三鳥レベルの妙案に小躍りしたくなった。
「そうだ。この依頼、お前がやってみろ」
「え?」
「うん。のりおより新人がいい。」
『新人』は『幼女』にまで新人呼ばわりされていた。
幼女の玩具か……レベル高いな。
俺が憐れんでる間に、話がまとまったのか『新人』は覚悟の決まった顔を見せる。
初々しいねえ。とても俺の三つ下には見えない。
「聞き取りを最初からやってみろ」
「は、はい」
「のりお、たいどでかい」
実際に偉いから態度でかくて良いんだよ。所長だからな。
『新人』はやや緊張した面持ちで『幼女』に問いかける。
「君の名前はなんて言うのかな?」
「『お名前は言えるかな?』だろ。子供は君なんていう呼ばれ方に慣れていない。そこらへんの親が子供に名前を言わせてる台詞にできるだけ似せろ」
俺は反射的にツッコミを入れてしまう。
『新人』は初歩の初歩からなってなかった。
……そりゃそうか。俺、何も教えてないわ。
いい機会だから、一つ一つ教えていくか。
「あ。す。すいません」
「あとは、目線の高さ。子供と話す時は必ず同じ高さにもってこい。お前だって2メートルの大男に話しかけられたら怖いだろ。目線の高さの違いはそのまま威圧量の差だ」
「す、すいません」
「のりお、『新人』をいじめるな」
慌ててしゃがむ『新人』の前に両手を広げて仁王立ちになる幼女。
なんで新人、幼女に庇われているんだよ。
敵か?
俺の敵なのか?
「まいんはまいんだよ。おにーちゃんのお名前は?」
「え? 僕? 僕は「こいつは、『うんこぷりぷりまる』だ!」」
「……ぷっ。あははは。へんな名前ー」
ちょっと悔しかったから、『新人』から汚物に格下げしてやった。
『幼女』は大爆笑しているから、しばらくうんこうんこ言われるだろ。ざまあみろ。
さて、遊んでばかりでもあれだから問題点を修正するか。
「子供相手でも『僕』は使うな。この商売では客は基本的に不安を抱えている。一人称は『私』か『俺』だ。礼儀より任せておけば大丈夫という安心感を与えることを優先しろ。謙る印象を与える『僕』は最悪の選択だ」
「は、はい」
「それと、子供相手だといつの時代でもうんこと脇くすぐりは鉄板だ。覚えとけ」
その後も『新人』による聞き取りが続けられた。
幼女にうんこうんこと連呼されながら。
……レベル高いな。
* * *
「まとめてみろ」
「はい。
依頼者は対田まいんちゃん。5歳。
捜索対象の名前は『カンタマ』。
シェパードの雌8歳。写真もあります。
4日前に散歩中、急に吠えながら走り出す。
その後捜索したにもかかわらず行方は不明」
「20点」
「厳しっ!」
俺の採点に『新人』は辛辣な言葉でも吐かれたかのような顔をする。
「あとで他人が名前を呼んだら反応するか? 散歩コース、首輪の有無も聞いとけ」
「え?」
「名前に反応するなら、それっぽい犬を見つけたときに確認が楽だろ。犬は縄張りがある。散歩コースにマーキングするために現れる可能性は十分に考えられる」
「なるほど」
こいつ本当にわかっているのだろうか?
『なるほど』という言葉を俺は信用しない。日本人は相槌にこの言葉を使うからだ。
右から左に受け流すやつほど『なるほど』を連呼する。
「写真があるなら、張り紙の作成。捜索は保健所が最優先。その後は役所の動物愛護担当部署にも確認を入れろ。死骸の処理の連絡はそこか保健所のどちらかに行くことになっている。怪我をしているのを見つけられた場合は動物病院で保護される可能性もある」
「は。はい」
矢継ぎ早に指示を出すと、俺は引き出しからケースに収められた1本のナイフを取り出す。
そして、それを放り投げる。
「持ってけ」
「え? え?」
『新人』は放り投げられたナイフを受け取ると、その物騒な刀身の形状にドギマギしている。
ギル・ヒブンのコンバットマチェット。
ナタのような刀身。片手で扱えるナイフでは十分すぎる重量から、素人が扱っても竹くらいなら断つことができる代物だ。
「……念の為だ」
俺はファーストインプレッションを大事にすることにしている。
この依頼は嫌な予感がする……