第7話 処刑人の温度
その日の戦場は、廃棄された化学プラントだった。
迷路のように入り組んだ配管。視界を遮る蒸気。
閉所戦闘(CQB)において、長い刀身を持つ「廻」は取り回しが難しい。
「C-3(灰賀)、突出するな。D班の射線を塞ぐぞ」
標の警告には、いつも以上に緊張が滲んでいた。
今日のパートナーは、D班【氷室流】。
彼らはA班のような華やかさも、C班のような泥臭さもない。
ただ、不気味なほどに「無言」だった。
「……了解」
乃亜は蒸気の中を進んだ。
前方から、金属質の足音が迫る。スマイルだ。
だが、狭い通路では横に展開しての包囲ができない。
「前方、敵影確認! C班で足止めします!」
乃亜は叫び、通路の真ん中で「廻」を構えた。
自分が囮になり、その間にD班が背後に回る手はずだ。
キシャァァッ!
スマイルが蒸気を突き破って現れる。
速い。壁や天井を蹴り、立体的に動いている。
乃亜はとっさに防御態勢をとった。
ガギィッ!
凄まじい衝撃。
乃亜は骨刀の一撃を、柄を支えにして受け止めた。
重い。足が滑る。スマイルの怪力が、乃亜を押し潰そうと迫ってくる。
目の前には、無表情な能面のような顔。まだ奴は「無の境地」だ。核は移動していて狙えない。
「くっ……D班、まだですか! 背後に回ってくれ!」
乃亜が叫んだ、その時だった。
「――射線確保」
背後から、鈴を転がしたような、しかし絶対零度の女の声がした。
D班隊長・**氷室 紗凪**だ。
乃亜が驚いて首を巡らすと、信じられない光景があった。
彼女はスマイルの背後に回ってなどいなかった。
乃亜の真後ろ、すぐ背中に立っていたのだ。
「ちょ、待っ……俺がいます! 俺が邪魔で撃てないでしょ!?」
位置関係はおかしい。
奥にスマイル、手前に乃亜。そして乃亜の背中に紗凪。
これでは紗凪の攻撃は乃亜を貫通する。
「動くな。……動けば死ぬぞ」
警告ですらなかった。事実の通告だ。
紗凪は乃亜の右肩に、自分の「廻」の切っ先を乗せるように構えた。
それは異様な形状だった。
鍔がない。
防御のための護拳が一切なく、柄から刀身までが一直線に伸びる**「巨大な針」**のような直刀。
A班のレイピアが「決闘用」なら、これは「処刑用」。
ただ殺す機能だけを追求した、冷たい刃。
その瞬間、乃亜と鍔迫り合いをしていたスマイルの視線が、乃亜の肩越しに「彼女」を捉えた。
ピタリ。
スマイルの動きが止まった。
乃亜を押し込んでいた力が、ふっと抜ける。
目の前の能面が、ガタガタと震え始めた。
ギギッ……ギギギギ……!
見ている。
スマイルは乃亜など見ていない。その背後に現れた「氷室」という絶望を見ているのだ。
顔面に亀裂が走る。
捕食者に睨まれた小動物の反応。恐怖による回路のショート。
焦点の合っていなかった目が細められ、口角が吊り上がる。
ニチャァ……。
笑った。
スマイルの口が耳まで裂け、引きつった満面の笑顔が張り付く。
同時に、移動していた核が胸の中央で停止し、カッと赤く発光した。
恐怖による硬直。核の固定。
その刹那、紗凪が踏み込んだ。
乃亜のすぐ横をすり抜ける、音速の刺突。
氷室流奥義「白夜」。
ヒュンッ――!!
風切り音が、乃亜の鼓膜を叩いた。
熱い。
耳たぶと頬の皮膚が、レーザーの余熱でチリチリと焼ける。
光の針は、乃亜の顔のすぐ横を通り抜け――そのまま目の前のスマイルの核を貫通した。
ズチュンッ。
正確無比。
スマイルは悲鳴を上げる間もなく、胸に風穴を開けられ、笑ったまま崩れ落ちた。
「……あ、あ……」
乃亜はへたり込んだ。
あと数ミリ。乃亜が怖がって首を動かしていれば、頭を貫かれていた。
殺されるところだった。味方に。
「騒ぐな、雑魚」
紗凪は、排莢もせずに冷たく言い放った。
彼女は炭化したスマイルの残骸を見下ろし、フンと鼻を鳴らす。
「な、なんで……俺が退くのを待たなかったんですか! 当たるだろ普通!」
「お前が動かなければ、当たらない計算だった。もし恐怖で動いて当たったなら、それはお前の過失だ」
紗凪は無表情で、乃亜の頬から流れる血を見た。
「それに、お前が『壁』になっていたから、奴は私に気づくのが遅れた。
至近距離で私と目が合ったからこそ、奴は恐怖で硬直したんだ」
「……俺は、目隠し用の壁ってことかよ」
「役に立ってよかったな。一刀両断の儀式など、茶番だ。
確実に殺せるなら、味方の一つや二つ、安い経費だろう?」
そう言い捨てて、彼女は蒸気の向こうへと消えていった。
その手にあるのは、鍔のない針のような刀だけ。
「身を守る」という意思すら持たない、純粋な殺意の形。
『……聞こえたか、C-3』
インカムから、標の苦々しい声が聞こえた。
『あれがD班だ。彼女にとって、隊員は守る対象じゃない。敵を殺すための「弾丸」と同じ消耗品だ』
乃亜は、まだ熱を持つ頬の傷に触れた。
A班の「王道」は眩しかった。
C班の「泥臭さ」は惨めだが、温かみがあった。
だが、D班は違う。
ここはただひたすらに冷たい、「処刑人」の世界だ。
スマイルよりも恐ろしいものが、背後にいる。
その事実が、乃亜の背筋を凍らせた。
「……生きた心地がしねぇよ」
乃亜はふらつく足で立ち上がった。
煙るプラントの奥で、次のスマイルの雄叫びが聞こえる。
休む暇はない。
前には怪物、後ろには処刑人。
灰賀乃亜の戦場は、どこまでも過酷だった。
(第7話 完)
次回予告:第8話『沈黙の音』
過酷な連戦の中、乃亜は奇妙な部隊と遭遇する。
H班【無言寺流】。
彼らは音を立てない。通信すら使わない。
筆談とハンドサインだけで「暗殺」を行う彼らの戦い方は、儀式というより「作業」に近かった。
「喋れば、奴らに『位置』がバレる。……物理的な位置じゃない、心の位置が」
乃亜は、彼らの静寂の中に、スマイルの正体に迫るヒントを見つける。
次回、一刀両断 第8話『沈黙の音』
「奴らは、俺たちの『声』を聞いているのか?」




