第6話 他流派の流儀
大型輸送車両のコンテナ内は、重苦しい沈黙に包まれていた。
だが、その沈黙の質は、車両の左側と右側で明らかに異なっていた。
左側に座る灰賀乃亜たちC班(灰賀流)の装備は、継ぎはぎだらけだ。
泥で汚れた袴、傷だらけの籠手、そしてどこか疲弊した空気。
対して、右側に整列して座る一団は、まるで神話の英雄のようだった。
純白の羽織には金の刺繍。一糸乱れぬ姿勢。
彼らから漂うのは、汗臭さではなく、高級なお香のような静謐な気配だ。
――A班。狛流。
この対スマイル部隊における筆頭であり、最強の「王道」を行くエリート集団。
「……君が、例の新人か」
声をかけられ、乃亜は弾かれたように顔を上げた。
目の前に、A班の隊長が立っていた。
狛 蓮治。
長身で、彫刻のように整った顔立ち。
その腰には、C班の武骨なものとは全く異なる、洗練された「廻」が帯刀されている。
極限まで軽量化されたグリップに、西洋剣を思わせる細身のシリンダー。それは「斬る」ことよりも「捌く」ことに特化した形状だった。
「は、はい! C班所属、灰賀乃亜です!」
「楽にしていい。……君の噂は聞いているよ。『死なない』特技を持っているそうだね」
蓮治は穏やかに微笑んだ。だが、その瞳の奥には、猛獣のような光が宿っている。
「再生能力か。素晴らしい才能だが……少し品がないね」
「え……」
「痛みを受け入れる戦い方は、精神を摩耗させる。我々狛流の教義は『無傷』。門を守る者は、決して穢れてはならない」
彼は乃亜の泥だらけの膝を一瞥し、ハンカチで口元を覆うような仕草をした。
悪意はない。ただ、住む世界が違うのだと、無言で告げていた。
『現着まで30秒。総員、抜刀準備』
アナウンスと共に、輸送車のハッチが開く。
外は晴天。かつて公園だった広場に、三体のスマイルが徘徊している。
その歪な仮面が、一斉にこちらを向いた。
「行くぞ、C班。我々は左翼の個体を抑える」
「了解!」
C班の隊長(父)が叫び、乃亜たちも飛び出す。
泥臭いダッシュで散開し、ターゲットに向かう。
だが、その横を、白い風が駆け抜けていった。
A班だ。
彼らの走りは、まるで能舞台の上を滑るように優雅で、音がない。
『A班軍師・栖鳳より各員へ。――演舞を始めます』
通信に入ってきた声もまた、優雅なバリトンボイスだった。
C班の標のような機械的な指示ではない。まるで指揮者がタクトを振るような誘導。
A班の隊員たちが、スマイルを取り囲む。
速い。だが、焦りがない。
スマイルが腕を振り回すが、彼らは決して力で対抗しない。
流れる水のように敵の攻撃を受け流し、切っ先三寸の見切りだけで包囲網を完成させた。
乃亜は自分の戦いをこなしながら、横目でその光景に釘付けになった。
(綺麗だ……)
C班の包囲が「必死の檻」なら、A班の包囲は「幾何学的な芸術」だった。
スマイルは逃げ場を失い、恐怖する暇さえ与えられず、瞬時に顔を引きつらせた。
端正な能面が歪み、満面の笑みが浮かぶ。
ニチャァ。
「――儀式、開始」
蓮治が静かに前に出る。
その声と共に、A班の隊員たちが一斉にバックステップし、完璧な円形闘技場を作り上げた。
蓮治は厳かに宣言する。
「スマイル確認。――儀式移行。『一刀両断』。これより手出し無用」
凛とした声が戦場に響き渡る。
スマイルが自爆をキャンセルし、骨刀を形成して襲いかかる。
だが、蓮治は動かない。
細身の「廻」を中段に構え、切っ先を敵の喉元につける。
一刀流の構え。
オオオッ!!
スマイルの剛腕が振り下ろされる。
質量差は歴然。直撃すれば人間など粉砕される、上段からの唐竹割り。
だが、蓮治は退かなかった。
接触の瞬間、彼は手首を返した。
シュイィィィン!!
鋭い摩擦音。
蓮治のレーザー刀身が、振り下ろされる骨刀の側面に吸い付くように接触し、そのまま一気に擦り上げた。
一刀流極意――「面すりあげ面」。
その神業を、狛流ではこう呼ぶ。
「――狛流奥義『神門・天蓋返し』」
スマイルの剛力が、蓮治の技術によって空へ逃がされる。
がら空きになった敵の正中線。
擦り上げた勢いはそのまま、反転して敵の頭上へと落ちる「死の刃」に変わっていた。
ザンッ!
一閃。
スマイルの仮面が、正中線から真っ二つに割れた。
遅れて、その奥にある核が両断される音が響く。
スマイルの巨体が左右にズレて崩れ落ち、爆散した。
蓮治の白い羽織には、塵ひとつついていない。
カートリッジの消費も、わずか一目盛り。
防御と攻撃を一つの動作で行う、完全無欠の勝利。
「……すげぇ」
乃亜は呆然と呟いた。
自分たちが泥水をすすり、怪我をしながら必死で掴み取る勝利を、彼らは呼吸をするようにやってのけた。
あれが「王道」。傷つかず、汚れず、涼しい顔で敵を制する、選ばれた者の戦い。
『見惚れている暇はないぞ、C-3』
標の冷めた声が、現実に引き戻す。
『彼らはエリートだ。
あの高度な演算処理チップと、特注の細身カートリッジ……あの一撃にかかるコストは、お前の給料の十年分だ』
「え……」
『高価な舞台装置に、高価な役者。それがA班だ。彼らは「絶対に外さない」という前提で予算を組んでいる。
だが我々は違う。我々には我々の、身の丈に合った戦い方がある』
標は最後に、蔑むように言い放った。
『さっさと目の前の敵を片付けろ、ドブネズミ』
「……ッ、了解!」
乃亜は唇を噛み、目の前のスマイルに向き直った。
華麗な演舞は無理だ。
自分は泥にまみれ、殴られ、血を流して、這いつくばって勝つしかない。
「うぉぉぉぉッ!」
乃亜は叫び声を上げ、スマイルの懐へ飛び込んだ。
その無様な特攻を、遠くから蓮治が涼しげな瞳で見つめていたことを、彼は知らなかった。
(第6話 完)
次回予告:第7話『処刑人の温度』
王道の次は、冷徹な「処刑人」が現れる。
D班【氷室流】との合同作戦。
隊長・氷室紗凪は、包囲網から逃れようとしたスマイルに対し、味方の隊員ごと串刺しにするような射線を通そうとする。
「動いたほうが悪いのよ。……死にたくなければ、私の射線に入らないで」
乃亜は知る。この組織には、スマイル以上に恐ろしい人間がいることを。
次回、一刀両断 第7話『処刑人の温度』
「彼女の血は、多分零下だよ」




