プロローグ 『スマイルの王』
我がいた故郷は、常に鉄と錆の匂いがしていた。
空には二つの月が浮かび、大地は枯れ、生き残った者たちはただ互いの《核》を奪い合う。そこは、永遠の闘争の世界だった。
その世界では、人間たちが好むような「飛び道具」など、無意味な玩具に過ぎない。
我々の皮膚は、あらゆる衝撃を吸収し、瞬時に再生する。
唯一、我々に「死」を与えることができるのは――同じ硬度、同じ鋭さで《核》を両断する「剣」の一撃のみ。
ゆえに我々は、己の四肢を刃に変え、あるいは鋼を鍛え、剣技を磨き続けた。
強き者が喰らい、弱き者は糧となる。
それが絶対の理だった。
あの日も、そうだった。
我は、我の同種でありながら、弱き者を守ろうとした「裏切り者」と刃を交えていた。
互いの剣が核を捉えようとした瞬間、激突のエネルギーが臨界点を超え、時空に亀裂が走った。
我らはもつれ合うようにして次元の彼方へと吸い込まれた。
――気がつけば、我はこの極東の島国に墜落していた。
お前たちの暦でいう、「平安」と呼ばれていた時代だ。
裏切り者は、既に動かなくなっていた。
奴の核は砕け、再生能力を失っていた。
我は、その砕けた核の残骸を拾い上げた。
かつて我に刃向かった愚か者の末路。その無様な姿を、我が勝利の「戦利品」とするために。
我は奴の欠片を我が虚無の中へと取り込み、永遠に飼い殺すこととした。
だが、我もまた深手を負っていた。
当時のこの星は、あまりにも「静か」すぎた。
我々の糧となり、仲間を呼び寄せる「ゲート」を開くためのエネルギーが、圧倒的に足りなかったのだ。
ゆえに、我は潜んだ。
だが、ただ闇に蹲っていたわけではない。
我はこの地の人間たちが抱く「畏怖」を利用し、荒ぶる「祟り神」を装った。
村々から、鎮めのための供物が運ばれてくる。
その中でも、我が特に求めたのは「生贄の女」だった。
彼女らは、我の飢えを満たすだけの餌ではない。
我は彼女らの胎内に、微小な《核》の欠片を埋め込んだ。
脆弱な人の身を苗床とし、我と同質の化け物を産ませるために。
そうして産み落とされた眷属どもを、我は各地へと散らせた。
奴らもまた、それぞれの土地で土着の「神」や「妖怪」として振る舞い、人を攫い、苗床として数を増やし続けた。
人間どもが「神隠し」と呼び、恐れ慄いた現象。
その全ては、我らによる捕食と繁殖の儀式に過ぎぬ。
無論、我の真の姿――仮面の下にある虚無を直視した愚か者は、例外なくその場で始末した。
歴史の影で人間を苗床として弄び、腹の中で「戦利品」を転がしながら、我は待ち続けたのだ。
あれから千年。
人間たちは繁殖し、我らが蒔いた種もまた、日本全土の闇で芽吹いている。
大気には電気信号が満ち、都市は不夜城のごとく輝いている。
そして愚かなことに、彼らは我々の天敵である「剣」を捨て、銃火器への依存を深めていた。
今、機は熟した。
この星は、我々にとって極上の「狩り場」へと育った。
さあ、目覚めの刻だ。
この柔らかな世界を蹂躙し、我が故郷の同胞たちを招き入れよう。
かつて我を阻んだ「裏切り者」は、もういない。我が腹の中で朽ちている。
この世界に、我の首を断てる剣士など、存在するはずもないのだから。
人間どもよ。
精々、その顔に絶望を張り付かせて笑うがいい。
我ら種族の糧となるために。
(プロローグ 完)
次回予告:第6話『他流派の流儀』
正式にC班へ配属された乃亜を待っていたのは、他流派との合同任務だった。
現れたのは、A班、狛流のエリート部隊。
「君が噂の不死身君か? ……品がないね」
圧倒的な実力差と、華麗なる「正統派」の儀式。
乃亜は、自分がいる場所の底辺さを痛感しながらも、戦場へと向かう。
だがそこで、エリートたちの「綺麗な剣」が通用しない事態が発生する。
次回、一刀両断 第6話『他流派の流儀』
「教科書通りにやって、死ぬつもりか?」




