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一刀両断 Severing the Smile  作者: eno
儀式の崩壊編
5/17

第5話 泥臭い才能

 ザシュッ。

 鈍い衝撃音と共に、乃亜の視界が明滅した。

「――判定、死亡(デッド)。そこまで」

 無機質なアナウンスが訓練場に響く。

 乃亜は床に膝をついた。息が上がっている。手には重量バランスを実戦の「廻(リボルバー)」に合わせた模擬刀。

 対面に立つ少年は、汗ひとつかかず、涼しい顔で模擬刀を納めた。

「遅いよ、灰賀君。君の太刀筋は正直すぎる」

 同期の訓練生だ。彼は【神速】を教義とする「刹那流(B班)」の候補生であり、その動きは目で追えないほど速かった。

「……くそっ」

 乃亜は悔しさに唇を噛んだ。

 これで十連敗だ。

 訓練校の成績は下から数えたほうが早い。反射神経、筋力、剣速。どれをとっても平凡以下。

 エリートが集まるこの対スマイル部隊において、乃亜は明らかに「お荷物」だった。

「『廻』は芸術品だ。君のように鉈(なた)みたいに振り回す道具じゃない」

 同期は、乃亜の泥だらけの袴を蔑むように見下ろした。

「スマイル相手なら、君はもう十回死んでる。……悪いけど、実戦で僕の足だけは引っ張らないでくれよ? こっちは君と違って、将来があるんだ」

 同期は肩をすくめ、背を向けて去っていった。

 残された乃亜は、汗と泥にまみれた床を見つめるしかなかった。

「……無様だな」

 頭上から声がした。

 見上げると、観覧席の手すりにC班隊長・灰賀宗一が寄りかかっていた。

 その横には、タブレットを持った軍師・標の姿もある。

「隊長……。すみません、俺には才能が……」

「才能か」

 宗一は鼻で笑うと、階段を降りてきた。

 そして、乃亜の目の前に立つと、いきなり持っていた木刀を振り上げた。

「ッ!?」

 殺気。

 乃亜はとっさに身を縮め、腕を上げて頭を庇った。

 だが、木刀は寸前で止まることなく、乃亜の腕を強打した。

 ガツッ!

「ぐあっ!」

「立て」

 宗一は容赦しなかった。

 うずくまる乃亜の脇腹を蹴り上げる。

「痛いか? 怖いか? 当然だ。人間は痛みを避けるようにできている。だから華麗な剣術(テクニック)が生まれた。痛くないように、死なないように、相手を制するために」

 宗一は木刀を構え直した。殺気が肌を刺す。

「だが、灰賀流は違う」

 ヒュン。

 風切り音。二撃目が来る。

 乃亜は歯を食いしばり、痛む腕で模擬刀を拾い、無理やり構えた。

 逃げたい。痛いのは嫌だ。

 だが、それ以上に「役立たず(コストの無駄)」と言われるのが怖かった。

「――来い」

 宗一の一撃。

 速い。避けられない。

 乃亜の脳が「防御しろ」と叫ぶ。

 だが、その瞬間、先日の標の言葉がよぎった。

 ――お前は安い。安上がりに勝て。

(避けるな……受けるんだ!)

 乃亜は、振り下ろされる木刀に向かって、自ら額を突き出した。

 ゴッ!!

 鈍い音が頭蓋骨を揺らす。

 意識が飛びかける。額から血が流れ、視界が赤く染まる。

 だが、乃亜は倒れなかった。

 脳震盪のめまいの中で、宗一の懐に飛び込み、その腰にタックルしたのだ。

「……捕まえた」

 うわ言のように呟く乃亜。

 宗一の動きが止まった。

 相打ち覚悟の特攻。いや、相打ちですらない。一方的に殴られながら、ただ相手を「拘束」するためだけの動き。

「離せ、バカ! これは実戦なら死んでるぞ!」

 周囲の訓練生が騒然とする中、宗一だけがニヤリと笑った。

「いいや。……標、どうだ?」

 問いかけに、軍師・標が冷静にデータを読み上げる。

「C-3のバイタル、正常。額の裂傷、すでに止血開始。骨へのダメージ、軽微。……異常な回復力(リジェネ)です」

 標は眼鏡の位置を直し、冷たく付け加えた。

「今の打撃、常人なら脳震盪で10秒は動けません。ですが彼はコンマ5秒で意識を取り戻し、タックルに移行しました。……痛覚が鈍いのか、あるいは『回復するから問題ない』と脳が学習しているのか」

「そういうことだ」

 宗一は木刀を捨て、腰にしがみつく乃亜の背中をポンと叩いた。

「離せ、新人。合格だ」

「へ……?」

 乃亜は呆然と手を離した。

 額の傷に手をやると、血はすでに止まり、痛みも引いていた。

 子供の頃から怪我の治りは早かったが、まさかこれほどとは。

「お前の剣は汚い。下手くそだ。見るに耐えん」

 宗一は言い放った。

「だが、お前には『死なない』という才能がある。他の流派が『いかに避けるか』を磨く中、お前だけが『いかに安く喰らうか』を実践できる」

 宗一は、乃亜の泥だらけの陣羽織を指差した。

「灰賀流へようこそ。ここは、泥を啜ってでも前へ出る『再生』の部隊だ」

 周囲の訓練生たちが、奇異の目で乃亜を見ていた。

 それは憧れの眼差しではない。

 不気味な生物を見るような、あるいは使い捨ての道具を見るような目。

 だが、乃亜は拳を握りしめた。

 才能がないなら、怪物でもいい。

 あのスマイルという絶望に抗えるなら、自分の身体がいくら壊れようと構わない。

「……ご指導、ありがとうございました」

 深々と頭を下げる乃亜。

 その背中で、白い羽織が泥と血に染まっていた。

 それは、彼がこれから歩む「英雄」とは程遠い、過酷な修羅の道を象徴しているようだった。

(第5話 完)

次回予告:プロローグ 『スマイルの王』



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