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一刀両断 Severing the Smile  作者: eno
儀式の崩壊編
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第4話 弾丸一発の値段

 地下防衛拠点「大和(ヤマト)」の最下層にある兵器整備班(ハンガー)。

 そこは、戦場とは違う種類の熱気と、オイルの匂いに満ちていた。

「おいコラC班! またシリンダーを焼き付かせやがったな!」

 怒声が飛んだ。

 声の主は、整備班長の頑固そうな老人だ。彼はC班の隊長が持ち帰った「廻(リボルバー)」を検分し、顔を真っ赤にしていた。

「鍔迫り合いで強引に押しすぎだ! 出力リミッターを解除しただろ。中のコイルがドロドロじゃねえか!」

 治療室へ向かった隊長(父)の代わりに、灰賀乃亜が頭を下げていた。

「す、すみません……隊長は、俺たちを守るために……」

「分かってるよ! 分かってるから腹が立つんだ!」

 班長は乱暴に「廻」を作業台に置くと、真っ黒に焦げた空のカートリッジを拾い上げた。

 カラン、と乾いた音が、やけに大きく響く。

「おい新人。お前、こいつ一本の『値段』を知ってるか?」

 乃亜は首を横に振った。

 訓練校では、使い方は習ったが、製造コストまでは教わっていない。

「このカートリッジ一本に詰め込まれてる『高圧縮エネルギー』……こいつを作るのに、この地下都市の一般区画、およそ一週間分の消費電力が必要だ」

「い、一週間……!?」

 乃亜は絶句した。

 貧しいこの地下都市で、電力は命そのものだ。暖房、浄水、食料プラント。すべてに電気がいる。

 それを、たった数分の戦闘で、一人の隊長が使い切ったのだ。

「俺たちが貧乏なのは、スマイルに土地を奪われたからだけじゃねえ。奴らを殺すための『刃』を作るために、生活の全てを犠牲にしてるからだ」

 班長は、黒焦げのカートリッジをゴミ箱には捨てず、丁寧に「リサイクル・ボックス」へと入れた。

 再利用できるわずかなレアメタルさえ、無駄にはできないのだ。

「いいか、新人。お前らが腰にぶら下げてるのは、ただの武器じゃねえ。市民たちが飢えと寒さを我慢して捻出した『希望』そのものだ」

 班長の視線が、乃亜の腰にある、まだ未使用の「廻」に向けられた。

「無駄撃ちしたら殺すぞ。外しても殺す。……確実に当てて、一本で一匹殺せ。それが最低条件(ノルマ)だ」

「……はい」

 乃亜は、自分の腰の重みを改めて感じた。

 ズシリと重いシリンダー。

 そこに入っているのは弾薬ではない。誰かの食事であり、誰かの暖かさであり、都市の寿命そのものだ。

 整備班を出ると、通路のベンチに軍師の標が座っていた。

 彼はタブレットで、戦闘の収支報告書を作成しているようだった。

「説教は終わったか?」

「……はい。聞いてたんですか」

「整備班の声はデカいからな」

 標は画面から目を離さずに言った。

「今回の作戦、スマイル一体の撃破に対し、消費弾薬一本、隊長の負傷による医療費、装備の修復費……大赤字だ」

「赤字……そんな言い方」

「事実だ。このまま消耗戦が続けば、人類は奴らに敗北する前に、経済的に破綻して自滅する」

 標が画面をスワイプする。

 そこには、冷酷なグラフが表示されていた。

 右肩下がりの資源残量と、右肩上がりのスマイル増殖予測。二つの線が交差する「Xデー」は、そう遠くない未来を指している。

「そもそも、奴らの侵略目的を知っているか?」

「……人間を、殺すことじゃ……」

「半分正解で、半分間違いだ」

 標は冷徹に告げた。

「奴らの目的は、地球の『乗っ取り』だ。

 男は繁殖の邪魔になるため、見つけ次第、殺処分される。

 そして女は、新たなスマイルを産み落とすための『畑』として利用される」

「は……た……?」

「そうだ。人類という種を利用して数を増やし、最終的には地球上の全人類をスマイルに置き換える。それが奴らのシナリオだ」

 乃亜は戦慄した。

 単なる捕食ではない。管理され、利用され、捨てられる。家畜以下の扱いだ。

「我々には、悠長に構えている時間も金もない。

 だからこそ、我々軍師がいる。最小のコストで、最大の戦果を上げるために。……灰賀。お前のその『身体』は、コスト削減の切り札になる」

「え?」

「隊長は今回、敵を止めるために肩の肉を盾にした。治療には高価な人工皮膚と培養液が必要だ。だが、お前なら?」

 乃亜は自分の手を見た。

 訓練中に切った傷は、もう跡形もなく消えている。

 人間離れした、異常な代謝速度。

 隊長は昔から治りが遅い。 

「……絆創膏で済みますね」

「そうだ。お前は『安い』。それはこの貧しい軍隊において、最強の才能だ」

 標の目が、まるで実験動物を見るように細められた。

「やはりお前は『亜種』だよ。」

「ッ……」

「褒めているんだ。本来なら殺処分されるはずの男が、コストゼロで壁になる。これほど皮肉で、優秀な兵器はない」

 標はそう言い捨てて立ち去った。

 乃亜は一人、廊下に取り残された。

 腰の「廻」を握りしめる。

 冷たい金属の感触。

 

(俺の命は、この弾丸一発より安いのか……)

 自嘲気味に笑おうとして、やめた。

 安いなら、使い潰すまでだ。

 あの班長が言った通り、市民の生活を背負っているなら、安上がりに勝つのがヒーローというものだろう。

「……やってやりますよ」

 乃亜は誰もいない通路で呟き、歩き出した。

 その足取りは、入隊した時よりも少しだけ重く、そして力強くなっていた。

(第4話 完)

次回予告:第5話『泥臭い才能』

コスト管理の重要性を叩き込まれた乃亜は、基地内の「模擬戦」に参加する。

対戦相手は、エリート街道を進む同期の剣士たち。

華麗な剣技で翻弄する同期に対し、乃亜が見せたのは、父・宗一から盗んだ「泥臭い」戦い方だった。

次回、一刀両断 第5話『泥臭い才能』

「お前の剣は汚い。……だが、死なない」



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