第3話 一刀両断
三日後。
C班に新たな出撃命令が下った。
場所は、旧湾岸エリアの埋め立て地。錆びついたコンテナが墓標のように積み重なる、迷路のような戦場だ。
「C-3(灰賀)、位置についたか」
「……はい。ポイント・デルタ、確保しました」
灰賀乃亜は、コンテナの陰で息を殺していた。
二度目の実戦。
手の震えはまだ止まらないが、前回の「棒立ち」とは違う。自分の役割を理解しているからだ。
自分たちは「壁」だ。
物理攻撃を吸収してしまうスマイルに対し、再生を許さないレーザー刀身という「死の壁」を作って退路を断つ。それが役目だ。
『ターゲット、C-3方向へ逃走中。――来るぞ』
軍師・標の冷徹な声が響く。
ドォンッ、ドォンッ!
地面を揺らす重い足音と共に、コンテナの角からスマイルが飛び出してきた。
白い仮面の異星体。
こちらに気づいた瞬間、奴は加速した。乃亜の身体の横をすり抜け、背後へ逃げようとしているのだ。
(させるか……!)
乃亜は腰の「廻」に手をかけ、トリガーを一気に引き絞った。
シリンダー内の炸薬が暴発する。
バンッ!!
破裂音と共に、
ジャキィィィン!!
硬質な金属音が重なり、噴出したエネルギーが青白い光刃となって夕闇に走る。
乃亜は、その刃を奴の進路上に叩きつけた。
斬りかかるのではない。ただ、そこに「死」を置く。
ギィン!
スマイルが急停止し、勢い余って足元のアスファルトを深く削り取った。
驚愕(に似た反応)で仮面が揺れる。
『C-1、C-2、閉鎖』
その隙を見逃す標ではない。
左右のコンテナ上から、先輩隊員二人が同時に飛び降りた。
着地と同時に刀身を展開。
前、右、左。そして背後は海。
完璧な包囲網が完成した。
キィィィィィ……!
スマイルの口元から、金属を擦り合わせたような不快なノイズが漏れる。
首を激しく左右に振る。逃げ場を探しているのだ。
だが、ない。どこを見ても、自分を殺し得る光の刃がある。
カッ!
スマイルの胸部が赤熱した。
自爆シークエンスの予兆だ。
生存確率ゼロ。ならば敵を巻き込んで消滅する――奴がそう判断しかけた瞬間。
ビキキッ。
端正な能面が歪んだ。
耐え難い「死」の恐怖が、奴の思考回路をショートさせる。
口角が耳まで裂けるほど吊り上がり、虚ろな目が三日月の形に細められる。
ニチャァァァ……。
張り付いた。
歓喜にも似た、醜悪な満面の笑顔。
恐怖による硬直。
胸部の赤熱が一点に収束し、白く輝く「核」として固定される。
(来た……!)
乃亜はごくりと喉を鳴らした。
ここまでは前回と同じ。だが、ここからが本番だ。
「儀式」の開始だ。
「ターゲット確認」
コンテナの頂上から、重厚な声が降ってきた。
C班隊長・灰賀宗一。
乃亜の実の父親であり、この部隊の要。
逆光を背負い、彼がゆっくりと愛刀「廻」を抜く。
バンッ、ジャキィン。
乃亜のものよりも短く、鋭い起動音。無駄なエネルギー漏れが一切ない証拠だ。
「――戦術移行。『一刀両断』。これより手出し無用」
その言葉は、戦場の物理法則を書き換えるトリガーだった。
標の号令と同時に、乃亜たち隊員は一斉に刀身の出力を絞り、大きくバックステップを踏んだ。
包囲を解く。
あえて、逃げ道を作る。
その瞬間、スマイルの挙動が変わった。
全方位にあった「死」が消え、目の前にただ一人、「敵」が残った。
――勝てるかもしれない。
――こいつを殺せば、生き残れる。
スマイルが「生存ルート」を再計算する。
胸部の自爆エネルギーが急速に冷却され、全ての出力が右腕の「骨刀」へと回される。
自爆キャンセル。戦闘モードへの移行。
だが、顔は笑ったままだ。
極限の恐怖が生んだ「笑顔」だけが、能面に焼き付いて離れない。
オオオオオッ!
スマイルが咆哮なき叫びを上げ、踏み込んだ。
達人のごとき刺突。
コンクリートの地面を爆ぜ飛ばすほどの踏み込みで、ニタニタと笑いながら、最短距離で宗一の心臓を狙う神速の一撃。
「……遅い」
宗一は動かなかった。
いや、最小限の動きで刀身を滑らせた。
ガガガガガッ!!
凄まじい火花と衝撃音。
レーザー刀身と骨刀が噛み合い、空間が歪む。
(減っていく……!)
乃亜は宗一の腰にあるインジケーターを見た。
鍔迫り合いのたびに、カートリッジの残量が目に見えて減っていく。
防御はタダじゃない。
敵の攻撃を受け止めるたび、こちらの「命」が削り取られる。
だが、宗一は表情一つ変えない。
スマイルが、焦れて大ぶりの横薙ぎを放った瞬間。
宗一が、あえてその刃に向かって踏み込んだ。
灰賀流奥義――「泥舟」。
ゴガッ!
宗一の左肩に、骨刀が直撃した。
着物型の戦闘服が裂け、装甲が火花を散らして砕ける。
その下の生身の肉が斬れる音がした。
鮮血が舞う。
乃亜が息を呑む。
だが、宗一は怯まない。
かわさずにあえて「肉」と「骨」で受け止めることで、敵の刃を物理的にロックしたのだ。
「終わりだ」
動きの止まったスマイルの懐へ、宗一の「廻」が突き刺さる。
正確無比。
輝く核を、レーザーが貫通した。
パァンッ!
乾いた破砕音と共に、スマイルの身体が炭化し、黒い灰となって崩れ落ちた。
崩れ落ちるその瞬間まで、スマイルの顔は、嬉しそうに引きつって笑っていた。
「……状況終了」
宗一が刀を納める。
左肩の装甲は半壊し、血が滴っているが、彼は気にした様子もなく、空になったカートリッジを排出した。
カラン、コロン。
虚しい音が響く。
『見たか、新人』
インカムから標の声がした。今回は少しだけ、安堵の色が混じっている。
『あれが「一刀両断」だ。
敵に希望を与え、その希望ごと叩き斬る。
そして、隊長は仲間のために自らの肉と弾薬を削る』
乃亜は、血を流して立つ父の背中を見つめた。
圧倒的だった。同じ武器を使っているはずなのに、まるで別の生き物だ。
父の血が滲む肩を見て、乃亜は思わず駆け寄った。
「た、隊長! 肩が……!」
救護キットを取り出そうとする乃亜を、宗一の手が制した。
冷たい手だった。
戦闘の高揚など微塵もない、氷のような瞳が乃亜を射抜く。
「触るな」
「え……」
「お前の仕事は壁になることだ。衛生兵の真似事など求めていない」
宗一は乃亜の手を払いのけ、乃亜の腰にある「廻」を一瞥した。
「……戦闘中、シリンダーを見たな」
「えっ……」
「あと何発残っているか。エネルギーは足りるか。その一瞬の計算(迷い)が、刃を鈍らせる」
宗一は自分の「廻」をホルダーに叩き込んだ。
同じ制式装備。
けれど、父が使うそれは、単なる機械ではなく、身体の一部のように馴染んでいる。
「刀は、弾丸を撃ち出すだけの機械ではない。己の意思を延長する牙だ。
システムに頼り、残弾数に命を預けているうちは、お前は何も守れない」
何も守れない。
その言葉が、乃亜の胸に深く刺さった。
「……乃亜」
不意に、名前を呼ばれた。
父の口からその名が出るのは、入隊式以来だった。
乃亜は身を硬くした。軍師・標に言われた「亜種」という意味が脳裏をよぎる。また、出来損ないだと罵られるのか。
だが、宗一の瞳にあったのは、侮蔑ではなかった。
もっと重く、昏い、祈りのような光。
「死ぬなよ」
それだけ言い残し、父は闇の中へと消えていった。
突き放すような、けれど、どこか縋るような響き。
残された乃亜は、自分の「廻」を強く握りしめた。
父の真意は分からない。
ただ、その背中はあまりにも遠く、そして孤独に見えた。
(第3話 完)
次回予告:第4話『弾丸一発の値段』
父の言葉の意味を噛み締め、乃亜は訓練に没頭する。
だが、整備班から突きつけられたのは冷酷な現実だった。
「今回の戦闘で、隊長の給料三ヶ月分の弾が消えたな」
命と金とエネルギー。
人類を守るための組織「特剣」は、慢性的で致命的な資金難に喘いでいた。
そんな中、標がある「極秘任務」を乃亜に持ちかける。
次回、一刀両断 第4話『弾丸一発の値段』
その弾丸一発で、家族が何日暮らせると思う?




