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一刀両断 Severing the Smile  作者: eno
儀式の崩壊編
3/16

第3話 一刀両断

 三日後。

 C班に新たな出撃命令が下った。

 場所は、旧湾岸エリアの埋め立て地。錆びついたコンテナが墓標のように積み重なる、迷路のような戦場だ。

「C-3(灰賀)、位置についたか」

「……はい。ポイント・デルタ、確保しました」

 灰賀乃亜は、コンテナの陰で息を殺していた。

 二度目の実戦。

 手の震えはまだ止まらないが、前回の「棒立ち」とは違う。自分の役割を理解しているからだ。

 自分たちは「壁」だ。

 物理攻撃を吸収してしまうスマイルに対し、再生を許さないレーザー刀身という「死の壁」を作って退路を断つ。それが役目だ。

『ターゲット、C-3方向へ逃走中。――来るぞ』

 軍師・標の冷徹な声が響く。

 ドォンッ、ドォンッ!

 地面を揺らす重い足音と共に、コンテナの角からスマイルが飛び出してきた。

 白い仮面の異星体。

 こちらに気づいた瞬間、奴は加速した。乃亜の身体の横をすり抜け、背後へ逃げようとしているのだ。

(させるか……!)

 乃亜は腰の「廻(リボルバー)」に手をかけ、トリガーを一気に引き絞った。

 シリンダー内の炸薬が暴発する。

 バンッ!!

 破裂音と共に、

 ジャキィィィン!!

 硬質な金属音が重なり、噴出したエネルギーが青白い光刃となって夕闇に走る。

 乃亜は、その刃を奴の進路上に叩きつけた。

 斬りかかるのではない。ただ、そこに「死」を置く。

 ギィン!

 スマイルが急停止し、勢い余って足元のアスファルトを深く削り取った。

 驚愕(に似た反応)で仮面が揺れる。

『C-1、C-2、閉鎖(クローズ)』

 その隙を見逃す標ではない。

 左右のコンテナ上から、先輩隊員二人が同時に飛び降りた。

 着地と同時に刀身を展開。

 前、右、左。そして背後は海。

 完璧な包囲網(キルボックス)が完成した。

 キィィィィィ……!

 スマイルの口元から、金属を擦り合わせたような不快なノイズが漏れる。

 首を激しく左右に振る。逃げ場を探しているのだ。

 だが、ない。どこを見ても、自分を殺し得る光の刃がある。

 カッ!

 スマイルの胸部が赤熱した。

 自爆シークエンスの予兆だ。

 生存確率ゼロ。ならば敵を巻き込んで消滅する――奴がそう判断しかけた瞬間。

 ビキキッ。

 端正な能面が歪んだ。

 耐え難い「死」の恐怖が、奴の思考回路をショートさせる。

 口角が耳まで裂けるほど吊り上がり、虚ろな目が三日月の形に細められる。

 ニチャァァァ……。

 張り付いた。

 歓喜にも似た、醜悪な満面の笑顔。

 恐怖による硬直(フリーズ)。

 胸部の赤熱が一点に収束し、白く輝く「核」として固定される。

(来た……!)

 乃亜はごくりと喉を鳴らした。

 ここまでは前回と同じ。だが、ここからが本番だ。

 「儀式」の開始だ。

「ターゲット確認」

 コンテナの頂上から、重厚な声が降ってきた。

 C班隊長・灰賀宗一。

 乃亜の実の父親であり、この部隊の要。

 逆光を背負い、彼がゆっくりと愛刀「廻」を抜く。

 バンッ、ジャキィン。

 乃亜のものよりも短く、鋭い起動音。無駄なエネルギー漏れが一切ない証拠だ。

「――戦術移行。『一刀両断』。これより手出し無用(タッチ・オフ)」

 その言葉は、戦場の物理法則を書き換えるトリガーだった。

 標の号令と同時に、乃亜たち隊員は一斉に刀身の出力を絞り、大きくバックステップを踏んだ。

 包囲を解く。

 あえて、逃げ道を作る。

 その瞬間、スマイルの挙動が変わった。

 全方位にあった「死」が消え、目の前にただ一人、「敵」が残った。

 ――勝てるかもしれない。

 ――こいつを殺せば、生き残れる。

 スマイルが「生存ルート」を再計算する。

 胸部の自爆エネルギーが急速に冷却され、全ての出力が右腕の「骨刀」へと回される。

 自爆キャンセル。戦闘モードへの移行。

 だが、顔は笑ったままだ。

 極限の恐怖が生んだ「笑顔」だけが、能面に焼き付いて離れない。

 オオオオオッ!

 スマイルが咆哮なき叫びを上げ、踏み込んだ。

 達人のごとき刺突。

 コンクリートの地面を爆ぜ飛ばすほどの踏み込みで、ニタニタと笑いながら、最短距離で宗一の心臓を狙う神速の一撃。

「……遅い」

 宗一は動かなかった。

 いや、最小限の動きで刀身を滑らせた。

 ガガガガガッ!!

 凄まじい火花と衝撃音。

 レーザー刀身と骨刀が噛み合い、空間が歪む。

(減っていく……!)

 乃亜は宗一の腰にあるインジケーターを見た。

 鍔迫り合いのたびに、カートリッジの残量が目に見えて減っていく。

 防御はタダじゃない。

 敵の攻撃を受け止めるたび、こちらの「命(エネルギー)」が削り取られる。

 だが、宗一は表情一つ変えない。

 スマイルが、焦れて大ぶりの横薙ぎを放った瞬間。

 宗一が、あえてその刃に向かって踏み込んだ。

 灰賀流奥義――「泥舟(どろぶね)」。

 ゴガッ!

 宗一の左肩に、骨刀が直撃した。

 着物型の戦闘服が裂け、装甲(アーマー)が火花を散らして砕ける。

 その下の生身の肉が斬れる音がした。

 鮮血が舞う。

 乃亜が息を呑む。

 だが、宗一は怯まない。

 かわさずにあえて「肉」と「骨」で受け止めることで、敵の刃を物理的にロックしたのだ。

「終わりだ」

 動きの止まったスマイルの懐へ、宗一の「廻」が突き刺さる。

 正確無比。

 輝く核を、レーザーが貫通した。

 パァンッ!

 乾いた破砕音と共に、スマイルの身体が炭化し、黒い灰となって崩れ落ちた。

 崩れ落ちるその瞬間まで、スマイルの顔は、嬉しそうに引きつって笑っていた。

「……状況終了」

 宗一が刀を納める。

 左肩の装甲は半壊し、血が滴っているが、彼は気にした様子もなく、空になったカートリッジを排出した。

 カラン、コロン。

 虚しい音が響く。

『見たか、新人』

 インカムから標の声がした。今回は少しだけ、安堵の色が混じっている。

『あれが「一刀両断」だ。

 敵に希望を与え、その希望ごと叩き斬る。

 そして、隊長は仲間のために自らの肉と弾薬(リソース)を削る』

 乃亜は、血を流して立つ父の背中を見つめた。

 圧倒的だった。同じ武器を使っているはずなのに、まるで別の生き物だ。

 父の血が滲む肩を見て、乃亜は思わず駆け寄った。

「た、隊長! 肩が……!」

 救護キットを取り出そうとする乃亜を、宗一の手が制した。

 冷たい手だった。

 戦闘の高揚など微塵もない、氷のような瞳が乃亜を射抜く。

「触るな」

「え……」

「お前の仕事は壁になることだ。衛生兵の真似事など求めていない」

 宗一は乃亜の手を払いのけ、乃亜の腰にある「廻」を一瞥した。

「……戦闘中、シリンダーを見たな」

「えっ……」

「あと何発残っているか。エネルギーは足りるか。その一瞬の計算(迷い)が、刃を鈍らせる」

 宗一は自分の「廻」をホルダーに叩き込んだ。

 同じ制式装備。

 けれど、父が使うそれは、単なる機械ではなく、身体の一部のように馴染んでいる。

「刀(これ)は、弾丸を撃ち出すだけの機械ではない。己の意思を延長する牙だ。

 システムに頼り、残弾数に命を預けているうちは、お前は何も守れない」

 何も守れない。

 その言葉が、乃亜の胸に深く刺さった。

「……乃亜」

 不意に、名前を呼ばれた。

 父の口からその名が出るのは、入隊式以来だった。

 乃亜は身を硬くした。軍師・標に言われた「亜種(パチモン)」という意味が脳裏をよぎる。また、出来損ないだと罵られるのか。

 だが、宗一の瞳にあったのは、侮蔑ではなかった。

 もっと重く、昏い、祈りのような光。

「死ぬなよ」

 それだけ言い残し、父は闇の中へと消えていった。

 突き放すような、けれど、どこか縋(すが)るような響き。

 残された乃亜は、自分の「廻」を強く握りしめた。

 父の真意は分からない。

 ただ、その背中はあまりにも遠く、そして孤独に見えた。

(第3話 完)

次回予告:第4話『弾丸一発の値段』

父の言葉の意味を噛み締め、乃亜は訓練に没頭する。

だが、整備班から突きつけられたのは冷酷な現実(コスト)だった。

「今回の戦闘で、隊長の給料三ヶ月分の弾が消えたな」

命と金とエネルギー。

人類を守るための組織「特剣」は、慢性的で致命的な資金難に喘いでいた。

そんな中、標がある「極秘任務(バイト)」を乃亜に持ちかける。

次回、一刀両断 第4話『弾丸一発の値段』

その弾丸一発で、家族が何日暮らせると思う?


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