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一刀両断 Severing the Smile  作者: eno
儀式の崩壊編
16/17

第15話 地下迷宮の攻略

 地下深度40メートル。

 かつて東京メトロと呼ばれた地下鉄網は、今やスマイルたちの巣窟と化している。

 照明の落ちた闇の中、湿ったカビの臭いと、錆びた鉄の臭いが充満していた。

「……暗いな」

 灰賀乃亜は、暗視ゴーグルの緑色の視界の中で呟いた。

 狭い。

 複線ドリルのトンネル内は、瓦礫と放置された車両で塞がれ、人が一人通れるのがやっとの隙間しかない。

『無駄口を叩くな、C-3』

 インカムから標の声が響く。だが、今日はいつもの管制室からの通信ではない。

 標自身も現場近くの指揮車まで降りてきている。それほど重要な、そして繊細な作戦だということだ。

『いいか、今回のフィールドは「線」だ。いつものような円形の包囲陣形は組めない』

 標が淡々と説明する。

『前後を塞がれても、奴らは天井や壁を利用して逃げる。

 ここで奴らを「固定」するには、物理的な包囲ではなく、心理的な「ロック」が必要だ』

「ロック……ですか」

「そうだ。奴らの意識を、たった一点に釘付けにする」

 標の声が一段低くなった。

『C-3.先行しろ。お前が「餌」だ』

 乃亜は喉を鳴らし、握りしめた「廻(リボルバー)」の柄を確認した。

 新戦術。

 スマイルの学習能力を逆手に取り、あえて「弱そうな単独の敵」を晒すことで、奴らの本能を刺激し、その場に留まらせる。

「……了解」

 乃亜は一人、闇の中へと足を踏み入れた。

 他の隊員たちは、瓦礫の陰や車両の中に隠れ、気配を殺して待機している。

 ザッ、ザッ……。

 自分の足音だけが響く。

 心細さが胃を締め上げる。

 もし、隠れている仲間が飛び出すタイミングが遅れたら?

 もし、スマイルが罠を見抜いて、隠れている仲間を先に襲ったら?

 キィ……。

 微かな金属音が前方から聞こえた。

 乃亜は足を止めた。

 暗視ゴーグルの奥、トンネルの闇に白い顔が浮かんでいた。

 スマイルだ。

 天井に張り付き、逆さまの状態でこちらを見下ろしている。

 蜘蛛のような異形。

(来た……!)

 乃亜は「廻」を抜いた。

 青白い光が闇を切り裂く。

 だが、スマイルは逃げなかった。

 奴は首を傾げ、乃亜を観察している。

 ――敵影、一名。

 ――後続なし。

 ――弱個体。

 奴の思考回路がそう判断したのが、空気感で伝わってきた。

 恐怖はない。あるのは「狩り」の意思だけ。

 ヒュッ!

 スマイルが天井から落下してきた。

 重力を無視したような急加速。骨刀が上から振り下ろされる。

「くっ!」

 乃亜は受け止めた。

 ガギィッ!

 重い。膝が折れそうになる。

 だが、弾いてはいけない。逃げてもいけない。

 ここで奴と「泥仕合」を演じ、意識を自分だけに向けさせなければならない。

『耐えろ、C-3。まだだ。奴の意識占有率が足りない』

 標の指示は非情だ。

 スマイルの連撃。

 左、右、突き。

 乃亜は防戦一方だ。頬を掠め、肩を裂かれる。

 痛い。熱い。

 だが、再生能力が即座に傷を塞いでいく。

(痛いけど……倒れるわけにはいかない!)

 乃亜の異常な耐久力に、スマイルが焦り始めた。

 なぜ倒れない? なぜ逃げない?

 奴の攻撃が雑になる。大振りになる。

 意識が完全に「目の前の獲物」に固定された。

『今だ。――閉鎖(クローズ)』

 標の号令。

 その瞬間、トンネルの左右の壁――点検用ハッチが爆砕された。

 ドォン!

 壁の中から、C班の先輩隊員二人が飛び出した。

 左右からの奇襲。

 狭いトンネル内で、スマイルを挟み撃ちにする形だ。

 キシャッ!?

 スマイルが驚愕に振り返る。

 だが遅い。

 前には乃亜。左右には増援。上は天井、下は地面。

 パニック状態の思考停止。

 一対一だと思っていた状況が、瞬時に「死の檻」へと変貌した絶望感。

 ニチャァ……!

 張り付いた。

 完璧な笑顔。

 核が固定される。

「笑顔確認、一刀両断!これより手出し無用」

 隊長の声が轟く。

 だが、狭いトンネル内だ。下がる場所がない。

 乃亜たちはその場で壁にへばりつき、射線を空けるしかない。

 隊長が、車両の上から滑り降りてきた。

 重力を乗せた、唐竹割り。

 スマイルは反応できない。パニック(笑顔)の硬直が解ける前に、脳天から核ごと叩き斬られた。

 ズンッ。

 両断された死体が左右に倒れ、黒い灰へと変わっていく。

「……状況終了」

 隊長が刀を納める。

 乃亜はその場に座り込んだ。

 全身傷だらけだ。再生しているとはいえ、失った血液と体力は戻らない。

「よくやった、デコイ」

 隊長が乃亜の手を引いて立たせた。

 その目は、以前よりも少しだけ温かかったが、同時に深い憐れみも含んでいた。

「お前のおかげで、弾を使わずに位置を固定できた。……だが、こんな戦い方、長くは持たんぞ」

「……分かってます」

 乃亜はめまいを堪えて答えた。

 自分が生餌になることで、部隊全体の消耗は抑えられる。

 それが、軍師・標の出した「最適解」なのだ。

 撤収のため、トンネルを戻り始めた時だった。

 前方の闇から、別の部隊が歩いてきた。

 異様な呪術的ペイントを施した装備。

 J班【禍津流(まがつりゅう)】だ。

「おやおや、ボロボロだねぇ」

 すれ違いざま、包帯の男――軍師・**祝部(はふりべ) 朔(さく)**が足を止めた。

 彼は乃亜の、破れた羽織の隙間から見える「治りかけの傷」をねっとりと見つめた。

「いいねぇ、その肉体。

 切り刻んでも、焼いても、すぐに元通り。

 まるで『無限に使える実験動物』だ」

「……何が言いたいんですか」

 乃亜が睨み返すと、祝部はクスクスと笑った。

「気をつけなよ。

 王も、君のような『特異点』を欲しがるかもしれない。

 ……あるいは、我々(J班)が先に頂くかもね?」

 祝部は意味深な言葉を残し、闇の奥へと消えていった。

 背筋に寒気が走った。

 スマイルへの恐怖とは違う、人間からの悪意。

 この地下迷宮には、怪物以外にも何かが潜んでいる。

「……行くぞ、C-3。聞かなかったことにしろ」

 隊長に促され、乃亜は歩き出した。

 だが、その足取りは重かった。

 傷は治る。だが、削り取られた心の摩耗は、再生能力でも治せないのかもしれない。

(第15話 完)

次回予告:第16話『刃なき殺意』

次回、他流派の「弾切れ」に遭遇するエピソード。

E班【緋月流】の狂戦士たちとの共同戦線。

彼らは弾が尽きても止まらない。

「弾がねえ? 関係ねえよ。刀が消えても、俺たちの殺意は消えねえ!」

スマイルに対し、狂気だけで立ち向かう彼らの姿に、乃亜は「人間の底力」と「狂気の深淵」を見る。

次回、一刀両断 第16話『刃なき殺意』

「奴らの仮面を叩き割れ。絶望を直接流し込んでやれ!」




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