第14話 軍師たちの密会
深夜0時。
大和基地の最深部にある「第0会議室」。
そこは、物理的な壁に囲まれた完全な密室であり、あらゆる通信が遮断された空間だった。
円卓を囲むのは、10人の男女。
彼らこそが、人類の頭脳。
各流派を指揮し、隊員たちの命をチップとして運用する「軍師」たちである。
「――定刻だ。始めよう」
議長席に座るC班(灰賀流)の標慎二が、氷のような声で開会を告げた。
部屋の照明が落ち、円卓の中央にホログラムが浮かび上がる。
映し出されたのは、あの「雨中の戦闘」におけるスマイルのデータだ。
「単刀直入に言う。スマイルは進化した。
奴らは『一刀両断』のからくりを理解し、こちらの弾切れ(リソース枯渇)を狙う戦術行動を取り始めている」
標の言葉に、円卓がざわめくことはなかった。
ここにいるのは、感情よりも計算を優先する怪物たちだ。彼らはただ、値踏みするようにデータを睨んでいる。
「ふん。だからどうした?」
退屈そうに足を組んだのは、B班(刹那流)の軍師、**九条 結**だ。
彼女は長い爪をいじりながら、鼻で笑った。
「奴らが賢くなった? 結構じゃない。待ち伏せでも何でもさせておけばいい。
ウチの『刹那流』は、奴らが思考するよりも速く斬る。0.1秒で終わる戦闘に、戦術もクソもないわ」
「野蛮だねえ、九条ちゃんは」
茶々を入れたのは、E班(緋月流)の軍師、**墨須**だ。
サングラスをかけ、不敵な笑みを浮かべている。
「賢くなったってことは、『恐怖』以外の感情も芽生えてるってことだろ?
もっとエグい追い込み方ができるじゃないか。絶望させて、泣き叫ばせて……あぁ、ゾクゾクするね」
「……非生産的な議論はやめろ」
G班(玻璃院流)の御影 玄が、眼鏡を光らせて制した。
「問題は、奴らの学習速度が『自然進化』のレベルを超えている点だ。
バックグラウンドに、強力な統率個体――『王』が存在する確率が高い」
王。
その単語が出た瞬間、場の空気が変わった。
「王、ですか……」
穏やかな、しかし底知れない声が響いた。
F班(神代流)の軍師、**志島**だ。
彼は柔和な糸目で、手元の数珠を弄んでいる。
「もし本当に王がいるのなら、我々の『儀式』は滑稽な一人芝居だったことになりますね。
王は知っている。我々が必死に『一対一なら生き残れる』という嘘をついていることを。
……すべてお見通しの上で、人類を泳がせていたとしたら?」
志島の言葉に、沈黙が落ちた。
それは恐怖ではない。
プライドの高い軍師たちにとって、自分たちのシナリオが「駄作」扱いされていたことへの屈辱だった。
「……気に食わねぇな」
I班(逆廻流)の軍師、白洲 透馬が舌打ちをした。
「俺たちのハッキングが、逆にハッキングされてたってか?
上等だよ。その『王』とやら、俺の盤面に引きずり出して、脳味噌バグらせてやる」
標は、ヒートアップする軍師たちを見渡し、冷ややかに言った。
「感情論は捨てろ。
今日集まってもらったのは、対『王』用の新戦略を策定するためだ」
標がホログラムを切り替える。
そこに表示されたのは、これまでの「安全な儀式」とは異なる、リスクの塊のような作戦図だった。
「これまでの『恐怖による固定』は通じなくなる。
ならば、次のフェーズへ移行する。
奴らの『知性』を逆手に取るんだ」
「ほう?」
「奴らが『生存確率』を計算するなら、あえて計算式に『穴』を作ってやる。
わざと隙を見せ、誘い込み、カウンターで仕留める。……ただし、この作戦にはリスクがある」
標は淡々と告げた。
「囮となる隊員死亡率、推定40%上昇」
40%。
それは軍事的には「全滅」と同義だ。
だが、この円卓にいる者たちは、眉一つ動かさなかった。
「安いものね」
D班(氷室流)の軍師、**凪野**が呟く。
「勝てるなら、隊員の半分が死んでも構わない。……要は、最後に王の首が取れればいいんでしょう?」
「同意する」
「異議なし」
次々と賛同の声が上がる。
彼らにとって、隊員は数字だ。名前のある人間ではない。
勝利という解を導き出すための、変光星のような変数に過ぎない。
「……決まりだな」
標が会議を締めくくろうとした時だった。
「クク……クククッ」
不気味な忍び笑いが聞こえた。
全員の視線が、円卓の隅に向けられる。
そこには、今まで一言も発していなかった男がいた。
J班(禍津流)の軍師、祝部 朔。
顔の半分を包帯で覆った、異様な風体の男だ。
「何がおかしい、祝部」
標が鋭く問うと、祝部は包帯の隙間から、濁った瞳を覗かせた。
「いやぁ、頼もしいなぁと思ってねぇ。
みんな、王を『倒す』ことしか考えてないんだもの」
「……どういう意味だ?」
「王だよ? 異星の神だよ?
殺すなんてもったいない。……捕獲して、解析して、その力を『我々のもの』にできれば、人類はもっと進化できると思わないかい?」
祝部の言葉に、狂気が滲む。
打倒ではなく、利用。
それは禁忌の思考だ。
「J班の『呪術』はね、精神汚染が得意なんだ。
王の脳ミソ、覗いてみたいなぁ。どんな地獄が見えるのかなぁ……」
「……祝部。貴様、まさか独自に動いているのか?」
標が詰め寄ろうとした瞬間、会議室の照明が点灯した。
時間切れだ。
「おっと、お開きだねぇ」
祝部はふらりと立ち上がり、出口へと向かった。
すれ違いざま、標の耳元で囁く。
「C班のあの『不死身の新人』……いいねぇ。王への供物に最高だ。
大事に育てておいてくれよ、標ちゃん」
祝部は高笑いを残して去っていった。
残された軍師たちの間に、不穏な空気が漂う。
王という共通の敵が現れたにも関わらず、人類側の意思は統一されていない。
それぞれの思惑、野心、そして狂気。
「……やれやれ」
標は眼鏡を外し、深く溜息をついた。
敵は外だけではない。
この円卓こそが、もう一つの戦場だ。
「御影。J班の通信ログを洗え。……裏で何かやってるぞ」
「了解。まったく、気が休まる暇がないね」
モニターの光が消える。
闇に戻った会議室で、標は一人呟いた。
「戦争か。……生き残るのは、誰の計算式だ?」
(第14話 完)
次回予告:第15話『地下迷宮の攻略』
場所は地下鉄構内。
逃げ場のない閉鎖空間で、ついに「変則的な儀式」が試される。
そして、J班軍師・祝部の不気味な予言通り、灰賀乃亜に特殊な任務が降りかかる。
「C-3、前へ出ろ。……囮になれ」
人類が仕掛ける、初めての「誘い受け」。
だが、地下の闇には、まだ誰も知らない「王の眷属」が潜んでいた。
次回、一刀両断 第15話『地下迷宮の攻略』
「へぇ……人間にしては、いい匂いがするね」




