↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一刀両断 Severing the Smile  作者: eno
儀式の崩壊編
14/17

第13話 学習する獣

大和基地、第4医療区画。

 無機質な白で統一された部屋に、シュウウウ……という、肉が焼けるような音が響いていた。

「……相変わらず、気持ち悪い治り方だね」

 医療班の看護師が、顔をしかめて言った。

 ベッドに座る灰賀乃亜の左肩からは、白い蒸気が立ち上っている。

 数時間前、スマイルの骨刀によって完全に貫通された傷穴。それが今、早回しの映像のように肉芽を盛り上げ、塞がろうとしていた。

「痛みはある?」

「痒(かゆ)いだけです。……骨が繋がる時、少し熱いけど」

 乃亜は淡々と答えた。

 痛み止めは効かない。代謝が良すぎてすぐに切れてしまうからだ。

 包帯を巻かれながら、乃亜は考える。

 あの雨の中で感じた、スマイルの奇妙な視線。あれは気のせいだったのか。

 その時、病室のドアが開き、C班軍師・標慎二が入ってきた。

「退院だ、C-3。傷は塞がったな?」

「は、はい。まだ少し疼きますが……」

「なら動ける。来い。お前に見せたいものがある」

 標は有無を言わせず、乃亜を連れ出した。

 連れて行かれたのは、いつもの戦略室ではなく、さらに奥まった場所にある「解析室(ブラックボックス)」だった。

 そこには、G班【玻璃院流】の軍師、御影玄(みかげ げん)も待っていた。

「やあ、不死身の新人君。君の肩の組織片、興味深かったよ。テロメアの消耗が異常に遅い」

 御影は試験管を振りながら笑ったが、その目は笑っていなかった。

 部屋の中央にあるホログラムテーブルに、先日の雨中戦闘の映像が立体投影される。

「これを見ろ」

 標が操作すると、映像が再生された。

 C班がスマイルを包囲したシーンだ。

 乃亜たちが刀を突きつけ、スマイルが立ち尽くしている。

「ここだ」

 標が映像を止めた。

 スマイルの顔がアップになる。

「現場では『雨で反応が鈍い』と思っただろう。だが、解析の結果、奴の視線はこの一点に集中していた」

 赤いレーザーポインターが、映像内の隊員の腰――「廻(リボルバー)」のインジケーターを指し示した。

「……見てる」

 乃亜は息を呑んだ。

 間違いなく、奴は残弾表示のランプを見ていた。

「奴は知っていたんだ。この光が『赤』になれば、人間は攻撃できなくなることを」

 御影が補足する。

「これまで何千体ものスマイルが殺された。その死に際の記憶は、おそらくフェロモンか未知の信号によって、種全体で共有(シェア)されている。

 『光る棒を持つ敵は、腰のランプが消えると無力化する』……その因果関係を、種全体で学習し始めたんだよ」

 ゾッとした。

 奴らは、ただ殺されるだけの的(ターゲット)ではなかった。

 死ぬたびに情報を持ち帰り、次世代への遺伝子情報として組み込んで戻ってくる。

 まるで、死そのものを教科書にするように。

「それだけじゃない」

 標が映像を進める。

 隊長・宗一が弾切れを起こし、乃亜が予備弾を投げたシーン。

 そして、乃亜が丸腰になった瞬間。

 スマイルが、即座にターゲットを宗一から乃亜へ切り替えた。

「この判断速度(レスポンス)。『弱い個体を狙う』という生物的本能を超えている。

 これは高度な戦術判断だ。『補給線を断つ』という、軍事的なロジックに基づいている」

 標はホログラムを消し、乃亜に向き直った。

「結論を言うぞ、灰賀」

 部屋の空気が重くなる。

「奴らはもう、害獣じゃない。

 統率された『軍隊』だ。

 そして、この急速な学習速度……背後に、奴らを教育している『指導者』がいる可能性が高い」

「きょ、指導者……?」

「ああ。我々の戦術を観察し、スマイルたちに『人間の殺し方』を教えている上位個体。

 仮称――『王(キング)』」

 王。

 その言葉が出た瞬間、乃亜の脳裏に、あの雨の中のスマイルの不気味な静寂が蘇った。

 あれは、ただの静止ではなかった。

 教えを守っていたのだ。

 『待て。焦るな。敵の弾が尽きるのを待て』という、誰かの声を。

「まだ仮説の域を出ない。だが、もし本当に指揮官がいるなら、これからの戦いは一変する」

 標は眼鏡の奥で、鋭い光を放った。

「これまでは『儀式』でハメ殺すことができた。だが、相手がこちらのルールを理解し、裏をかいてくるなら……それはもう儀式じゃない」

「……戦争、ですね」

 乃亜が呟くと、標は満足そうに頷いた。

「そうだ。我々はこれから、本当の戦争をする。

 ルール無用、騙し合い、消耗戦の泥沼だ」

 標は乃亜の、まだ熱を持つ左肩を指差した。

「だからこそ、お前が必要だと言ったんだ。

 賢い敵は、合理的に『弱い所』を突いてくる。

 だが、お前は合理的じゃない。死ぬはずの傷で死なない『計算外(バグ)』だ」

 軍師たちは、新たな計算式を組み始めていた。

 敵の進化を織り込み、それでもなお人類を勝たせるための、残酷な方程式を。

 乃亜は拳を握りしめた。

 王がいるなら、そいつが諸悪の根源だ。

 そいつが、この終わりなき殺し合いを仕組んでいる。

「……会えますかね、その王に」

「生き残ればな」

 標は短く答えた。

 解析室を出ると、廊下は慌ただしかった。

 次の出撃準備が進んでいる。

 だが、乃亜の目には、すれ違う隊員たちが皆、死体にタグを付けられた「データ」のように見えた。

 敵も学習する。味方も計算する。

 その狭間で、自分はどれだけ「死なずに」いられるだろうか。

(第13話 完)

次回予告:第14話『軍師たちの密会』

敵の進化(王の存在)を確信した標は、全流派の軍師を招集する緊急会議「円卓」を開く。

集まるのは、一癖も二癖もある天才・変人たち。

「スマイルが賢くなった? 結構。なら、もっとエグい手を使うまでだ」

人類の知能の結晶たちが、対「王」用の新戦略を練り上げる。

しかし、その会議の裏で、ある流派の軍師が不穏な動きを見せていた。

彼だけは、スマイルの進化を「歓迎」しているように見えたのだ。

次回、一刀両断 第14話『軍師たちの密会』

「進化とは、美しいものだと思わないかい?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。