第13話 学習する獣
大和基地、第4医療区画。
無機質な白で統一された部屋に、シュウウウ……という、肉が焼けるような音が響いていた。
「……相変わらず、気持ち悪い治り方だね」
医療班の看護師が、顔をしかめて言った。
ベッドに座る灰賀乃亜の左肩からは、白い蒸気が立ち上っている。
数時間前、スマイルの骨刀によって完全に貫通された傷穴。それが今、早回しの映像のように肉芽を盛り上げ、塞がろうとしていた。
「痛みはある?」
「痒いだけです。……骨が繋がる時、少し熱いけど」
乃亜は淡々と答えた。
痛み止めは効かない。代謝が良すぎてすぐに切れてしまうからだ。
包帯を巻かれながら、乃亜は考える。
あの雨の中で感じた、スマイルの奇妙な視線。あれは気のせいだったのか。
その時、病室のドアが開き、C班軍師・標慎二が入ってきた。
「退院だ、C-3。傷は塞がったな?」
「は、はい。まだ少し疼きますが……」
「なら動ける。来い。お前に見せたいものがある」
標は有無を言わせず、乃亜を連れ出した。
連れて行かれたのは、いつもの戦略室ではなく、さらに奥まった場所にある「解析室」だった。
そこには、G班【玻璃院流】の軍師、御影玄も待っていた。
「やあ、不死身の新人君。君の肩の組織片、興味深かったよ。テロメアの消耗が異常に遅い」
御影は試験管を振りながら笑ったが、その目は笑っていなかった。
部屋の中央にあるホログラムテーブルに、先日の雨中戦闘の映像が立体投影される。
「これを見ろ」
標が操作すると、映像が再生された。
C班がスマイルを包囲したシーンだ。
乃亜たちが刀を突きつけ、スマイルが立ち尽くしている。
「ここだ」
標が映像を止めた。
スマイルの顔がアップになる。
「現場では『雨で反応が鈍い』と思っただろう。だが、解析の結果、奴の視線はこの一点に集中していた」
赤いレーザーポインターが、映像内の隊員の腰――「廻」のインジケーターを指し示した。
「……見てる」
乃亜は息を呑んだ。
間違いなく、奴は残弾表示のランプを見ていた。
「奴は知っていたんだ。この光が『赤』になれば、人間は攻撃できなくなることを」
御影が補足する。
「これまで何千体ものスマイルが殺された。その死に際の記憶は、おそらくフェロモンか未知の信号によって、種全体で共有されている。
『光る棒を持つ敵は、腰のランプが消えると無力化する』……その因果関係を、種全体で学習し始めたんだよ」
ゾッとした。
奴らは、ただ殺されるだけの的ではなかった。
死ぬたびに情報を持ち帰り、次世代への遺伝子情報として組み込んで戻ってくる。
まるで、死そのものを教科書にするように。
「それだけじゃない」
標が映像を進める。
隊長・宗一が弾切れを起こし、乃亜が予備弾を投げたシーン。
そして、乃亜が丸腰になった瞬間。
スマイルが、即座にターゲットを宗一から乃亜へ切り替えた。
「この判断速度。『弱い個体を狙う』という生物的本能を超えている。
これは高度な戦術判断だ。『補給線を断つ』という、軍事的なロジックに基づいている」
標はホログラムを消し、乃亜に向き直った。
「結論を言うぞ、灰賀」
部屋の空気が重くなる。
「奴らはもう、害獣じゃない。
統率された『軍隊』だ。
そして、この急速な学習速度……背後に、奴らを教育している『指導者』がいる可能性が高い」
「きょ、指導者……?」
「ああ。我々の戦術を観察し、スマイルたちに『人間の殺し方』を教えている上位個体。
仮称――『王』」
王。
その言葉が出た瞬間、乃亜の脳裏に、あの雨の中のスマイルの不気味な静寂が蘇った。
あれは、ただの静止ではなかった。
教えを守っていたのだ。
『待て。焦るな。敵の弾が尽きるのを待て』という、誰かの声を。
「まだ仮説の域を出ない。だが、もし本当に指揮官がいるなら、これからの戦いは一変する」
標は眼鏡の奥で、鋭い光を放った。
「これまでは『儀式』でハメ殺すことができた。だが、相手がこちらのルールを理解し、裏をかいてくるなら……それはもう儀式じゃない」
「……戦争、ですね」
乃亜が呟くと、標は満足そうに頷いた。
「そうだ。我々はこれから、本当の戦争をする。
ルール無用、騙し合い、消耗戦の泥沼だ」
標は乃亜の、まだ熱を持つ左肩を指差した。
「だからこそ、お前が必要だと言ったんだ。
賢い敵は、合理的に『弱い所』を突いてくる。
だが、お前は合理的じゃない。死ぬはずの傷で死なない『計算外』だ」
軍師たちは、新たな計算式を組み始めていた。
敵の進化を織り込み、それでもなお人類を勝たせるための、残酷な方程式を。
乃亜は拳を握りしめた。
王がいるなら、そいつが諸悪の根源だ。
そいつが、この終わりなき殺し合いを仕組んでいる。
「……会えますかね、その王に」
「生き残ればな」
標は短く答えた。
解析室を出ると、廊下は慌ただしかった。
次の出撃準備が進んでいる。
だが、乃亜の目には、すれ違う隊員たちが皆、死体にタグを付けられた「データ」のように見えた。
敵も学習する。味方も計算する。
その狭間で、自分はどれだけ「死なずに」いられるだろうか。
(第13話 完)
次回予告:第14話『軍師たちの密会』
敵の進化(王の存在)を確信した標は、全流派の軍師を招集する緊急会議「円卓」を開く。
集まるのは、一癖も二癖もある天才・変人たち。
「スマイルが賢くなった? 結構。なら、もっとエグい手を使うまでだ」
人類の知能の結晶たちが、対「王」用の新戦略を練り上げる。
しかし、その会議の裏で、ある流派の軍師が不穏な動きを見せていた。
彼だけは、スマイルの進化を「歓迎」しているように見えたのだ。
次回、一刀両断 第14話『軍師たちの密会』
「進化とは、美しいものだと思わないかい?」




