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一刀両断 Severing the Smile  作者: eno
儀式の崩壊編
13/16

第12話 空っぽのシリンダー

 泥濘(ぬかるみ)に膝をつくC班隊長の呼吸は、荒く、そして重かった。

 脇腹からの出血が、雨水に混じって足元を赤く染めている。

「隊長! 大丈夫ですか!」

 灰賀乃亜が駆け寄る。

 隊長・灰賀宗一は苦悶の表情で頷いたが、その手にある愛刀「廻(リボルバー)」の光は、蛍の光のように弱々しく明滅していた。

「……予備弾はあるか、C-3」

「い、いえ……俺も、あと一発分しか……」

 乃亜は自分の腰のインジケーターを見た。

 黄色い警告灯。残量20%以下。

 他の隊員たちも同様だ。先ほどの「笑わないスマイル」との泥仕合で、全員がカツカツの状態だった。

『総員、直ちに撤退せよ。この雨量ではレーザーの減衰が早すぎる』

 標の指示が飛ぶ。

 そうだ、帰ろう。生きて帰って、熱いシャワーを浴びよう。

 乃亜がそう安堵した、次の瞬間だった。

『――ッ! 待て。熱源反応多数!』

 標の声が裏返った。

『増援だ! 囲まれている! 3時、9時の方角から二体!』

「な……!?」

 乃亜が顔を上げると、雨のカーテンを突き破って、新たな白い影が二つ現れた。

 スマイルだ。

 それも、まだ無傷で、エネルギーに満ち溢れた個体。

 対して、こちらは満身創痍。

 包囲陣形を組むための弾薬も、走る体力も残っていない。

「くそっ……やるしかないか」

 宗一がふらりと立ち上がった。

 その背中は、誰よりも死を覚悟していた。

「お前たちは下がれ。俺が殿(しんがり)を務める」

「無理です隊長! その傷じゃ!」

「命令だ! 行けッ!」

 宗一が叫び、先頭のスマイルに向かって踏み込んだ。

 相手は元気な新品だ。即座に骨刀を展開し、迎撃態勢に入る。

 宗一が「廻」を振りかぶる。

 だが。

 プンッ。

 間の抜けた音がして、宗一の刀身から光が消えた。

 レーザーが霧散し、ただの金属の「柄」だけが残る。

 エネルギー切れ(ガス欠)。

「――あ」

 宗一の動きが止まる。

 目の前には、振り下ろされるスマイルの骨刀。

 防げない。

 完全なる無防備(ネイキッド)。

 死ぬ。

 乃亜の目には、父の首が飛ぶ未来がスローモーションで見えた。

『C-3! 渡せッ!』

 インカムから標の絶叫が響いた。

 宗一が振り返り、乃亜を見た。その目は、助けを求める目ではない。

 **「お前の命(弾)をよこせ」**という、修羅の目だった。

 考えるより先に、乃亜の身体が動いていた。

 カシュンッ!

 自分の「廻」から、虎の子のラスト一発――まだエネルギーの残っているカートリッジを強制排出した。

「隊長ッ!!」

 乃亜はそれを全力で投げた。

 黒い筒が、雨粒を弾いて回転しながら飛んでいく。

 宗一が反応した。

 空のカートリッジを捨て、飛来する「息子の命」を空中で掴み取る。

 神速の装填(リロード)。

 ジャキィンッ!!

 そして骨刀を首の皮1枚でかわすその刹那、再び青白いレーザーが噴出した。

 死んだはずの獲物が、突如として牙を剥いた瞬間。

 スマイルが驚愕に硬直した。

 ニチャァ。

 至近距離での「死」の復活に、恐怖の笑みが浮かぶ。核が光った。

「うおおおおッ!」

 宗一は咆哮と共に、そのままカウンターでスマイルの胴を薙ぎ払った。

 一体撃破。

 だが、安堵する暇はない。

「……おい、新人」

 宗一が振り返らずに言った。

 その視線の先には、もう一体のスマイルが迫っていた。

 そして、弾を渡してしまった乃亜の手には、光のない「ただの柄」しかない。

 今度は、乃亜が「空っぽ」だった。

「ひ……」

 乃亜は後ずさった。

 スマイルがこちらを見る。

 敵の思考回路は正確だ。「脅威度の高い隊長」よりも、「無防備で殺しやすい獲物」を優先する。

 奴が、乃亜に向かってターゲットを変更した。

 武器はない。

 逃げても追いつかれる。

 包囲もできない。このままでは奴は笑わない。核も固定されない。

 どうする。どうすれば奴の足を止め、核を晒させることができる?

(……俺は、囮(デコイ)。計算式の一部)

 乃亜の脳裏に、冷徹な軍師の言葉が蘇る。

 逃げれば殺される。

 ならば。

「……来いよ」

 乃亜は逃げるのをやめ、逆に一歩踏み出した。

 無謀な突撃。

 スマイルが迎撃のために骨刀を突き出す。

 乃亜はそれを――避けなかった。

 ズプッ。

 左肩を、冷たい何かが貫通する感触。

 焼けるような激痛。

 だが、乃亜は悲鳴を上げる代わりに、歯を食いしばってスマイルの右腕を掴んだ。

「がぁぁぁぁッ!! 捕まえたぞ……ッ!!」

 乃亜は自らの肉体を「犠牲」にして、スマイルの骨刀をロックしたのだ。

 スマイルが動揺する。

 抜けない。この獲物、刺されているのに逃げようとしない。

 その異常行動に論理が混乱した瞬間、スマイルの背後に「影」が差した。

 宗一だ。

 乃亜の肉体に拘束され、動けないスマイルの背後に、復活したレーザー刀身が迫る。

 逃げられない。

 抜けない。

 後ろには死神。

 ギギ、ギギギギギ……!

 スマイルの顔面が痙攣した。

 完全な詰み(チェックメイト)。

 生理的な恐怖が、能面を醜悪な笑顔へと変える。

 ニチャァァァ……!

 笑った。

 同時に、胸の核が赤く発光し、固定される。

「よく耐えた、馬鹿野郎!」

 宗一の一閃が、スマイルの核を背後から貫いた。

 二体目、撃破。

 ドサッ。

 乃亜は泥の中に倒れ込んだ。

 左肩に穴が開いている。普通の人間ならショック死するレベルの重傷だ。

 だが、傷口からはすでに蒸気が上がり、異常な速度で細胞が再生を始めていた。

「……弾一発と、俺の左肩。どっちが高いですかね」

 乃亜がうわ言のように呟くと、宗一が泥だらけの顔で笑った。

「馬鹿言え。……お前の肩の方が、ずっと安い」

 それは酷い言い草だったが、今のC班にとっては最高の賛辞だった。

 宗一は乃亜を担ぎ上げ、撤退を開始した。

 雨はまだ止まない。

 乃亜の腰で、空っぽのシリンダーがカランと音を立てた。

 それが、今日を生き延びた音だった。

(第12話 完)

次回予告:第13話『学習する獣』

辛くも帰還したC班だったが、戦略室では深刻なデータ解析が行われていた。

「雨の中での戦闘……奴らは『あえて』待っていた可能性がある」

スマイルの行動パターンの変化。

それは単なる学習ではない。誰かが意図的に「教育」しているかのような痕跡。

標は一つの恐ろしい仮説にたどり着く。

「奴らの中に、統率者がいる」

次回、一刀両断 第13話『学習する獣』

「王手が近いぞ、灰賀」


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