第12話 空っぽのシリンダー
泥濘に膝をつくC班隊長の呼吸は、荒く、そして重かった。
脇腹からの出血が、雨水に混じって足元を赤く染めている。
「隊長! 大丈夫ですか!」
灰賀乃亜が駆け寄る。
隊長・灰賀宗一は苦悶の表情で頷いたが、その手にある愛刀「廻」の光は、蛍の光のように弱々しく明滅していた。
「……予備弾はあるか、C-3」
「い、いえ……俺も、あと一発分しか……」
乃亜は自分の腰のインジケーターを見た。
黄色い警告灯。残量20%以下。
他の隊員たちも同様だ。先ほどの「笑わないスマイル」との泥仕合で、全員がカツカツの状態だった。
『総員、直ちに撤退せよ。この雨量ではレーザーの減衰が早すぎる』
標の指示が飛ぶ。
そうだ、帰ろう。生きて帰って、熱いシャワーを浴びよう。
乃亜がそう安堵した、次の瞬間だった。
『――ッ! 待て。熱源反応多数!』
標の声が裏返った。
『増援だ! 囲まれている! 3時、9時の方角から二体!』
「な……!?」
乃亜が顔を上げると、雨のカーテンを突き破って、新たな白い影が二つ現れた。
スマイルだ。
それも、まだ無傷で、エネルギーに満ち溢れた個体。
対して、こちらは満身創痍。
包囲陣形を組むための弾薬も、走る体力も残っていない。
「くそっ……やるしかないか」
宗一がふらりと立ち上がった。
その背中は、誰よりも死を覚悟していた。
「お前たちは下がれ。俺が殿を務める」
「無理です隊長! その傷じゃ!」
「命令だ! 行けッ!」
宗一が叫び、先頭のスマイルに向かって踏み込んだ。
相手は元気な新品だ。即座に骨刀を展開し、迎撃態勢に入る。
宗一が「廻」を振りかぶる。
だが。
プンッ。
間の抜けた音がして、宗一の刀身から光が消えた。
レーザーが霧散し、ただの金属の「柄」だけが残る。
エネルギー切れ(ガス欠)。
「――あ」
宗一の動きが止まる。
目の前には、振り下ろされるスマイルの骨刀。
防げない。
完全なる無防備。
死ぬ。
乃亜の目には、父の首が飛ぶ未来がスローモーションで見えた。
『C-3! 渡せッ!』
インカムから標の絶叫が響いた。
宗一が振り返り、乃亜を見た。その目は、助けを求める目ではない。
**「お前の命(弾)をよこせ」**という、修羅の目だった。
考えるより先に、乃亜の身体が動いていた。
カシュンッ!
自分の「廻」から、虎の子のラスト一発――まだエネルギーの残っているカートリッジを強制排出した。
「隊長ッ!!」
乃亜はそれを全力で投げた。
黒い筒が、雨粒を弾いて回転しながら飛んでいく。
宗一が反応した。
空のカートリッジを捨て、飛来する「息子の命」を空中で掴み取る。
神速の装填。
ジャキィンッ!!
そして骨刀を首の皮1枚でかわすその刹那、再び青白いレーザーが噴出した。
死んだはずの獲物が、突如として牙を剥いた瞬間。
スマイルが驚愕に硬直した。
ニチャァ。
至近距離での「死」の復活に、恐怖の笑みが浮かぶ。核が光った。
「うおおおおッ!」
宗一は咆哮と共に、そのままカウンターでスマイルの胴を薙ぎ払った。
一体撃破。
だが、安堵する暇はない。
「……おい、新人」
宗一が振り返らずに言った。
その視線の先には、もう一体のスマイルが迫っていた。
そして、弾を渡してしまった乃亜の手には、光のない「ただの柄」しかない。
今度は、乃亜が「空っぽ」だった。
「ひ……」
乃亜は後ずさった。
スマイルがこちらを見る。
敵の思考回路は正確だ。「脅威度の高い隊長」よりも、「無防備で殺しやすい獲物」を優先する。
奴が、乃亜に向かってターゲットを変更した。
武器はない。
逃げても追いつかれる。
包囲もできない。このままでは奴は笑わない。核も固定されない。
どうする。どうすれば奴の足を止め、核を晒させることができる?
(……俺は、囮。計算式の一部)
乃亜の脳裏に、冷徹な軍師の言葉が蘇る。
逃げれば殺される。
ならば。
「……来いよ」
乃亜は逃げるのをやめ、逆に一歩踏み出した。
無謀な突撃。
スマイルが迎撃のために骨刀を突き出す。
乃亜はそれを――避けなかった。
ズプッ。
左肩を、冷たい何かが貫通する感触。
焼けるような激痛。
だが、乃亜は悲鳴を上げる代わりに、歯を食いしばってスマイルの右腕を掴んだ。
「がぁぁぁぁッ!! 捕まえたぞ……ッ!!」
乃亜は自らの肉体を「犠牲」にして、スマイルの骨刀をロックしたのだ。
スマイルが動揺する。
抜けない。この獲物、刺されているのに逃げようとしない。
その異常行動に論理が混乱した瞬間、スマイルの背後に「影」が差した。
宗一だ。
乃亜の肉体に拘束され、動けないスマイルの背後に、復活したレーザー刀身が迫る。
逃げられない。
抜けない。
後ろには死神。
ギギ、ギギギギギ……!
スマイルの顔面が痙攣した。
完全な詰み(チェックメイト)。
生理的な恐怖が、能面を醜悪な笑顔へと変える。
ニチャァァァ……!
笑った。
同時に、胸の核が赤く発光し、固定される。
「よく耐えた、馬鹿野郎!」
宗一の一閃が、スマイルの核を背後から貫いた。
二体目、撃破。
ドサッ。
乃亜は泥の中に倒れ込んだ。
左肩に穴が開いている。普通の人間ならショック死するレベルの重傷だ。
だが、傷口からはすでに蒸気が上がり、異常な速度で細胞が再生を始めていた。
「……弾一発と、俺の左肩。どっちが高いですかね」
乃亜がうわ言のように呟くと、宗一が泥だらけの顔で笑った。
「馬鹿言え。……お前の肩の方が、ずっと安い」
それは酷い言い草だったが、今のC班にとっては最高の賛辞だった。
宗一は乃亜を担ぎ上げ、撤退を開始した。
雨はまだ止まない。
乃亜の腰で、空っぽのシリンダーがカランと音を立てた。
それが、今日を生き延びた音だった。
(第12話 完)
次回予告:第13話『学習する獣』
辛くも帰還したC班だったが、戦略室では深刻なデータ解析が行われていた。
「雨の中での戦闘……奴らは『あえて』待っていた可能性がある」
スマイルの行動パターンの変化。
それは単なる学習ではない。誰かが意図的に「教育」しているかのような痕跡。
標は一つの恐ろしい仮説にたどり着く。
「奴らの中に、統率者がいる」
次回、一刀両断 第13話『学習する獣』
「王手が近いぞ、灰賀」




