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一刀両断 Severing the Smile  作者: eno
儀式の崩壊編
12/17

第11話 雨中の包囲網

 叩きつけるような豪雨だった。

 視界は灰色に染まり、地面はぬかるんだ泥沼と化している。

 最悪のコンディションだ。

「……くそっ、足元が滑る」

 灰賀乃亜は、泥に足を取られそうになりながら、廃工場の資材置き場を走っていた。

 雨音にかき消され、自分の足音すら聞こえない。

 ゴーグルに雨粒が当たり、ワイパー機能も追いつかないほどだ。

『C班、感度が悪い。センサーにノイズが走っている』

 インカムから聞こえる標の声も、電波障害でザラザラしていた。

『熱源反応が雨で散乱している。目視頼みだ。……死ぬなよ』

 頼りない指示。

 軍師の目が曇った状態で戦うことの恐怖。

「前方、11時方向!」

 先輩隊員の叫び声。

 雨のカーテンの向こうに、白い人影がぼんやりと浮かんだ。

 スマイルだ。

 奴は雨など気にする様子もなく、ただ立ち尽くしていた。

「展開! 囲め!」

 C班の隊員三名が散開する。

 乃亜も泥を蹴って右翼へ走る。

 だが、重い泥がブーツにまとわりつき、いつものスピードが出ない。

(遅い……!)

 タイミングがズレる。

 本来なら三人が同時に配置につくはずが、乃亜だけワンテンポ遅れた。

 包囲網に「穴」が開く。

 キギッ!

 スマイルが反応した。

 奴は乃亜の遅れを見逃さず、その隙間――包囲の切れ目に向かって突進を開始した。

「させないッ!」

 乃亜は転ぶようにスライディングし、泥水を跳ね上げながら強引に滑り込んだ。

 抜刀。

 下段から「廻(リボルバー)」を突き出す。

 ジュウウウウッ!

 雨粒がレーザー刀身に触れ、激しい蒸気となって爆ぜる。

 スマイルの足元に光の刃が差し込まれる。

 急停止。

 スマイルはつま先で踏みとどまった。

 目の前に光の壁。

 その間に、他の隊員たちが退路を塞ぐ。

 どうにか、包囲は完成した。

「……はぁ、はぁ、危なかった」

 乃亜は泥まみれのまま体勢を立て直す。

 これでいい。逃げ場はない。

 あとは、奴が恐怖して笑うのを待つだけだ。

 ……だが。

(……笑わない?)

 数秒が経過した。

 いつもなら、包囲完成から3秒ほどで、奴は顔を引きつらせるはずだ。

 だが、雨の中に立つスマイルは、微動だにしなかった。

 その能面のような顔は、雨に打たれるまま、ただ虚空を見つめている。

『……C班、状況はどうした? 核の固定信号が来ないぞ』

 標の焦った声。

「わ、分かりません! 包囲は完璧なはずです!」

 先輩隊員が叫ぶ。

 刀身を展開し続けているため、カートリッジの残量は刻一刻と減っていく。

 雨がレーザーに干渉し、出力維持のため余計にエネルギーを食うのだ。

(早く笑えよ……! 弾がなくなる!)

 焦りが伝染する。

 隊員たちがジリジリと間合いを詰める。

 物理的な圧力を強めれば、恐怖するはずだ。

 その時。

 乃亜は見た。

 スマイルの顔が、わずかに動いたのを。

 奴は、包囲している隊員たちの「腰」を見ていた。

 インジケーターの残弾表示を。

(まさか……俺たちの弾が減るのを待っているのか?)

 戦慄が走った。

 恐怖で動けないのではない。

 こちらの消耗を誘っている? 「我慢」している?

 5秒、6秒、7秒。

 長い。永遠のような時間。

 隊員の一人のインジケーターが、黄色(警告)に変わった。

「くそっ、これ以上は待てない! 隊長、お願いします!」

 痺れを切らした先輩が叫んだ。

 核は固定されていない。だが、このままジリ貧で弾切れになるよりは、隊長に強引に斬ってもらうしかない。

 その瞬間だった。

 ニチャァ。

 スマイルが笑った。

 あまりにも唐突に。

 そして、その笑顔はどこか「機械的」だった。

 恐怖の痙攣というより、スイッチを入れたようなパターンの切り替え。

「笑顔確認! 一刀両断! これより手出し無用!」

 C班隊長・灰賀宗一がコンテナの上から飛び降りる。

 乃亜たちは反射的にバックステップで下がる。

 儀式成立。

 スマイルの自爆モード解除。

 ……に見えた。

 だが、宗一が着地し、斬りかかろうとした刹那。

 スマイルは、まだ笑った顔のまま、迎撃行動に移った。

 速い。

 自爆キャンセルの硬直時間(ラグ)がない。

「――ッ!?」

 宗一が目を見開く。

 骨刀の突きが、宗一の心臓めがけて繰り出されていた。

 こちらの攻撃のタイミングと完全に同時。いや、カウンター気味に速い。

 ガギィィィン!!

 宗一は攻撃を中断し、咄嗟に防御に回った。

 凄まじい火花。

 体勢が悪い。雨で足場も悪い。

 宗一が泥に足を滑らせ、体勢を崩す。

「隊長ッ!」

 乃亜が叫ぶ。

 スマイルが追撃の刃を振り上げる。

 手出し無用。だが、このままでは殺される。

 その時、一人の影が動いた。

「させるかぁっ!」

 一番近くにいた先輩隊員だった。

 彼は掟を破り、宗一を庇うように飛び出した。

 ズシュッ。

 鈍い音。

 スマイルの骨刀が、先輩の胴体を深々と貫いていた。

「ガ、ハッ……」

「馬鹿野郎……ッ!!」

 宗一の怒号。

 先輩隊員の身体が盾となり、スマイルの動きが一瞬止まる。

 宗一は泥を蹴って転がりながら、無理やり「廻」を薙ぎ払った。

 下からの逆袈裟。

 スマイルの膝を、レーザーの刃が深々と切り裂いた。

 ガクンッ!

 支えを失った巨体が、大きくバランスを崩して沈む。

 その瞬間だった。

 スマイルの顔に張り付いていた、機械的な「偽りの笑顔」が、醜く歪んだ。

 ギギッ……!?

 想定外のダメージ。

 計算外の痛み。

 そして再生は間に合わない。

「狩る側」から一転、「死ぬ側」に落ちたという事実が、スマイルの進化した理性を吹き飛ばした。

 ビキキキキッ!!

 顔面の亀裂が広がる。

 それは演技ではない。本物の「恐怖」による痙攣だった。

 同時に、胸部で赤く明滅していた光が、キュゥゥンと音を立てて収束し、白く輝く「核」として完全に固定された。

(今だ……! 今こそが、本当の好機!)

 乃亜が息を呑む。

 宗一は止まらない。

 自爆の隙は与えない。

膝を斬った勢いを殺さず、手首を返して二撃目の軌道を描く。

「――死ねぇぇぇッ!」

 強引な横薙ぎ。

 恐怖で硬直したスマイルの胴体を、固定された核ごと両断した。

 ズンッ!

 スマイルが崩れ落ちる。

 勝った。

 だが、それはあまりにも無様で、犠牲の多い勝利だった。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 宗一が泥まみれで起き上がる。

 その足元には、腹を貫かれた先輩隊員が横たわっていた。

 もはや動かない。

『……状況終了』

 標の声は、かつてないほど低かった。

『今のタイミング……完全に「合わせ」に来ていたな。彼が飛び出さなければ、死んでいたのは隊長だ』

 乃亜は、雨に打たれる二つの死体を見つめた。

 一つは炭化した怪物。

 もう一つは、さっきまで言葉を交わしていた仲間。

 あの笑顔の変化。

 余裕の「擬態」から、絶望の「痙攣」へ。

 裏を返せば、足を斬り落とすまで、奴は本気で我々を殺すつもりで冷静だったのだ。

「……罠だ」

 誰かが呟いた。

 儀式は、もう安全なマニュアルではない。

 雨音が強くなる。

 冷たい雨は、隊員たちの熱を奪い、そして確信させていた。

 

 敵は進化した。

 我々の「一刀両断」を利用して、我々を殺す方法を学び始めたのだと。

(第11話 完)

次回予告:第12話『空っぽのシリンダー』

雨の戦闘でリソースを使い果たしたC班。

仲間の死に動揺する暇もなく、撤退しようとする彼らの前に、増援のスマイルが現れる。

弾がない。体力もない。

宗一の刀身が、エネルギー切れでフッと消滅する。

「貸せ、乃亜!」

命のバトンを渡すべきか、自分の身を守るべきか。

父と子に、極限の選択が迫る。

次回、一刀両断 第12話『空っぽのシリンダー』

「お前の命(カートリッジ)、俺によこせ」

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