第16話 刃なき殺意
その日の戦場は、轟音と嬌声に包まれていた。
場所は、放棄された遊園地跡。錆びついた観覧車が見下ろす広場で、C班(灰賀流)は呆然と立ち尽くしていた。
「……なんだ、あれは」
灰賀乃亜の目の前で繰り広げられていたのは、「儀式」とは呼べない代物だった。
「ヒャハハハハ! 踊れ踊れぇ! ステップが遅いぞ、のっぺらぼう!」
赤い陣羽織を翻し、戦場を独楽のように回転する少女。
E班隊長・**緋月 凛**だ。
彼女の武器は、二丁拳銃のように両手に持った二振りの「廻」。
緋月流・双式「鎖月」。
彼女は包囲などしていなかった。
単身でスマイルの懐に飛び込み、二本のレーザー刀身を暴風雨のように叩きつけている。
ギャギギギギッ!
スマイルの骨刀が悲鳴を上げる。
防御? 回避? そんなものはない。
凛は被弾を恐れず、敵が一本振るう間に三本斬り返す。
「攻撃こそ最大の防御」を地で行く狂戦士スタイル。
「おいおい、味方の射線を塞ぐなっての!」
乃亜が慌ててカバーに入ろうとするが、凛の動きがデタラメすぎて近づけない。
『手出し無用だ、C班』
インカムに、ノイズ混じりの気だるげな声が入る。
E班軍師・**墨須**だ。
『ウチのお姫様は、興奮すると周りが見えなくなる。巻き込まれたくなかったら下がってな』
「でも、あんな無茶な撃ち合いじゃ、弾が……!」
乃亜の懸念通りだった。
凛の「廻」は、二刀流である分、エネルギー消費も倍だ。しかも、あんな乱暴な鍔迫り合いを続けていれば――。
プンッ。
唐突に、凛の右手にある刀身が消滅した。
弾切れ。
続いて左手の刀身も、点滅を始めて消えた。
完全なるガス欠。
スマイルの目の前で、彼女はただの「柄」を握りしめた無防備な少女になった。
「――っ!」
スマイルが反応する。
敵の武装消失。脅威度低下。
思考回路が即座に「攻撃」を選択し、鋭利な骨刀を凛の首へと突き出した。
死ぬ。
誰もがそう思った。
だが、凛は退かなかった。
逃げるどころか、空っぽの柄を握りしめたまま、さらに一歩踏み込んだのだ。
「足りねえよなぁ!? まだ踊り足りねえよなぁッ!!」
彼女は叫びながら、レーザーのない柄を、スマイルの顔面にフルスイングした。
ブンッ!
ダメージはゼロ。自殺行為だ。
――しかし。
ピタリ。
スマイルの突きが、凛の眼球ギリギリで止まった。
「……え?」
乃亜は我が目を疑った。
なぜ止まった? 殺せたはずだ。
スマイルは困惑していた。
奴の種としての記憶は、これまでの戦闘データから「人間は武器を失うと逃げる」と学習している。
だが、目の前の人間は逃げない。
それどころか、ダメージのない攻撃を、殺意全開で繰り出してくる。
――罠か?
――見えない刃があるのか?
――これは「死」への誘いか?
未知の行動パターンに対する、演算の遅延。
論理的な生物ゆえに、非論理的な「狂気」を理解できず、思考停止を起こしたのだ。
その隙に、凛の顔が鬼のように歪んだ。
「アハッ! ビビったな? 計算できねえか?
弾がなくたってなぁ……テメェを殺す『殺意』は満タンなんだよォッ!!」
その凄まじい気迫に圧され、スマイルの顔が引きつった。
ニチャァ……。
恐怖。核の固定。
「墨須ッ! やれェ!」
凛が叫ぶと同時に、後方の瓦礫からE班の隊員が飛び出した。
彼らは凛の背中越しに、躊躇なく発砲(抜刀突撃)した。
ズドォォン!
隊長の身体ごと貫くような射線。
だが、凛は笑いながら宙を舞い回避し、背後のスマイルの核だけが見事に貫かれた。
爆散。
黒い灰が舞う中、凛は空になったシリンダーをカチャカチャと鳴らし、恍惚の表情で立ち尽くしていた。
「……イカれてる」
乃亜は戦慄した。
彼女は、自分の命すらチップにして、敵の思考をバグらせたのだ。
「一刀両断」の儀式すら必要ない。
狂気だけで、システムをねじ伏せた。
『見たか、C班』
墨須の声が響く。
『奴らは賢くなった。だからこそ、「馬鹿」には弱い。
合理性を超えた特攻。予測不能の自殺行動。
これからの戦争に必要なのは、教科書通りの戦術じゃねえ。「死んでも殺す」という狂気だ』
凛が乃亜の方を振り向いた。
返り血(実際には灰だが)を浴びたその笑顔は、スマイルよりも遥かに禍々しく、そして美しかった。
「おい、そこの再生屋ァ!」
凛が乃亜を指差す。
「お前、なかなかイイ身体してんじゃん。
今度、アタシの盾になりなよ。……最高に楽しいダンス、踊らせてやるからさ」
乃亜は背筋が凍るのを感じた。
J班の祝部もそうだが、この組織には、スマイル以上に「話が通じない」人間が多すぎる。
だが、否定はできなかった。
今の狂った特攻がなければ、あのスマイルは倒せなかったかもしれない。
理性が通用しない相手には、狂気で対抗するしかないのか。
「……遠慮しときます。俺は、俺のやり方で踊りますよ」
乃亜は震える足で立ち上がり、そう返すのが精一杯だった。
遊園地の錆びたスピーカーから、壊れたメロディが流れている。
それはまるで、狂い始めたこの世界への鎮魂歌のようだった。
(第16話 完)
次回予告:第17話『絶望』
狂気でしか勝てない現実を突きつけられた直後、さらなる絶望が訪れる。
ある日、乃亜の目の前で、一般市民がスマイルに襲われる。
「助けて!」という声。
残酷な真実。
刀で斬ることしかできない。
襲われている人を「抱きかかえて守る」ことも、「突き飛ばして助ける」こともできなかった。
次回、一刀両断 第17話『絶望』
「守れない……斬る以外、俺たちには何もできないのか」




