第9話 反逆のバグ
爆音が轟いていた。
場所は、廃棄されたスタジアムの建設予定地。むき出しの鉄骨と重機が乱立する、足場の悪いフィールドだ。
「おいおいおい! なんだそのツラは! ビビってんのか、のっぺらぼう!」
戦場に似つかわしくない、下品な罵声が響き渡る。
灰賀乃亜は、鉄骨の影で目を丸くしていた。
今日の合同任務の相手、I班――逆廻流。彼らは明らかに異常だった。
羽織の前をはだけ、袴の裾をまくり上げた着崩しスタイル。
そして何より、彼らは「包囲」をしていなかった。
ただ、走り回っていた。
「へーイ! こっちだこっちだ! 捕まえてみろよ、バグ野郎!」
隊長の**逆廻 迅**が、スマイルの鼻先(鼻はないが)で挑発的なステップを踏む。
彼の手に握られているのは、通常の「廻」ではない。
柄が極端に短く、リボルバーのシリンダーを無理やり二つ連結させたような、歪な改造武器。
――カスタム・リボルバー『逆理』。
スマイルが骨刀を振るう。
だが、迅はそれを「紙一重」で避けない。
わざと転んだフリをして、地面を転がって避ける。あるいは、鉄骨にぶら下がって変なポーズで回避する。
動きに「型」がない。予測不能なランダム挙動。
スマイルの動きが止まった。
首を傾げている。
達人の剣術データを持つスマイルにとって、迅の動きは「剣理」から外れすぎていて、次の動作が予測できないのだ。
「な、何やってるんですかあの人たち! 早く包囲しないと!」
乃亜が焦って叫ぶと、インカムから気だるげな声が割り込んできた。
I班の軍師・**白洲 透馬**だ。
『うるせえな、優等生。黙って見てろよ。今「ハック」してる最中だ』
「ハック……?」
『あいつらの戦闘ロジックは優秀だ。教科書通りの動きには完璧に対応する。
だがな、入力データが「ゴミ(カオス)」すぎると、処理落ちするんだよ』
フィールドでは、迅がスマイルに向かって、拾った空き缶を投げつけていた。
スマイルに物理攻撃は無効。
だがスマイルは「飛んできた物体」に反応してしまい、一瞬ビクッとした。
「へへッ、ビビったか? お前のデータベースに『空き缶攻撃』はねえだろ!」
迅はゲラゲラと笑いながら、『逆理』の撃鉄を起こした。
ギャリギャリギャリギャリ……!!
不快な駆動音。
形成されたレーザー刃は、青白く美しい光ではない。
リミッターを解除されたエネルギーが暴走し、チェーンソーの刃のように激しく波打ち、バチバチと火花を散らす「鋸刃」だった。
構えすら取らない。
ただ、騒音と火花を撒き散らしながら近づいてくる。
スマイルが混乱する。
斬るべきか? 待つべきか? こいつは戦士なのか? ただのバグか?
論理矛盾。
思考回路のオーバーヒート。
ビキ、ビキキッ……。
スマイルの能面に、ノイズのような亀裂が走った。
それは「恐怖」による笑顔ではない。
処理しきれない矛盾を強制排気するための、システムエラーとしての「痙攣」だ。
ニチャァ……?
歪んだ、ひきつった笑顔が固定される。
核が露出した。
「――バグったな。今だ!」
白洲の号令。
だが、迅は「儀式」の宣言をしなかった。
隊員を下がらせることもしない。
「一刀両断? 知るかよそんなもん! 全員でタコ殴りだオラァッ!」
迅が叫ぶと同時に、隠れていたI班の隊員たちが一斉に飛び出した。
一対一の決闘? しない。
彼らは四方八方から、めちゃくちゃなタイミングで斬りかかった。
本来なら、集団攻撃を察知したスマイルは自爆するはずだ。
だが、迅が派手な動きでヘイト(敵視)を自分に固定し続けていたため、スマイルの思考回路は周囲の雑魚(部下たち)を「背景ノイズ」として無視してしまった。
致命的な認識エラー。
「逆廻流奥義――『強制終了』!」
迅が、ありえない体勢から『逆理』を振るった。
背中越しに、脇の下から刀身を通す、曲芸のような一撃。
ギザギザに波打つレーザー刃が、スマイルの核に食い込む。
「斬る」のではない。「削り取る」破壊音。
ギャギャギャギャギィン!!
ドゴォォォォン!!
スマイルが爆散する。
その爆風の中で、迅たちはハイタッチをして騒いでいた。
「よっしゃ! 今日もバグらせて勝ったぜ!」
「隊長、今の空き缶ムーブ、最高にウザかったっす!」
……酷い光景だった。
A班のような美しさも、C班のような悲壮感もない。
ただのチンピラの喧嘩だ。
だが、乃亜は震える手でそれを記録していた。
勝ったのだ。
誰も死なずに。ルールを無視して。
「……おい、そこのC班」
迅が、まだ煙を上げている『逆理』を肩に担いで乃亜に近づいてきた。
近くで見ると、その目つきは鋭く、決してただの馬鹿ではないことが分かる。
「お前ら、真面目すぎんだよ。『儀式』だの『誇り』だの、そんなもん綺麗事だ。
相手はプログラムだぞ? バグらせて、裏かいて、泥水飲ませて勝ちゃいいんだよ」
迅はニカっと笑った。その笑顔は、スマイルのそれよりもよほど人間臭く、生命力に溢れていた。
「世界がクソゲーなら、チート使ってでも生き残れ。……それが『逆廻流』だ」
そう言って、彼らは騒がしく去っていった。
残された乃亜の胸に、モヤモヤとした、しかし熱いものが残った。
儀式は絶対ではない。
ルールを守ることが目的ではない。
目的は「生き残る」こと。
そのためなら、品性も誇りも捨てて、バグのように振る舞う強さもあるのだ。
「……チート、か」
乃亜は自分の「再生能力」を思った。
あれもまた、人間としてのルールを逸脱したチートなのかもしれない。
なら、使えるものは何でも使ってやる。
乃亜の瞳に、少しだけ野蛮な光が宿り始めていた。
(第9話 完)
次回予告:第10話『シミュレーション・エラー』
物語は不穏な展開へ。
軍師・標のシミュレーションルームで、ある「異常数値」が検出される。
これまでの戦闘データに混じる、不可解なノイズ。
それは、スマイルたちが「学習」を終え、次なる進化へ移行しようとしている予兆だった。
「計算が合わない。……奴ら、わざと負けてデータを取っていたのか?」
次回、一刀両断 第10話『シミュレーション・エラー』
「エラーを吐いているのは、奴らか? それとも我々か?」




