ぐらぐら②
間借りしたままとなった部屋には、俺達の他にユーゴが加わった。机を挟み、書類を持った彼と対面する。
「それでは、こちらで分かったことを順を追って話していきますね」
「ああ、よろしく頼む」
ユーゴは頷き手元の紙に視線を落とした。顔には深い疲労が浮かび、髪も乱れている。慌ただしく動き続けているため、整える余裕もないんだ。この平和だと思っていた町に、あんな事件が起こった直後。精神的にも、肉体的にも辛いのだろう。皆、思いは同じなのだ。
「まず被害者、チェリアの発見時についてです」
ユーゴは書面を見ながら続ける。
「彼女が発見されたのは中央通りにある時計台前。時間は朝四時半、通りに面するパン屋の店主が店に入ろうとしたところ、彼女を発見しました」
それなら俺がリーナから連絡を受けたのは一五分後と言うことになる。通信魔具が復旧していたことにより、迅速に連絡を受けられたが、もしそうでなかったら。俺は事件を知らぬまま、何食わぬ顔で誰も居ない警察署に戻っていたかもしれない。いや、町が騒がしいのだから気が付くはずだ。けれども。
過ぎたことに対する可能性の話が頭を巡り、勝手に胸を軋ませる。集中しなければ。俺は逃げずに問う。
「彼女の昨晩の行動は?」
「えっと、チェリアが務めていた薬局は一九時に締まり、彼女は二十時に退勤した記録があります。その後、自宅には戻っていないそうです。家族がそう証言しています」
家族、その言葉が突き刺さる。当たり前だ。チェリアもコンカーレで生まれ、育ち、それなら当然家族がいる。友人もいて、仕事仲間もいて、患者もいて。そうして日々が回っていたんだ。
「チェリアが日付を跨いで帰宅する日は頻繁にあり、夜間対応もあったため、家族は特に不審に思わなかったそうです。だから、帰りを待たず就眠していたと……」
仕事を大切にしている娘を信頼しているからこその行動。それなのに、次に見たのは物言わぬ姿。多分、時計台の彼女の前で激しく慟哭していた人物が両親なのだろう。俺よりももっと長い時間を過ごしてきた彼らの方が悲しみは深いはずだ。それが、俺のせいで。
駄目だ、この場に必要のない考えばかりが浮かび続ける。
「二十時半過ぎかしら、チェリアがここに来たのは」
リーナの視線が一度俺に向かう。俺は表情を変えないよう机の下で拳を握り締める。今更気遣いなど要らない。この結果、この現実。それが全てだ。
「……殺害されたのは、間違いなくその後ね」
言いながらリーナの顔に深い影が落ちた。送っていけばと、そう言って泣き崩れていた姿を思い出す。その感情をずっと引き摺っているんだ。
リーナの話を聞き、ユーゴが顔を歪めながら口を開く。
「はい、そうですね。ここから家までの間に彼女のものと見られる血液などが見つかっています。そこで殺害されて、広場に……」
言いながらユーゴの顔が青くなっていく。言葉が完全に止まり、口元を抑えた。話していく内にチェリアが見つかった時の状態を思い出してしまったのだろう。徹底的に弄ばれた、彼女の最後の姿を。
「すいません、俺、こんな……」
声を詰まらせながらユーゴは言う。血の気の引いた顔、瞳は行き場を失い床と手元を彷徨っていた。
「無理に話そうとしなくて良い。とりあえず座れ」
ユーゴは頷き、近くにあった椅子に倒れるように座り込む。深い息を吐きながら頭を抱え込んだ。指先は白く、小さく震えている。
「この町の人にとって、今は警察が頼り、なのに。でも、それなのに……正直、怖いです」
ユーゴだって辛い。恐怖もある。平和だと信じていた自分の町で、これ程残酷な事件が起きたのだ。それでも彼は警察官として崩れる訳にはいかない。コンカーレを守る機関としての責任を抱え、必死に立っていたんだ。
「大丈夫だ、この先は俺達がなんとかする」
項垂れるユーゴに声をかける。
「お陰で状況は分かった。助かったよ、ありがとな」
「……スヴェンさんのお役に立てて嬉しいです」
彼は僅かに顔を上げ、薄い笑みを浮かべた。事件を解決したい、という思いは同じ。ここから先のまとめは、俺が引き継いでいく。
「次は現場に残されたもの。チェリアの所持品と犯人からの言葉だ」
「確か、次はお前が来い……って言葉と名前よね」
リーナの言葉に頷く。チェリアの所持品にあったメモ帳。そこから用紙を奪い、俺宛にメッセージを書き残した。とてつもなく雑で、稚拙な文字で、俺を名指しして。思い出すだけで煮え滾るような怒りが湧き上がる。飲み込み、前を向いた。
「多分、というかおそらく……いや、犯人はニギギだと断定しているが、一応確認しておきたい」
五指を開いた状態で掲げる。
「ニギギがコンカーレの近くに居ることを知っている者は俺達を除いて四人。ユーゴとあの二人組、それとハンネスだけだ」
指を折りつつ数えていく。薬指を閉じたところでネルが首を傾げた。
「改めて名前を挙げるのは、誰かがニギギの名前を使ってチェリアさんを殺した可能性があるって言いたいんですか?」
「ああ、捜査をする以上、疑いがあるなら潰しておきたい」
言い終えると、皆の目がユーゴへと向かう。無言の間と視線に気が付いたのか、ユーゴは弾かれたように顔を上げた。
「えっと、証拠にならないと思いますが……自分は昨晩、その、恋人と過ごしていました。必要ならこの場で身体検査にも応じますし、自宅も捜査して構いません」
「いや、大丈夫だ」
これ以上追求されないと分かり、ユーゴは安堵の息をつく。正直、これは無駄な時間だ。だが、疑いを一つ一つ潰しておかなければ、重要な何かを取りこぼしそうで落ち着かない。
フリットとコルネリア。二人が追っているのはあの魔具だけ。この町に滞在しているだけで、チェリアと面識はなく、彼女を殺す理由はない。
俺達に対しては、まぁ、一度やり合ったがあれは魔具に近付こうとしたため。その時も強い殺意は感じなかった。あの二人の目的も正体も分からない以上、碌に聞き取りもせず除外するべきではないだろうが。ハンネスについては後で自宅を訪ねれば良い。
ようやく全身に血が巡り、思考が回り始めた感覚。それが正常な状態なのに、何となく不快感を抱く。考えている最中、リーナが俺に「ねぇ」と声をかけた。
「お前が来いってことは、ニギギはどこかで待っているってことよね?」
「そういうことになるな」
再び胸の奥が軋む。無理矢理感情を抑えた声は、思った以上に低く放たれた。
「場所の予測ならできてる」
それは深く考えずとも、真っ先に思い浮かんだ。まどろっこしい説明は省き、結論だけ伝えると、間髪を容れずネルが立ち上がる。
「なら今すぐ討ちに行きましょうよ!」
「まだだ」
視線、表情は固定したまま彼女の行動を止める。
「まだ、違和感がある」
「なんですか、それ」
ネルは唇を尖らせたまま、明らかに不服な表情を浮かべながらも着席する。今は俺の言うことを聞いてくれているようだ。理由は伝えておいた方が良いだろう。
「ニギギと魔具、全部、噛み合わない」
自分の中で確認するように呟いた。ニギギは魔具を守るように動いていない。そして、この町に対して俺への報復以外行っていない。本来の目的が見えていないのだ。わざわざ、俺を煽る行為を優先したように思える。
だからこそ、一向に答えが見えない。噛み合うようで軋みを上げるこの事件に、ただ気持ち悪さだけが残る。
「悪いけど、もう少し俺の確認に付き合ってくれ」
溜息をつきながら席を立つ。
「とりあえず、ハンネスの所に行こう」




