ふらふら⑫
ニギギの居場所を掴むための情報収集。もとい、聞き取りは二手に分かれて行うこととなった。
全員でまとまって行動するのはあまりにも効率が悪い。かと言って個々で行うには、ネルやシモンなどの不安要素が強すぎる。
考えた結果、俺とシモン、リーナとネルという組み分けに落ち着いた。普段行う仕事は人里離れた辺境での取り締まり。こういった聞き込みをするのは本当に久しぶりだ。まあ、向こうのリーナもやってくれるだろう。
ニギギの格好はかなり目立つ。順に話を聞いていけば何らかの情報は得られると、そう思っていた。
「進展はなし、か」
シモンが呟いた。日差しから逃げ込み、建物の影で休憩を取った矢先の発言だった。色々言いたいことはある。けれども喉の奥に詰まらせたまま、アイスコーヒーと共に飲み込んだ。透明の使い捨てカップの中で黒い液体が揺れ、氷同士が衝突し涼しい音を立てていた。
元々俺の返答の有無は気にしていないのだろう。シモンもカップを傾けコーヒーを飲む。こいつのはミルク多め、シロップ入りのもの。なんでも食うように見えて苦いものは苦手らしい。年相応のガキらしいところは嫌いではない。
「これだけ話しかけて得られた情報は無しとはな」
シモンはさらに耳の痛くなるような一言を追加した。黙ってもう一口コーヒーを含む。涼やかな苦みが喉を通過し、暖気に熱せられた体温を冷やしていく。どうせなら膨張しかけた思考も一緒に宥めてくれればいいのに。
日陰から見上げる空は憎たらしいほど青く澄み、その下で刃のような日差しを向けていた。乾いた光が地面を焼き、遠くの景色を僅かに揺らす。
メーラディア地方は寒冷地と言っても夏は来る。日中は暑く、鋭い熱気が容赦なく肌を焼く。袖を捲り上げ、シャツのボタンを緩めたところで少し体感温度が変わるだけ。動き回ったことで流れ出た汗が頬と背中を伝い不快感を与えていた。半分ほど飲み、ようやく喋る気力が戻ってくる。
「んなこと言うならお前も協力しろ」
聞き込みを行うのは殆ど、と言うか全部俺。シモンはと言うとその後ろで立っているだけだった。それなのにその言い草。さらに俺を一瞥して鼻で笑う。
「俺に出来ると思うか?」
口調は無駄に偉そうだった。甘いコーヒーを飲みながら、自分は聞き込みすら出来ないと自己申告しているだけのくせに。
「良いように使いやがって」
不満を零すと、シモンは喉の奥で笑った。
「お前を信頼し、預けているということだ」
「はいはい、ありがとよ」
喜んで良いのか悪いのか。物は言いようだった。シモンにとって今の俺は、良い感じの戦いの場を用意する便利な男という扱いだろうに。
それにしても、全く情報が得られないとは思ってもいなかった。ニギギがここらで活動しているなら、少しくらい何らかの目撃情報があっても良いはずだ。そこまで慎重に隠密行動をしているということか?
なら、マナに異常をもたらすという、あれ程分かりやすい行動を取るだろうか。シモンが言うにはあれからマナの流れは変わっていないらしいし、ますます意図が掴めない。
考えていると、建物の影に別の影が重なった。隣でシモンの視線が僅かに鋭くなる。顔を上げ、その姿が目に入ると自然に眉が寄った。
「まだ居たのかよ、不法滞在者」
悪態をついた先、目の前には昨日の二人組がいた。俺の声掛けが気に食わないのか、フリットは顔を顰め美貌を歪める。言動から考えて、正式に入国手続きをしているかも怪しいのだから当然の呼び名だろう。
「誰のせいでここに滞在していると思ってるんだ」
睨まれるが、発言の意味が分からないため丸々流す。しかし、口調は冷たいが敵意は殆ど感じられない。心なしか、話し方も昨日より柔らかくなっている気がした。意外にも人見知りか?
フリットの後ろではコルネリアが機嫌の良い笑みを浮かべながら手を振っていた。相変わらず悪寒を感じる程の秀麗な容姿。俺も小さく手を振り返す。
「で、なんの用だ? わざわざ挨拶しにきてくれたのか?」
「そんなわけないだろ」
間髪入れず返される。使用魔法のように冷たい男だ。
不意に女性の声が耳に入った。方向は隣のカフェテリアのテラス席から。吐息交じりの、声量を抑えた話し声だった。二人の女性、その片方が耳打ちし、もう一人が振り返る。四つの瞳が向かうのはフリットの顔面。当然彼も、二人の動作に気が付いた。
フリットと彼女等の視線が合う。俺達には高圧的で刺々しい態度を見せていた彼。だから、遠慮のない視線を浴びれば、即座に睨み返すと思っていた。が、その反応は意外な程大人しかった。青色の瞳が柔らかく細まり、口にも笑みの形が作られる。
穏やかな笑みを向けられただけで、彼女達は目に見えて動揺していた。揃って頬を赤らめ、何か言う間もなく慌てたように顔を前に戻す。美青年の微笑みはだいぶ効くらしい。
この態度の違いに呆れている内に、フリットの表情は元の不愛想なものへと戻っていた。先程の穏やかさが嘘のように、嫌々俺達と向き合っている。成程、万人にこの態度なのではなく、俺達のみにらしい。尚酷いわ。
「と言うか、昨日は俺達と話すことはないって自分からどっか行っただろ」
指摘に対し、フリットは無言で目を泳がせた。気まずさを隠すように、手が握り締められるのを見る。こいつ、険のある態度を取るくせに反応は素直で面白い。多分かなり真面目な人柄ではあるのだろう。
「話すことはないが、聞きたいことはある」
「一緒だろ」
言い返したところで睨まれる。怖っ。
「言っとくけど、魔具のことは分かんねーし、今の所近付く気もねーぞ」
「そのことはいい」
フリットは意外にもその話題を否定した。では一体何なのか、言葉の続きを待つと彼の表情が不安げに揺れる。顔を逸らし、その先で口を引き結んだ。一呼吸の後、顔を顰めたかと思えばようやくその唇が解かれる。
「その、お前達の同僚で……最近、死んだ奴はいるか?」
何を聞かれると思えば、酷く不器用な質問だった。
「俺達の中に知り合いでもいんのかよ」
「うるさい、いるかいないかで答えれば良い」
「何だそれ」
知ってる奴がいるなら名前くらい出せばいいのに。別の疑問に逸れていると、フリットは急かすような視線を向ける。優位に立てるのは面白いが、回答を渋ればまた怒鳴られそうだ。
「いない。皆しぶとく生き残ってるよ」
一か月以内に大怪我を負って死にかけた奴ならいるが、そいつも今は元気に技能研修終盤へ臨んでいるところだろう。
フリットの口が少しだけ開くも、何も言わないまま閉じた。唇の形は上がっているような、下がっているような、なんとも分かりにくい形で止まる。次に聞こえた言葉は「そうか」の三音だけだった。
そこに複雑な感情が含まれているのは嫌でも分かる。抑揚を落としているのにも関わらず、やけに暖かく、それでいて寂しそうに落とされたのだから。
「それだけだ、ありがとう」
フリットは踵を返し背を向けた先で小さく礼を言う。そのまま速足で去って行った。
「なんだったんだ」
「知らん」
雑踏と陽炎の中に紛れていく背中をただ見送る。結局フリットの意図も質問の意味も分からないまま。何もかも中途半端だ。
カップの中の氷は話している内に殆ど溶けていた。底に沈むコーヒーの上にぼんやりと透明な水の層が重なり手元で僅かに揺れている。やや薄くなった中身を、最後まで喉に流し込んだ。シモンは既に飲み終わっている。手から空きカップを取り、俺のと一緒に捨てておいた。
休憩は十分、余計な出来事はあったがそろそろ聞き込みを再開しよう。
***
「で、情報はなし、と」
夕刻、間借りしたままの部屋で呟いた。声が低くなるのも当然。あれから、驚くほど何も得られなかったのだから。突き合わせた顔は皆重く、疲労が色濃く表れていた。慣れない聞き込みなんてしたせいだ。ネルが項垂れながら小さく唸る。
「あんなに特徴的な格好をしていれば、誰かしら見てる人がいると思ったんですけどね……」
聞き込み中、まさに俺も同じことを考えていた。楽観視していたことを今更になって後悔する。
こうして夕方集まって成果を報告し、情報をまとめる時間を取ったにも関わらず、部屋は沈黙で満たされていた。ここまで成果がないと、逆に笑えてくるくらいだ。
「逆に、おかしな格好の人物について尋ねて回る私達の方が不審者扱いよ」
不満を零すリーナの眉間にも深い皺が刻まれていた。この町のためにと行っているはずなのだが、周りからしたらまた別の姿に見えたらしい。喉の奥で笑うと、鋭い視線が飛んできたので黙る。
「スヴェン達だって何もないじゃない」
「だな」
その指摘は尤も。フリット達が再接触してきたが、聞かれたのはニギギにも仕事にも関係ない意味不明な確認だけ。だからまあ、どうでも良いか。
「ハンネスさんに捜索するって言ったのに、これじゃ期待外れになっちゃいますね……」
ネルが深い溜息と共に肩を落とした。完全に意気消沈している。ハンネスの家で明るく返事をしていた時の勢いは今やどこにもない。
「焦んなって。まだ動き始めて半日程度だろ。進展がないなんて当たり前だよ」
気落ちしすぎないよう、声をかけておく。俺達はこういった捜査の場数が明らかに足りていない。言い訳のようだが、慣れていないのは事実でどうしようもないのだ。
「それに、これは本来の仕事じゃない。術師協会からの支援も事前の情報もない中、善意でやってることだろ。それなのによくやってる方だよ」
「そうですかね……」
声は沈んだままだが、息継ぎが出来る程度には上がってこれたようだ。誰よりも利他的なのがネルの長所。人の役に立ちたいという意思は尊重すべきだが、手が届かないところの線引きはさせないと。渋々頷くネルを見て、思わず口角が上がった。
「まぁ、今日はこんなとこだな。また明日頑張れば良い」
「明日には通信も出来るようになってれば良いんですけどね」
結局話はそれに収束する。今まで何気なく、あって当然のように使っていた魔法。使えなくなってからありがたみに気が付かされる。だが今は、ないものはない。
話も終わったので立ち上がる。
「てことで解散。じゃあな」
俺が椅子を戻すところを、ネルは不思議そうに見ていた。
「スヴェン、どこか行くんですか?」
聞かれ、答えるか一瞬迷う。
「息抜きだよ、息抜き」
間違ったことを言っている訳ではないし、嘘でもない。だが、伝えるとリーナの目が細くなり、ネルも同じような反応を示した。
「別にずっと固まって動く必要なんてねーだろ。そもそも、これは仕事じゃない」
彼女らは反論できず、口を引き結ぶ。眉まで寄せ、不服を露わにするリーナに手を振りながら出口に向かう。
「じゃ、朝には戻ってくるから」
言いながら扉を引いた。溜息が聞こえた気がしたが、どうだって良いので振り返らなかった。
外へと出ると、日は既に沈みかけていた。西の果てに解ける夕焼けは、薄い夜の中へ少しずつ滲んでいく。空が明るさを手放す代わりにそれぞれの家々が明かりを点け、そこから溢れ出した光が緩やかな町の輪郭を描いていた。
淡い光を放つ街灯に揺れは見られない。シモンやハンネスの言う通り、急激なマナの乱れはないようだ。
道に沿って進み、すぐに大通りに合流した。四方から聞こえるのは活気に満ちた音。飲食店から零れる香草や肉の香りに足を止める者に、その横を仕事道具を抱えた男が速足で通り過ぎていく。話し声が聞こえたかと思えば、笑い声に掻き消され、さらに別の靴音が跨いでいく。町は夜の形へと変わる中で、また別の平穏を作っていた。
少し町を歩き、約束の場所に辿り着く。所々亀裂が生じる、年季の入った時計台の下。この町の中心であり、魔物避けが置かれる場所に。
「待った?」
一人、佇む女性に声をかける。彼女は長い茶色の髪を揺らしながら顔を上げた。そして、俺の顔を見て微笑む。
「今来たところ」
互いに歩み寄り、手が触れそうな距離で止まった。彼女の名前はまだ知らない。それはまあ、今晩どこかで聞けばいいか。時間はいくらでもあるのだから。
彼女は笑顔のまま俺の足元に視線を落とし、なぞるように上げていく。
「警察署に泊まってるって聞いたけど何してる人なの? 関係者?」
「近い立場だよ」
普段はくだらない話題ではぐらかすが、あえて濁して伝えた。どうせもうすぐこの町とは離れるんだ。警戒なんてしなくて良いだろう。女性も無防備な表情を返す。
「全然見えないね」
「酷いな」
けれども完全には否定できない。その理由は言わずもがな。彼女は、俺の顔を見ながら笑みを深めた。
「だってお兄さん、遊んでそうだから」
「遊んでそうなのは君もでしょ」
二人で笑い合う。肯定しているも同然だった。
品定めをするような眼差しは俺の正体を怪しんでいたのか、揶揄っていたのか。恐らく後者だったのだろう。この関係に深い詮索など必要ない。
俺達は聞き込みの途中で出会っただけ。ただ体温を借りて、この夜を越えるために。
お互いに一晩だけだと初めから理解している。それが丁度良い。愛なんてなくて、隙間を埋めるだけで良い。それでなければ駄目なんだ。俺は彼女の腰に手を添え行動を促した。
「とりあえず、ご飯でも食べようか」
彼女は俺を見て楽し気な声を零す。さざめきが雑踏に解ける中、俺達は歩き出した。熱く、冷たい夜へと落ちていく。




