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悪い魔法使いを捕まえるお仕事【コミカライズ連載中】  作者: 中谷誠 ▷7/15 コミカライズ1巻発売
五章 黄昏より愛を込めて

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ふらふら⑨

 視界に映ったのは首元で結われた紺色の髪に、切れ長の青い瞳。美しいとされる比率を備えた端正な容姿と長身の体躯。間違いない、先程の青年だ。彼は平然と俺達の隣に着席する。


「お前っ! なんでここに!」


 ネルは怒鳴りつけながら立ち上がり剣の柄に手をかけた。リーナも身を引き、横に立てかけた杖へ手を伸ばす。シモンも横目で青年を確認していた。各々が警戒する中、青年は全く動じない。俺達を見ないままメニューを手に取った。


「座れ。こんな所で騒ぎを起こす気か?」


 冷たく、落ち着き払った声で制す。気が付けば、店内に存在する音は魔具から再生する音楽のみとなっていた。突然放たれた怒号に驚いたのか、皆静まり返り手を止め俺達を注視する。何か耳打ちする者もいた。

 余所者同士、この状況はあまりよろしくない。ネルに視線を向け座るように促すと、彼女は柄から手を離し、渋々元の座席に収まった。青年の横から白金の髪が舞う。


「お邪魔するわね」


 前触れもなく青年と一緒にいた女性も現れ、その向かいに座った。戦闘中でもすぐに見失ってしまった相手だ。音もなく近付かれても今更驚かない。

 しかし、改めて見ると凄い美貌だ。青年の方も顔立ちはかなり整っている。けれども彼女はもっと別、人の形をしていながら、人のものとは思えない美しさを持っていた。瞬きもする、なんなら表情は青年よりも柔らかく豊か。それなのに、どうも神像めいた造形をしている。


 これは、どこかで同じ印象を抱いた事がある。そうだ、二班のヴィオラだ。彼女もとんでもない美貌を持っている。よくよく見れば髪の色も目の色も一緒。同じ出身地なのだろうか。


 長い間観察していたせいか、女性と目が合った。彼女は空気を探るように浅く息を吸った。何か香りを感知したような、そんな動作。そして俺を見て半月状の笑みを浮かべた。

 俺に微笑みかけたのではない。その先の何かに向けて笑っていた。理由は分からない。けれども、美しい女性に笑いかけられるのは悪い気がしないな。じゃなくて、これに気を取られている場合ではない。


「わざわざ何の用だ? まさか今更仲良くしたいって訳じゃねーよな」

「お前たちに聞きそびれたことがあるだけだ」


 青年は短く答えると片手を上げてウェイトレスを呼んだ。コーヒーだけ注文しメニューを閉じる。俺達に敵意がないのは良いことだが、あれだけの戦闘の後。なんだか面白くない。


「聞きたいことがあるなら自分の名前くらい名乗ったらどうだ?」


 言葉を突き返すと鋭い眼差しが飛んでくる。分かりやすく苛立った表情に「怖っ」と声を上げわざとらしく笑ってみせた。彼の視線は更に温度を失っていく。俺の言っていることは間違いではない。礼儀として当たり前のことであり、何より呼ぶ時に不便だ。


「名前くらい名乗っても良いんじゃないかしら? 減るもんじゃないでしょ」


 正面の女性も揶揄うような声を上げると、顔を向ける相手を変え、彼女を睨む。忙しい奴だ。

 青年は腕を組むと黙り込む。しばらくして固く結ばれた口元が解けたかと思えば、吐き出されたのは深い息だった。


「フリット」


 彼は短く言う。誰も見ないまま不貞腐れた表情は、名乗った今でも不本意だと言わんばかりだった。


「フリットか。俺はスヴェンだ」


 とりあえず右手を出してみるも当然のように無視。戦うつもりはないが仲良くしようとも思わないらしい。


「あたしはコルネリアよ、よろしくね」


 そう言って小さく手を振った。もう一方は友好的で良かった、場が冷えすぎずに済む。だが、見れば見るほど得体の知れなさを感じるのはこっちの方。正直、見ているだけで胸の底がざわつき落ち着かない。とりあえず笑顔で返す。


「ヴァナディースに仕える巫女と同じ名前か。良い名前だな」


 名は体を表すとはよく言ったものか。人の均衡から外れた容姿を持つコルネリアに相応しい名前だ。けれども別に珍しい名前じゃない。両親がヴァナディース教徒ならよくある名前だ。実際、良い名前と言った後、彼女は機嫌の良い笑みに変わっていた。


 先にフリットへコーヒーが運ばれて来る。注文の多い俺達は後回しらしい。彼はテーブルに置かれた砂糖瓶の蓋を開け、角砂糖を五つ漆黒の表面に投入する。入れすぎじゃないか?


「で、質問は?」


 一応俺の要望には答えて貰った。何が聞きたいのか促すと、フリットはおそらく激甘となったコーヒーを一口飲み俺を見た。


「お前たちはもう一つの、あれとは別の魔具を壊したと言っていた。どうして壊したのか、その理由を知りたい」


 それは戦闘中につい零れてしまった言葉、フリットを激昂させた一言だった。ここは誤魔化しても仕方ない、正直に話すべきだ。


「指名手配犯と戦闘中、仕方なく。上手く利用させてもらったよ」


 言い方は軽いが内容に間違いはない。近くで一定以上の魔法を使うとマナの照射をもたらす魔具。ニギギという超高位術師を前にあれをぶっ壊すことで形勢逆転を謀った。


「もしかして、動いてるあれを間近で壊したのか?」

「そうだって言ってんだろ。多少気分は悪くなったけどな」


 久々に吐血し行動不能に陥る程のマナ中毒に至ったが強がっておく。一度フリットと争った手前、弱いところは見せたくない。フリットが息を呑む音が聞こえた。


「滅茶苦茶だ……」


 彼は信じがたいものを見た時のように呆然とした顔で、一人ずつの顔を辿っていく。視線は俺を抜け、警戒を続けるリーナとネルへ、そして話題に興味などなく目を閉じたままのシモンに向かった後俺に戻る。


「よく生きてるな」


 驚きの方向性は意外にも俺達が生存していることに対してだった。確かに、あれ程強いマナの掃射は経験したことない。高位のマナ遮断魔法を使っても一部が貫通し、マナ中毒へと至った。通常なら壊した本人は死んでいてもおかしくない。


「しぶといんでね」


 誰が壊したかは言わずに、口の片側を吊り上げる。そこまで手の内を明かす必要はない。シモンだからこそ、マナの照射の影響を受けずに破壊することが出来た。


 魔石なしで魔法が使用できるシモンの体質はいわば魔物に近い。マナの流れを敏感に察知し、一切マナの影響を受けない。つまり、どんなに高濃度のマナに晒されても、どれだけ魔法を使用してもマナ中毒になることはないのだ。つくづく樹海に住まう少数民族、その特異体質には驚かされる。


 青年はしばらく沈黙していた。ようやく動いたかと思えば、手元のカップを持ち上げコーヒーを啜る。その横顔には怒りでも困惑でもなく、どこか諦めたような疲れが浮かんでいた。


「悪意を持って壊したんじゃないならそれでいい」


 悩んだ末吐き出した言葉は、無理矢理自分を納得させるようなものだった。納得はまだできていないようだが、この場で話が拗れないなら何でもいい。


「結局、お前たちの目的は何なんだ?」


 次は俺から問う。伏せた部分もあるが、大方正直に話してやったんだ。こっちにも聞く権利がある。だがフリットは答えない。向かいに座るコルネリアもただ楽しそうににこにこしているだけ。二人とも口を開く様子はなく、完全な無言だった。なら、代わりに俺が喋る。


「俺達は許可を貰って立入禁止区域にいたけど、お前らは明らかに不法侵入」


 反応を見ながら発言を続ける。


「お前らはあの魔具について詳しく知っているらしいが、ここに常駐しているようには見えない。最近、あの魔具目当てにコンカーレ、というかメーラディア地方に来たんだろ?」


 しつこく視線を送っているとフリットはようやくこっちを向いた。氷のような青い瞳は、氷点下の眼差しで俺を見る。


「出身は……そうだな。東部大陸の中の三国、ジルティアかフォリシアかレグリア辺りか」


 国の名前を挙げている最中、僅かに瞳が揺れた瞬間があった。平静を装っているようだが、かなり分かりやすい。


「そんな遠くからこんな国の端までよく来たな」


 揶揄うように口の端を歪めて見せると、フリットの眉間に皺が寄る。口には出さずとも、表情は故郷を言い当てたことを不快だと言うも同然だった。しばらくしてフリットは息を吐く。


「悪いが、目的は明かせない」


 短く告げ、顔をコルネリアに向けた。正面の彼女は表情を変えないまま、ただ面白がるように笑っているだけ。だいたい状況が掴めてくる。なるほど、フリットは多分コルネリアに良いように使われているのか。彼の視線の意図を理解し喉を鳴らす。再び凍える眼差しを俺に向けた。


「確かに俺は許可を得てあの場所に訪れた訳ではない」

「おっ認めんのか。不法侵入者」


 茶化した瞬間、目が鋭くなる。机に置かれた手が握り締められ明らかに怒っている様子。良いぞ、感情が揺れれば揺れるほど、情報が引き出しやすくなる。フリットは咳払いし、話を続ける。


「それに気が付いているのにも関わらず、俺を捕まえようとしないのはお前たちの所属が軍や警察ではないから。何らかの調査員という可能性も考えたがやたら奔放で専門性を感じない」


 そこまで言って何かを見定めるように、一人一人順番に俺達を見ていく。最後のシモンに目を向ける頃には、確信めいたものが顔に浮かんでいた。そして、口を開く。


「つまり、お前たちはただこの地に通りかかっただけの術師協会の人間だろ」


 それが彼が出した結論だった。確かにそう思わせる判断材料はいくつもある。だがそれはかなり限られたもの。そこから自力で近い所まで辿り着いたのは見事だと言わざるを得ない。俺の口は自然と笑みを浮かべた。


「正解」


 言うも、青年の眉が動く。推測が合っていたにも関わらず、全く嬉しそうではなかった。ハンネス同様、魔法関連では絶対の権力を持つ者が近くにいることを恐れているのか。

 考えてからそれは絶対にあり得ないと気が付く。俺達に捕まることを恐れているのなら、こんな面と向かって話そうとなんて思わないはずだ。大方、厄介事か邪魔者扱いだろう。



「術師協会って言っても、私達の所属はグラウスですけどね」


 突如、空気が止まる。それはネルが横から言葉を挟んだほんの一瞬だった。止める間もなく勝手に俺達の身分が明かされ、皆の動きが静止する。動き出したのは、各々がその意味を理解した時だった。何ばらしてんだ馬鹿!


 喉元まで出かけた声を飲み込みネルを見ると、やっと過ちに気が付いたようだ。やらかしたと言わんばかりに片手で開いたままとなった口を覆った後、慌てて両手を合わせていた。隣のリーナは視線を斜め下に向け肩を落としている。

 もう今更のこと。今更のことだから、撤回のしようがない。


「は?」


 遅れてフリットが発した言葉は、その短い一音のみ。表情は呆気に囚われたまま凍て付いている。コルネリアは声を上げて爆笑していた。

 フリットの呆然とした顔が、ふと崩れかけた。視線を落とし、短い沈黙を挟む。再び顔を上げた時、そこには冷えた無表情だけが残されていた。そして、そのまま立ち上がる。


「お前達と話すことはない」


 感情を削ぎ落した声で告げ、背を向けた。流れのまま無機質な靴音を立てながら出口へと向かう。最初、音もなく現れた時とは大違いだ。コルネリアも軽やかな足取りでフリットの後を追う。会計の前でもう一度こちらを見て、最後に手を振りながら去って行った。俺も振り返しておく。


「何だったんだ」


 彼の態度が一変してから去るまで、あまりにも速かった。突然の再接触から別れまで、嵐のような出来事に思わず声が零れる。


 グラウス、その単語が出た瞬間、明らかに態度が変わった。無表情を貫こうとしていたが逆に分かりやすい。あれは滅茶苦茶怒っている。


「グラウスを知ってるってことは、やっぱり碌な人じゃないんじゃない?」


 フリット達が去っていた方向、出口を眺めながらリーナが呟いた。術師協会と言えば誰もが知っているが、こっちの組織はまだそこまで知られていない。たまに新聞に載るような事件を解決した際、おまけのように書かれる程度だ。

 だからグラウスの名を警戒するような奴は、犯罪者、特に組織的に動く者達が殆ど。だから、リーナの考えもあながち間違ってはいない。


「かもな」


 短く返すとネルの表情が沈んだ。


「すいません、私が名前を出してしまったせいで……」

「気にすんなって。どうせあいつはあれ以上情報を渡す気はなかっただろうし」


 俺達が一方的に身分を明かす形になってしまったが、それくらいなら問題ない。別にやましいことではないのだから。表裏がなく、直線的なのはネルの長所。彼女も良かれと思って情報を足してしまったのだ。一応言葉を添えておく。


「それに犯罪者なら名前を聞いて焦ることはあってもあんなキレ方はしないだろ」

「それもそうね」


 リーナはこれまでの言動を思い返し、納得している様子だった。睨まれることはあっても、彼は冷静に会話を続けていた。つまり、


「どっかで執行部と関わって散々な目に遭ったり、とかだろうな」


 それ程まで感情を揺さぶられるきっかけとなった出来事は気になるが、この場では必要のない情報か。


「とりあえず、こっちが刺激しない限りあの二人はもうどうでも良いだろ」


 出した結論は放置。お互い干渉しなければ害はない。それが分かれば十分だ。


「問題はニギギと魔具ね」

「ニギギを捕まえて全部吐かせるのが手っ取り早いんでしょうけど、どこにいるか分かりませんからね」


 リーナ、ネルはそれだけ言って共に口を噤む。周囲の音は変わりなく続き、町も昨日の異常などなかったかのように動き続けている。今、何かが起こっている気配は微塵もない。シモンは相変わらず我関せずと言わんばかりの態度。


 会話が途切れたところで、背後から食器の触れ合う音が近付いてきた。ようやく料理が運ばれてきたらしい。木の卓に皿が置かれる度に、軽く小さな音が鳴る。湯気と共に香ばしい肉と香草の匂いが広がり、重くなりかけた沈黙を散らしていった。


「明日、何か分かると良いな」


 日常の匂いの前で俺は願望を口にする。進展がないのはやはり退屈だ。何より、望んだ成果は得られず、未来にもその保証がない中で、また一人の夜を過ごさなければならないのが何より嫌だった。今から日が落ちた後を考え、やや憂鬱になる。


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