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悪い魔法使いを捕まえるお仕事【コミカライズ連載中】  作者: 中谷誠 ▷7/15 コミカライズ1巻発売
五章 黄昏より愛を込めて

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ふらふら⑧

「やっと座れますね」


 席に着くなりネルは息をつく。あれから森を引き返し、ハンネスを家に送り届けた時にはもう夕方間近。空腹と疲労が重なり、どうしようもなくなった俺達は近くの飲食店へ迷わず足を踏み入れた。


 座ると一気に疲れが解けていく。身体の芯から椅子に沈み込むような感覚に、手を伸ばすのさえ億劫になる。だが水分くらいは摂った方が良い。運ばれてきた水を取り無理矢理流し込む。


 半分くらい飲みグラスを置いた。落ち着いたところでようやく周囲を見る余裕が出てくる。暖色の照明が広がる店内には、木で揃えられたテーブルと椅子が静かに並んでいた。使い込まれた木目が柔らかな印象を与え、緩やかな雰囲気を作り出している。

 音楽の再生用魔具から零れるピアノの旋律も良く合っている。ただ、夕食にはまだ中途半端な時間のため客の入りは疎ら。疲れが溜まった体には、これくらいの静けさが丁度良い。



 リーナが席に用意されたメニュー表を皆に配っていた。礼を言いながら受け取り中を見る。中身は当たり障りのないイスベルクでは定番の料理ばかり。とにかくパスタの種類が多い。観光客向けの店ではないし、こんなものだろう。

 食欲はあまりない。選ぶのも面倒なので一番最初に目に入ったもので良いか。リーナもすぐに決まったようだ。シモンも既にメニュー表を閉じている。こいつは多分端から食う気だな。手持ちは十分ある、けど、大丈夫だよな? 最後にネルを見るが、彼女はまだ悩んでいるようだった。


「お待たせしてすいません」


 言いながら目は表を凝視している。瞳が右で止まったかと思えば、眉を寄せた後左へ移る。彼女が色々目移りしている間に水を飲み干すが、まだ決めかねていた。


「なにで悩んでんだ?」


 真剣な眼差しで紙と向き合うネルに声をかけると、彼女は目を細める。


「羊肉のパスタにしようかと思っているんですけど、このチーズ入りのライスコロッケも美味しそうで。でもそれじゃちょっと量が多い気がするんですよね……」


 その二つを交互に指さして再び悩む。ネルは前衛だが食べる量は一般的。シモンのように食べたいもの全て、とはいかないのだろう。


「じゃあ最初に言ったやつ頼めよ。そしたら俺がもう片方の頼んで、半分やるから」

「えっ良いんですか?」


 助け船を出すと、声が跳ね上がる。嬉しそうに口元に笑みを浮かべた後、首を傾げた。


「でもそれじゃスヴェンが食べる量、かなり少なくなっちゃいますよ」

「別にいいよ。今そんなに食いてぇわけじゃねーし」


 様々な疲れから、腹は減っているが、そこまで食べられる気はしない。多分半分くらいが丁度良い量か。理由を言うと、ネルが怪訝な顔となる。


「えぇ、大丈夫ですか? それ」


 体調を心配されたところでこの話は終了。近くにいたウェイトレスを呼び、各々が注文を告げていく。シモンの番で、接客の笑顔に少しずつ亀裂が入っていくのを見て申し訳なく思う。金の心配よりテーブルに乗るのかが不安になってきた。

 言い終えウェイトレスが厨房へと去った後、リーナが静かに息をつく。


「ハンネスさん、魔具について何か知っているようね」


 今は休憩中という扱いになるが、出るのはやはり仕事の話。嫌だがそこは仕方ない。


「だな。こっちは見当もつかなかったから助かるよ」


 軽く返すも、彼女は視線を下げたままだった。もっと別の、更に向こう側を思考しているらしい。


「何にせよ回答は明日って言われただろ。それまで時間は十分あるんだから力抜けって」

「まあ……そうだけど……」


 今俺達に出来ることはない。昨日からの連戦で疲労もある。なら、有事に備えて疲れを取るのが優先だ。


「通信魔具も相変わらず使えませんね」


 ネルは言いながら腕の簡易通信魔具を指先で突いた。起動はするがそれ以上画面は進まない。こうなればただの重りだ。


「どうします? この町から少し離れて連絡を取る、と言う手段もありますが」

「それだけど、」


 次を話すまでに少し間が空いた。それは俺も考えていたこと。けれども、それに踏み出せない理由がある。


「あまりこの町から離れたくねぇんだよな」


 俺の回答にネルは意外そうな顔をした。


「あんなに帰りたがってたのに? 大丈夫ですか」


 疑われているのではない。ただ純粋に心配されているのだと分かる口調だった。その気遣いはありがたいが、別に疲れでおかしくなっているわけではない。


「ハンネスが心配する通り、この町の周囲にニギギがいる可能性がある」


 彼が取り乱す理由も何となく理解出来てきた。よくよく考えれば、コンカーレの警察は立入禁止区域の魔物に立ち向かうことでさえ厳しく、アーティファクト所有者を相手にするなどもっての外。対抗手段がないと分かれば、次に抱くものは恐怖心だろう。俺達はニギギと渡り合える力があるからこそ、軽く考えてしまっていたようだ。俺は言葉を続ける。


「俺達を襲撃するのは良い。でも、この町を直接襲わないとは限らない」


 はっきり言ってニギギは異常者だ。彼が関わったとされる事件はどれも血生臭く、凄惨な現場であったと術師協会の記録に示されていた。対象が一人であろうが容赦なく関わった大多数を殺し、周囲諸共破壊する。絶対にすれ違いたくない、いや、近くに寄るのも嫌な人物だ。けれども、ニギギは俺に言葉を残した。


「名前を覚えられた俺は、間違いなく襲撃対象に含まれてんだろうな」

「なら私達がここから離れた方が良いんじゃないかしら?」


 リーナが首を傾げた。当然それは考えている。しかし、


「そもそもニギギがあそこにいた理由がはっきりしない。目的がこの町かその周囲だったら俺達がいなくなることでこの町は対抗する術を失う。なら、俺達はここに居た方が良いだろ」


 それが離れたくない理由だった。リーナがようやく納得する。


「じゃあ結局、しばらく帰らないのね」

「そういうこと」


 本当に不本意だが、あの時取り逃がしてしまった責任として、最低限の後始末はしなければならない。そこまで言って椅子の背に体重を預けた。背中が硬い縁に当たりやや痛む。


「まあ、遠距離通信さえできればなんとでもなる。なんならその場で技術部につなぐこともできるしな」


 一先ずの目標は、結局その話に戻ってしまう。この場で話し合っても答えは出ない、時間が解決する問題に。まあ、動き回る必要がないだけマシか。


 考えていると、店内を見ていたネルが短い声を上げた。視線の先には壁に掛けられたコルクボードがある。柔らかい茶色の表面には何枚もの写真がピンで留められていた。

 その内の一枚、違うものが混ざっている。目を凝らして見てみると、それは雑誌の切り抜きのようだった。白黒の写真の周囲に細かい字が書かれている。


「これってこの町のことですよね」


 目の良いネルはこの距離でも内容が見えるらしい。俺も目は悪くないが、これ程離れたところからでは流石にぼやけてしまう。リーナも同じか、目を細め険しい顔で内容を読もうと試みていた。


「うーん、書いてあるのはこの町の異常についてですね。でも憶測と国への苦言に転んでいます」

「雑誌なんてそんなもんだろ」


 誰かがゴシップ誌に情報を提供したのだろう。掲載されることで、コンカーレで起こる異常がイスベルク全土に知れ渡る。そして、積極的に解決に取り組まない国に代わって、助けてくれる誰かが現れることを願った。やってきたのが何の役にも立たない俺達で残念だったな。


「あ、ハンネスさんも写ってますよ」


 ほら、とネルは切り抜きの端を指さした。町の写真を撮った時に偶然映り込んでしまったのだろう。どうでも良いので適当に相槌を打って流す。


「そんなことより、あの二人だよ」


 先日の異常、異常者の話は置いといて、もっと考えるべきなのは直近の問題。椅子の背に寄りかかったまま話題を上げる。リーナは頬に指を添え、僅かに首を傾げた。先程の二人を想起する。


「明らかに何か知っている素振りだったわね。なのに私達が魔具に近付くことも、何か情報を得ようとすることも止めようとしている感じだった」


 彼女の言葉に頷き同意する。


「そう、その動きがニギギと決定的に違う。だから多分、というか絶対あいつとは無関係で、また別のグループが町の近くで動いてるって考えた方が良い」


 恐らくだが、青年の方は俺達にそこまでの敵意はない。警告から入り、殺意もほぼ感じなかった。単純にあの魔具に触れて欲しくないだけか。かと言ってあの魔具を使役しているのでも、大事にしているのでもないから余計意図は不明。


「問題はニギギとあの男の目的。厄介なもんじゃなかったらこのまま放置して帰るんだけどな」


 体勢を変え机に頬杖を付いた。俺の発言に対しリーナから視線を感じたが気にしない。空いた片方の手、指先で軽く机を叩く。ハンネスから魔具について話を聞ければ少しは彼らの目的も推測がつくだろう。あの様子から、碌な用途ではないと察してはいるが。


「こうなってくると、どっちがユーゴさんの言ってた不審者か分かりませんね」

「そういや、最初はそんな話だったな」


 よくよく考えれば、不審者の調査が魔具と関わることになったきっかけだったか。いつの間にか登場人物が増え、話も大きくなり忘れていた。軽く受けた話がこんなことになるなんて誰が想像できたか。溜息と一緒に零れるのは誰の棘にもならない悪態。


「不審者だらけだな、この町」

「誰が不審者だ」


 後ろから馴染みのない声が投げかけられた。正面にいたネルが俺の背後へ顔を向けた瞬間、目が見開かれる。俺が振り返るより早く、隣の空きテーブルの椅子が引かれた。

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