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悪い魔法使いを捕まえるお仕事【コミカライズ連載中】  作者: 中谷誠 ▷7/15 コミカライズ1巻発売
五章 黄昏より愛を込めて

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ふらふら⑦

 刃の向こう、持ち手の先で桃色の髪が揺れる。武器の鈍い輝きと対照的なその色は、持ち主の姿を鮮明に焼き付けた。


 そこにいたのはリーナ。彼女の両手杖は先端に収納された仕込み刃を解放し、槍形態へと変化。青年の意識が俺に向いている間に回り込み、シモンの代わりの前衛として前に出た。


 後衛として待機していた者が突然槍を振っても青年の顔は変わらない。彼は剣を返し切り上げを放ち、リーナは槍を半回転させ柄で受けつつ一歩距離を取る。

 打ち付けられた金属が小気味よい音を響かせる中、再び柄を回し横に薙ぐ。青年は矛を受けながら前へ。続く斬撃をリーナは半回転させた柄で受けながら下がり、有利な距離を保ち続ける。


 腕を引いたところ、放たれるのは拘束の突きの三連。青年は全て見切り、剣で切っ先を逸らしていく。反響音が続き、最後の刺突の瞬間、ついに青年が前に出た。

 それと同時にリーナの腕に術式が浮かぶ。発動したのは『強法(スティル)』の魔法。瞬時に筋力が増加し、槍を持つ手が加速。素早く柄を回し、振り切った刃が衝突する。力と力のぶつかり合い、打ち負けたのは青年の方だった。


 本来なら鍛え抜かれた前衛だからこそ使役できる筋力強化魔法。生半可な体では強化された箇所が周囲に多大な負担をかけることとなる。

 しかしリーナは後衛。何故彼女がこの魔法を扱えるのかと言うと、両手杖を振るために普段から鍛えている、と言うのもあるが医術師であることが答えに近い。豊富な人体の知識に医術を使用する際の繊細な調整の癖、その二つが魔法の使用を支えていた。


 腕を弾かれた青年に生じた隙。リーナは強化魔法を保ったまま旋回、勢いを増した槍が青年の胴へ払われる。が、当たる寸での所、二人の間に『純凍壁(グラキエム)』が出現。槍は青年に届く前に氷壁に阻まれた。甲高い破砕音が耳を裂く中、青年はその間に後退。

 着地地点を予想して『岩突(ラピス)』を置くも、読まれているのか発動前に跳躍して避けられる。それでいい、俺はそこに誘導するのが目的なのだから。



 青年が回避した先、そこで待ち構えていたのは復帰したシモンだった。腕には『転獣被法(べラティア)』の魔法が発動済。黒い獣毛を纏う腕が渾身の力で振られた!


 青年は剣で防御するも、崩れた体勢でその攻撃を受けられるわけがない。一際大きい衝撃音と共に体が浮き横に振られる。飛ばされる先に見えるのはあの問題の魔具。守ろうとしている物に自分で衝突しろ!


 僅かに青年が持つ剣の角度が変わったことに気が付いた瞬間、進行方向に氷壁が出現した。魔具と青年の間、衝撃からそれを守るように。そのまま青年は氷に激突。鈍い音を立てながら瓦解する氷塊の前に崩れ落ちる。そこまでして壊すことを避けているのか。徹底した目的意識に寒気さえ覚えた。



 剣を支えに立ち上がろうとするも、柄を持つ手は先程と逆の左手。右手はと言うと、肩が不自然に下がり、腕は重みに引かれるまま垂れていた。布越しでも関節のずれは明らかだ。表情は痛みに耐えるように歪み、開いた口からは荒い息が吐き出されている。


 決着は明らか。俺は『電聚灼雷砲(トルニトルス)』の術式を青年に向けた。リーナは『鋼鉄穿呀砲(グロブス)』を、シモンも剣を構えにじり寄る。彼なら負傷した状態でも攻撃は問題なく避けられるだろう。しかし、避けた瞬間、全ての攻撃が後ろの魔具に着弾することとなる。


「観念したか?」


 あえて問いかける。自ら負けを確認して貰った方が良いだろう。青年は俺達に鋭い視線を送る。負傷し追い詰められて尚、瞳には闘志を携えたまま。爛々と燃え、反撃の機会を伺っている。しばらく睨み合いが続き、青年の舌打ちで打ち切られた。


「お前たちを甘く見ていた」


 小さく零れた言葉は、誰かに向けられたわけではなかった。ただ独り言のように落とされ、緊迫した空気の中に沈む。次に聞こえたのは深い溜息だった。

 地面から剣を抜き、構えることなく下げる。少しは抵抗するかと思ったが潔すぎる。不信感を覚えた瞬間、地面に術式が浮かんだ。魔具まで巻き込んだ、この場を覆い尽くす巨大な術式。術式を読んで彼の行動を察する。


「絶対に壊すなよ」


 それは、追い詰められていたくせに鋭く強い命令的な口調だった。言葉の後、足元の術式が光を放つ。冷気が這い上がるように広がったと思えば、視界が一面の白に染まった。遅れて肌を刺すような寒さが覆い、凍て付く風が音をさらう。雪煙が音も景色も全て輪郭を溶かしていった。


 目測通り、青年が使用したのは『煙霧(ネーブル)』。目隠しをするだけの低位魔法だ。これに紛れて攻撃を仕掛けてくるつもりか。しかし利き腕はまともに使えない状態。シモンやリーナに打ち勝つことは出来ないし、視界が塞がれている程度では狙撃魔法も致命的にはならない。

 警戒を続ける中、視界は晴れていく。残されたのはシモンが傷をつけた魔具だけ。そこに青年の姿はなかった。


「追うか?」


 シモンが聞く。俺は術式を解除しながら首を横に振った。


「いい、どうせ追い付けない」


 あいつらは高位術師の索敵魔法にも引っ掛からなかった。恐らく超高度な隠蔽魔法でも使っているのだろう。相手の正体は気になるが、俺達と争う気がないのなら放置でも良い。俺達に攻撃してきた時点で公務執行妨害罪で取り締まることは出来るが、生憎俺はそこまで仕事熱心じゃない。


 浮遊する魔具を降ろし腰に固定する。リーナも仕込み刃を解除し、シモンは不服そうに眉を寄せたまま大剣を下げた。

 ようやく森に青年と遭遇前の静けさが戻る。余計な物音などなく、張り詰めていた空気も少しずつ薄れていく。風が木の葉を揺らす音が、凝り固まっていた神経を解いていった。


 腕を上げながら背を逸らし伸びをする。先程の戦闘と振り返るも全てが不明瞭なまま。付き添っていた女性はいつの間にか消え、その後も見かけていない。戦闘中、視野は広く持っているつもりだが、それでも彼女の居場所を掴めなかった。


 胸に残った靄を吐き出しつつ腕を下げる。横の林が動いたため目を向けると、水色の髪が目に入った。ネルとハンネスだ。

 ネルの顔付は鋭く、表情は硬いまま。警戒を解かず剣の柄に手をかけていた。一方ハンネスの顔色は悪い。血液の引いた青白い顔に、強張った口元は引き結ばれている。その理由は戦闘に巻き込まれたから、と言うのもあるが、それだけではなさそうだ。目元は何かに怯えるように激しく左右へ推移している。近付くと勢いよく顔を上げ俺を見た。


「さっき、ニギギが来てると言いました?」


 開口一番、彼がまず確認したのは去った脅威ではなく、別の脅威の存在だった。


「答えてください! あの犯罪者がこの町の近くにいるってことですか!?」


 ハンネスはネルを退け俺に詰め寄った。勢いに押され下がると、同じ距離だけ近付いてくる。


「落ち着けよ。なんでそんなに焦ってんだ」


 目を見開き、荒い息を吐き出し続けている。指摘され、ようやく自分の状態に気が付いたようだ。一歩だけ下がり視線を落とした。


「すいません、怖くなってしまって……」


 ようやくハンネスとの距離が空き、俺も息をつく。急に迫られ驚く間もなかったが、落ち着いたところで疑問が追い付いてきた。


「なんでそんなにニギギにビビってんだよ。変だぞ」


 はっきりと問う。ハンネスの様子はこれまでにない取り乱し方だった。出会った時、魔物避けが落ちていた事態に対して驚いていたがここまでじゃない。差し迫った生活の脅威は後者の方が強いはずなのに。彼は一度息を呑み俺を凝視した。理解できないものを見るように眉を寄せる。


「だってニギギって言ったらあのニギギでしょう!? フォリシアを大混乱に陥れた!」

「それは、そうだな」


 声を荒げ、叩きつけられた回答に押され思わず頷いた。ハンネスは疑念と困惑が入り混じった表情のまま続ける。


「その大犯罪者が近くにいるなんて聞いたら、誰だってこうなりますよ……!」


 確かにニギギは指名手配犯の中でも特に有名だろう。あいつが関わったとされるフォリシアの内乱、第四王女の殺害に王都に発生した竜。それらは世界中に大々的に報道された。


 ハンネスの怪訝な顔は、そのニギギを前に平然としている俺達を異常だと言わんばかりだった。再び視線は落ち着きなく宙を彷徨い始める。

 ハンネスの心情は何となく理解したが、俺がしたいのはニギギの話ではない。


「で、あんたはこの魔具を知ってるような素振りだったけど。これはなんなんだ?」


 親指で魔具を指した。あの二人が来る前、ハンネスは間違いなく「こんなものが」と言っていた。この正体を知らなければ、そんな言葉は出てこないだろう。

 先程の饒舌はどこに行ったのか。彼は口を閉ざし、瞳も斜め下へと落ちる。何か考えている様子だ。急かさず続きを待つ。


「記憶の中に類似するものはあります」


 ようやく紡ぎ出した言葉はかなり曖昧なものだった。一度視線を地面に落とした後、俺を見る。


「けれども、この場で断定したくありません。一度持ち帰り、明日伝えるという形でも良いでしょうか」

「ああ、大丈夫だ」


 今は分からないままだが、いずれ話してくれるならそれでいい。今は混乱している。まともに思考できているとは限らない。少し時間を置いて話すのが賢明だろう。

 俺達もただ何となく位置を特定できればいいと思っていた。用途まで分かるのなら結果は上々。なんなら技術部に頼る前に異常の解決策も出るかもしれない。


「見てくれてありがとう。助かったよ」

「いえ、この程度。お安い御用です」


 礼を言うとようやくハンネスの顔に薄い笑みが浮かぶ。良かった、いつまでも取り乱されたら大変だ。調査の協力を頼んだ手前、彼に負担をかけるようなことはしたくない。

 魔具についてはこのまま進めても大丈夫だろう。なら問題はもう一つ、ニギギだ。考えたところであいつの去り際の言葉を思い出した。次などあってたまるか。


 胸の奥に嫌な余韻を残したまま踵を返す。足を進める度にニギギの声が背中に纏わり付いてくるようだった。

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