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悪い魔法使いを捕まえるお仕事【コミカライズ連載中】  作者: 中谷誠 ▷7/15 コミカライズ1巻発売
五章 黄昏より愛を込めて

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ふらふら⑥

 突然の大声に誰もが押し黙る。青年の豹変にシモンでさえ目を瞬かせていた。俺達が壊したと発覚した途端これ。理由は分からない。けれども、冷静さを欠いたのなら好機と見るべき。


「なんだ? 大事なもんだったのか?」

「そんなわけないだろ馬鹿が!」


 挑発目的で軽口を叩いてみるが、反応は想像以上。耳を打つような怒号が森に響く。シモンへ向けた剣先に術式の光が灯り、『氷針(ステリア)』を射出。頭部へと放たれた矢を跳躍して回避。かなり怒ってはいるが魔具に当たらない配慮はしているらしい。

 シモンは空中で水平回転、落下の勢いを増しつつ剣を振り下ろす。青年は怒りを露わにしたまま後退。叩きつけられた剣が小石を散らす中、どちらも即座に前進する。


「お前達! 自分が何をしたか分かってるのか!?」


 絡み合う剣戟の間、青年が声を叩きつけた。先程の泰然とした姿はもうどこにもない。撃ち込まれる斬撃も荒々しく、若干シモンが押されつつある。

 俺達が何をしたのか。そんなこと勿論分かっている。あの大混乱、町民たちの困惑した姿が脳裏に浮かび息が詰まる。だからと言って、甘んじて青年の剣を受ける気はない。


「出来心だった。今は反省している」


 正直に後悔を伝えるのは何か違う。あえて適当に返すと、剣を振るう青年の横顔が更に歪んだ。


「ふざけるなよ、お前……!」


 青い瞳が俺を見る。やばいと思い『岩突(ラピス)』を発動すると、予想通り氷が突き立った。勢いのまま撃ち込まれた『氷針(ステリア)』は最大威力で発動したようだ。今までのような繊細な調整などなく、歪な形のまま岩壁を貫通。矢の先頭がこちら側に突き出ていた。

 狙いもどう見ても俺から逸れた場所。明らかに戦いに雑念が混ざっている。ならばと、『岩突(ラピス)』を解除しつつ追い打ちをかける。


「魔具を壊したくらいでそんなに怒るなよ」

「くらいじゃない、あれは!」


 青年が何かを言いかけ、奥歯を噛むように口を閉ざした。冷静さを欠いた状態でもその判断は出来るらしい。しかし、もう少し揺さぶればうっかり何か吐きそうではある。


 俺に顔を向けた一瞬でシモンが半歩だけ下がった。そこから繰り出されるのは青年の首を狙った一撃。彼が身を引いて躱す中、更に追撃。腕を切り返した下ろしの連撃を半身で避け、傾きながら前傾姿勢へ移行する。

 青年がすれ違いに剣を振るが、シモンは横に飛び急速離脱。空いた背中に『雷牙(ニトル)』を放つが、即座に振り向き散らされた。凄い反応速度だ。


「話し合いで解決できないか?」

「できるわけないだろ!」


 試しの提案に返ってきたのは何度目かの怒号。律儀に返してくれる辺り真面目だ。

 刃と刃。幾つもの剣戟が噛み合い、弾かれ、衝突する。剣の軌跡が残像となって複雑に重なっていく。高位の前衛同士の競り合いは目で追うことすら難しい。


 互いが渾身の一撃を大きく振るう。二人の間で火花が弾け、一際大きい反響音を轟かせた。筋力はほぼ互角。重量に勝るシモンの剣が打ち勝ち、青年の剣が弾き返され身体が揺らぐ。

 押し返された剣ではシモンの追撃を受けるのにはあまりにも不利。だが、彼が引く様子は見られない。シモンが急速旋回し二撃目を振るったその時、彼の足元に術式が出現した。


 地面から突き出した氷塊は急激に成長。細い氷柱となった『純凍壁(グラキエム)』が伸び、シモンの剣の腹を叩いた。衝撃に跳ね上がる腕とがら空きになった胴。目で追うのも厳しい中、やっと俺が状況を理解した時には青年は氷壁魔法を解除し、既に次の動作に移っていた。


 踏み込みながら無理矢理整えた姿勢。左手を引くのが見えた次の瞬間、拳がシモンの顎を打ち抜いた。次に放たれたのは上段回し蹴り。小柄な体躯は易々と吹き飛ばされる。

 即、思考を切り替える。前衛がシモン一人しかいない今、俺に出来ることは彼が復帰するまでの時間稼ぎ。


 『槍弩(ザギッタ)』を複数展開し、完了したものから撃ち込んでいく。肩、腕、胸部、大腿。急所を外して放つ銀の杭は一つ残らず叩き落とされる。青年の手元では耳を裂くような鉄音が上がり、火花が弾けた。音速同等の速度を易々見切りやがって。


 足元に冷気を感じ、『槍弩(ザギッタ)』を打ちながら横に飛ぶ。予想通り『純凍壁(グラキエム)』が迫り上がり、転がった先で『岩突(ラピス)』を展開。岩肌に『氷針(ステリア)』が衝突し破砕音を響かせた。目隠しの爆撃魔法を放ちつつ後退、再び狙撃魔法の連射に戻る。


 『氷針(ステリア)』に『純凍壁(グラキエム)』、青年が使うのはその二つ。どちらの魔法もかなりの練度を持つが故、違和感が残る。その正体は少し考えれば分かるもの。


「随分優しい魔法ばっかだな。別のも使えんだろ?」


 指摘に対して青年の眉が寄った。その顔の動きは答えを示しているようなもの。彼はまだ絶対に余力を残している。その理由を自分から開示しないのなら、俺から直接言ってやる。


「無理だよな。でかい魔法使えば、後ろのあれごと巻き込んじまう」


 返事はない。けれども、俺まで聞こえる舌打ちが返ってくる。図星を突かれた回答として随分荒々しい。

 先程の悩むような表情も、魔具との距離を測っているからこそ。使用できないと判断したからこそ、苦渋を露わにした。万が一にも自分が魔具を傷付けるのは避けたいのか。


 だが、この男と魔具の関係が分からない。魔具が壊れることを恐れ、俺達から遠ざけようとしているのは分かる。それなのに、この魔具を使役している様子はなく、むしろ敵対する素振りすらある。


 青年が『槍弩(ザギッタ)』を撃ち落としながらついに足を踏み出した。同時に『氷針(ステリア)』を射出。氷の矢と共に疾駆を開始する。


 氷は『雷牙(ニトル)』で散らし、即『(スクード)』を発動。間一髪で生成された盾、金属音が耳孔を貫き、鋼鉄が刃を阻む。鉄板一枚挟んだ先には剣。滅茶苦茶嫌だが、いよいよ覚悟を決める。

 俺と青年の間に炎を極限まで絞った『爆炸(ボルス)』を放つ。代わりに上げたのは爆風の威力。吹き荒れる風が俺と青年を吹き飛ばし、無理矢理距離を取る!


 三メートル程飛ばされ背中から落下。痛いが痛がっている場合ではない。


 起き上がり反射的に飛び退くと、上から強襲してきた青年の剣が落下。下がりながら放った『槍弩(ザギッタ)』は余裕で弾かれた。青年が屈むのを見た瞬間、もう一度『(スクード)』を発動する。クソ! アイクとの対近接術師戦闘訓練がこんな所で役に立つのは癪すぎる!


 一歩で間合いを詰めた青年の剣を盾が受け止める、はずだった。轟音と共に腕が振られ盾が形を保てず消滅。粒子の先で手首を返し、腕を引くのが見えた。

 そして、剣に術式が溶け込んでいく。そのまま刃に青い光が停滞していた。発動を見逃したため何の魔法なのかは不明。しかし武器に術式を纏わせるということは、傷口に関与する呪術系の魔法か。咄嗟に展開した『岩突(ラピス)』が発動するのと青年が動くのは同時だった。


 放たれた刺突は風を裂き、一直線に岩へ突き刺さった。鈍音を立てながら岩肌が砕け、破片を散らしながら先端が突き進む。だがその一瞬で軌道は僅かに逸れ、切っ先は俺の頬を掠めるだけに留まった。


 しかし、傷口が伝えてきたものは、痛みとは少し違っていた。最初に感じたのは冷気。その後、焼けつくような痛みが広がっていく。傷の内側から撫で上げてくるような不快感。浅いはずの傷なのに、その感覚だけが確かだった。

 下がりながら頬を強引に拭うと、血液交じりの氷塊が零れていく。そこで彼が纏う術式の正体を理解した。


「警告だ、退け」


 青年は俺を追いかけないまま切っ先を向け言う。俺を睨み付ける瞳は鋭く、一切の躊躇いなど見られない。次は殺すと、そう告げている。

 彼が今使った魔法は『氷怨凍蝕法(エルギドゥム)』。傷口から体に干渉し、直接凍結させる最悪の高位魔法だ。本来なら攻撃を避けられなかった時点で頭部が凍結し即死している。こいつは超々加減して威嚇のために傷口だけ凍らせやがった。


 手加減されているのは面白くない。だが、彼が術式に手を加えなければ俺は死んでいた。悔しさを紛らわすため口元を強引に歪めて見せる。俺の笑みを見た青年の眉間に、深い亀裂が刻まれた。


「嫌だね」


 はっきりと迷いなく伝える。思えば、この戦闘は当初の予定から何もかもが外れていた。二つ目の魔具の位置を特定するだけ。誰かと遭遇し危険だと判断すれば即撤退。

 それがなんだ。今は正体も目的も不明の男と衝突し、命の危機にまで瀕する始末。けれどもそれでいい。それでいいと、俺は途中からそう判断した。


 青年の望みを通すことも、退くことも考えていない。彼が本気を出さないのと同じように、俺達だってまだ何も手の内を見せていないのだから。


 言葉の直後、青年の後ろに影が落ちた。鋭い風切音に青年が振り返り、即座に横へ跳躍。彼の胸元を槍の矛先が通過した。


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