ふらふら②
とりあえず落ち着いて話せる場所として借りたのは、コンカーレ支部の一室だった。森の調査についてまとめたいとユーゴに申し出たところ、滞在期間を過ぎているにも関わらず快く許可を取りに行ってくれた。
部屋の引き渡しの際、立入禁止区域で起こった事を全て話すか迷い、結局伝えることにした。元々ユーゴから受けた話。彼から頼まれなければ森に鎮座していた魔具の存在も、そこで遭遇したニギギも知ることはなかったのだ。だから、ありのままを話すべきだと思った。
結果として、これはユーゴが受け止められる容量を超えた話だった。町の不調の原因となっていた九重の術式を浮かべる魔具。凶悪指名手配であるニギギ。そして俺達が魔具を壊したことによって引き起こされた生活魔具の停止。
どこから理解すれば良いのか。頭を抱えたユーゴに、元凶の一つである俺達がかけられる言葉などない。青い顔のまま巡回へ向かう彼へ、深く謝罪しながら俺達はそれぞれ席に着いた。
ようやく座ることができ、俺達の口から零れたのは重く、長い息だった。
「で、どうしようか」
俺は俺自身に問う。ニギギとの激闘にマナ中毒からの回復後。疲労はかなり強く残っている。リーナは時々何かに耐えるように眉間に皺を刻み、ネルは再生したばかりの耳を確かめるように触れている。シモンはいつものように見えるが、時折どこかに視線を向ける。一息つきたいところだが生憎そんな暇はない。
「正体不明の魔具とニギギは後で整理するとして、今起こっている生活魔具と通信魔法の不調はとりあえず様子見ね」
リーナが話したいことの要点を掴み、簡潔にまとめてくれる。俺が言いだそうと思っていたことと差異はない。頷き、終わりが見えているものから片付ける。
「後者は高濃度のマナの照射が原因。ハンネスの推測は正しいものと考えて良いだろうな」
むしろ正しくあってくれ。不調が一時的なものではなく、全て壊れたとなると洒落にならない。グラウスは勿論その保証に回らなければならないし、始末書もあり得ない程面倒なものになるだろう。俺達は技術師ではないため、彼の言葉を信じ、祈るしかない。
「じゃあ次は、あそこにあった魔具の話でしょうか」
「そうだな」
ネルの提案に頷く。
「戦闘中、あの魔具は攻撃魔法の一部のマナを吸い取って、限界まで溜め込んだ後に過剰分を照射していた」
これはあの戦いの中で俺が出した推測と結論。合ってるかどうかは正直分からない。詳しい奴の意見が聞きたい。シモンを見ると、窓に向けていた目を俺に戻した。
「お前の考えで合っている。マナの揺らぎもあの魔具が不定期に吸い込み吐き出していたから起こっていたのだろう」
シモンの眉が僅かに寄せられる。
「だがそれが魔具の仕様とは思えないな。どちらかといえば溜め込むための魔具だろう、あれは」
「じゃあ故障か、不具合か……」
魔具が何を行っていたか分かっても目的は分からないまま。更にあの魔具が壊れた状態で作動していたとなると、専門家じゃない俺達にはお手上げだ。
「他には?」
さらに補足はないか促す。シモンは腕を組み視線を落とした。
「ない」
「本当か?」
「しつこいぞ」
それだけ残して目を閉じる。昨日の朝は聞かれなかったから答えなかったとぬかしたくせに。引っ叩きたくなるが返り討ちに遭うので我慢。代わりに別の話を進める。
「わざわざ場所を作ってまであんな森の奥に魔具を置くのは、隠したかったからとしか思えないな」
帰りに確認したが、魔具の周囲は道が整備されていたがそれは途中まで。どこかの道と繋がっている訳ではなかった。
「でも周囲が拓かれていたと言っても、最近手が加えられた感じではなかったじゃない」
リーナが言う。彼女の指摘はもっとも、だからこそ余計分からなくなる。
「そうなんだよな。魔具もちゃんと見たわけじゃねーけど、状態は明らかに悪かった」
「うーん、魔具はもっと前に作られたのに、異常が起こり始めたのはつい最近。なんかちぐはぐですね」
ネルは額に手を添えながら違和感を述べる。細かい思考を苦手とする彼女が、精一杯伝えようとしていた。そこまでは俺も考えていたこと。意見を出してくれたネルに「そうだな」と同意する。
「あと……」
呟きかけて、組んでいた手の片方を口元に置いた。残る問題はあの場にいたニギギ。
魔具の近くにいたにも関わらず、あいつが魔具を守る様子がなかったのが気になる。戦闘中、軽く会話を交わしただけだが、高ぶりやすい性格であることは確か。本来ならあれを守るべきだが、俺達の相手に夢中になり、そっちのけにされたとも考えられなくもない。思考を進める程、マナ中毒の名残が頭に鈍く響く。
俺の考えすぎかもしれないが、ニギギはフォリシアで二人組で行動していたという。彼の言動を目撃した今、もう片方が手綱を握る必要があるから、と良く分かる。
では何故、今回一人で行動している? 俺達の手が届かない所でもう一人が動いているかもしれない可能性に、更に頭が重くなる。
「スヴェン?」
呼ばれ、顔を上げた。ネルが机に身を乗り出し、俺を覗き込んでいる。
「考え込んでたみたいですけど、何か分かりましたか?」
「いいや、勝手な推測だ。挙げる段階じゃない」
そう、全部俺の想像。これを出したところで何にもならない。ここまで来て、そもそもの話を出す。
「あの魔具がマナを溜め込んだ先の用途が分かんねーな」
敵の目的が分からないまま魔具を壊し、そのまま逃亡を許してしまった。いや、去り際のニギギの口ぶりは再会を願う形だったが。あのタイプの異常者は何をしてくるか分からない。分からないから一番怖い。リーナも全てが不明瞭な現実に唸っていた。
「調べたくても、壊してしまったから。もうどうしようもないわね」
眉間に刻まれた亀裂が、彼女の表情に影を落としていた。残骸を回収して技術部に引き渡すという手もある。けれども、そこで待っているのはこれまでにない程怒鳴られる未来だ。考えただけで胸が重くなる。
ふと、シモンが顔を上げた。
「一つじゃないな、あの魔具は」
その言葉のあと、会話が途切れた。空気が止まったかのような沈黙。シモンの声は聞こえたのに、少しの間を要してから遅れて意味がやってきた。
「はぁ!?」
俺とリーナ、ネルが同時に立ち上がり、声まで揃う。なんで今更、こんな大事なことを、
「言うのが遅い、と言いたいんだろう」
俺達とは対照的に、シモンの声は冷めていた。
「分かってんだったら、なんでさっき全部言わなかったんだよ」
「違う」
はっきりとした口調で俺の言葉を断つ。
「今、感知したんだ」
目は揺れることなく、真っ直ぐ俺に向けられていた。シモンは嘘を付かない。いつも感じたことをそのままの形で伝えてくる。それが彼の班員として最も信頼できる部分。だから、今の言葉も本当のことだろう。
今更になって感知できた、その理由はシモンにも分かっていない。首を傾げ、少し悩むような仕草。俺は着席し話の続きを待つ。二人も熱が引いたように座り直した。
「先程壊したものより強い力は感じない」
シモンは不可解そうに眉を寄せたまま続ける。
「この程度ならあのような異常を起こすことはないだろう、今はな」
「今は、か」
あくまでも現状は大丈夫ということ。これから起こることが不明瞭であることに変わりはない。
しかし俺はもっと役に立たず、シモンなら当たり前のようにできるマナの動きすら分からず、魔具のこととなるともっと分からない。あれが何のために置かれ、どんな目的を持っているのかすら見当がつかない状態だ。下手に頼みなんて引き受けるから、中途半端に手の届かない歯痒さを味わうこととなる。
原因の魔具が見つかったのも、ニギギとの遭遇も、良いことなのだが、現在進行形で起こっている町の不調がそれらがもたらしたものだと思うと喜ぶことは出来ない。いや、間違いなく俺のせいなのだが。でも、仕方なかった、多分そう。
「ねぇスヴェン」
リーナに声をかけられた。見ると目を伏せ、軽くうつむいたまま。なのに、その横顔には何かを決心したかのような強さが浮かんでいた。現状は分からないが、彼女が何を言いたいのか、それくらいは容易に分かる。分かるからこそ、今から身構える。そして、ついに顔を上げ俺を見据えた。
「もう一つの魔具も調べましょうよ」
やっぱりそうだ。一年半の付き合い。こんな時にリーナが何を言い出すかなんてすぐ分かる。俺が口を挟む前にネルが手を叩いた。
「そうですよ! 今は大丈夫でも今後同じような異常を引き起こすかもしれません!」
ネルも大声でリーナの提案に賛同した。声が頭痛に響き、顔を顰める。俺だってそれくらい考えていた。けれども、賛同しかねる理由がある。
「俺達が行って出来ることは?」
「それは……」
ネルの声が急速に勢いを失っていくのを聞きながら続きを言う。
「現場に行って何ができる? 俺達は魔具の用途の見当もついてないのに、操作方法なんてもっと分からない。また壊すって訳にはいかねーだろ」
「そうですけど……」
言葉を受けるにつれてネルの肩が下がっていった。意地悪で言っているのではない。ただ、本当に俺達は魔具を前に何もできないだけ。この出来事に対し俺達は間違いなく無力だ。技術部の力なしに現状を変えることは出来ないだろう。でも、明らかに落ち込むネルを見て、少し可哀想に思えてきた。
ため息をつき、再び口を開く。
「まあ、技術部に引き渡すために位置の特定くらいはやっておくか。丸投げするにも、場所が分からなきゃ話にならない」
「じゃあ!」
ネルの表情が目に見えて明るくなった。上がった口角に光を指した瞳。素直でよろしい。
「どうせ通信魔具も死んでて帰りの馬車も呼べない。もう一泊するのは確実だ」
通信魔具が使えないのなら、繊細な調整を必要とする遠距離通信魔法は尚更使えないだろう。通信士側は俺達と連絡が途絶えて大混乱だろうが。まぁ、元の仕事は終えているし、その時に一報入れているから大丈夫か。
「それなんだけど、私達だけでは魔具のことは分からないじゃない」
リーナが言う。こうして横から入ってくるときは嫌な予感しかしない。
「だから、さっきのハンネスさんに同行してもらうのはどうかしら?」
「はぁ? 何考えてんだ、一般人を巻き込むつもりか?」
やはり、好ましい案ではなかった。賛同しかねる発言に軽く睨むが、意見を引く様子はない。なら、さらに言葉を重ねる。
「魔物も出る、さっきみたいなラステカの構成員がいる可能性だってある。戦闘に巻き込む気か?」
「魔物ならなんとでもなる。場所を特定して魔具を確認するくらいなら戦闘の必要はない。気が付かれない位置から望遠魔法で覗くことだって出来るでしょう?」
リーナは出した案を曲げない。それに、言っていることもあながち間違いではないため、俺の中で意思が揺れる。
「位置を特定して帰るくらいなら、魔具に詳しい人の意見があった方が建設的じゃない。もしかしたら、その場で解決策も出るかもしれない」
「って言ってもな……」
リーナの言っていることは可能だ。なんなら、それができたら、いつも壊してばかりの俺達の評価はかなり上がるだろう。けれども、危険なことに住民を巻き込みたくないのが俺の主張。正直、迷う。腕を組み、頭を捻るが頭痛は増すばかりだった。
「魔物程度から人一人、守り切れる自信がないのか?」
無理矢理思考を重ねているところ、声が差す。シモンだ。
「何言って、」
「巻き込みたくない、か。便利な言い訳だな。要するにそれすら出来ない弱虫と認めているんだろう」
言うだけ言って最後に鼻で笑いやがった。疲労の抜けきらない体では、ほんの小さな挑発さえ反応し熱が帯びる。普段なら軽く流す言葉まで引っ掛かった。
「んな訳ねーだろ。誰が弱虫だ」
「違うのか? いつも後ろから魔法を放っているだけのくせに」
立ち上がり、シモンの真横に手を付いた。自分で思うより勢いがあり、机の揺れと共に、乾いた音が部屋中に響き渡る。
「そんなに言うならやってやるよ。お前こそ、出番がなくても文句言うんじゃねーぞ」
「それは楽しみだな」
会話の横で、ネルがリーナの耳元に近付いた。
「スヴェン、煽られるとすぐ折れますよね。いつもこのやり取りじゃないですか」
「ええ、本当。自信家だもの」
声が耳に届く。小声だろうがこの距離では当たり前のように聞こえている。少しは隠せ。
結局、リーナの意見を通すこととなる。一番の問題は、ハンネスがこの意見に承諾していないということだが。




