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悪い魔法使いを捕まえるお仕事【コミカライズ連載中】  作者: 中谷誠 ▷7/15 コミカライズ1巻発売
五章 黄昏より愛を込めて

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ざらざら⑭

 後悔が重石のように積み上がっていく。ニギギの隙を作り、二人を抱えて逃げるのは不可能に近い。かといってこのまま戦闘が続行できるのか。撤退の判断が出来る時期はとうに過ぎていた。俺が厄介な転移魔法に対し十分対応が出来ると思ってしまったから。


 違う。今反省している場合ではない。考えるべきはここからの打開策。


 この環境下で影響を受けるニギギとその術式。今し方拾った、攻撃を与えた覚えのない場所にある拘束着の解れ。

 そして、マナ照射のタイミング。一定ではない。条件があるはずだ。考えろ、考えろ、考えろ!


 前回の照射から使った魔法は『槍弩(ザギッタ)』二回、『雷牙(ニトル)』三回、『鋼鉄穿呀砲(グロブス)』一回。前々回、更にその前と記憶を辿る。これは、もしかして。


「シモン!」


 呼びかけると瞳だけ俺を向けた。それで十分。術式の手信号を共に中央の魔具を見る。多分伝わっているはずだ。俺達は幾度も難敵を乗り越えていた。その信頼と信用は確かに築かれている。

 超高位術式を組むための準備をしていく。時間がない。頭痛が何だ。高速で構築式を組み上げる。シモンが時間稼ぎをする間に、何としても終えなければならない。ニギギを退け、班員たちを生かすための打開策を。


「なんかやろうとしてんな」


 ニギギが言う。気が付かれるのなんて想定済。しかし転移で俺の所には飛んでこない。分かってるよ。お前の転移、全部俺に読まれてるもんな。あと少し、あと少しで組み上がる。


「そうだよ、ここまで構って貰えて満足か?」


 俺の言葉が届いた瞬間、ニギギの顔から色が抜けた。


「痛みを与えて、与えられて。お前は戦いの場でしか自分を見て貰えない」


 こいつの言動から刺さりそうな言葉を吐いていく。表情が一瞬で凍りつき、頬の張りが強くなる。この距離から分かる程、歯が噛み締められていた。


「可哀想な奴だよ、お前は」

「黙れよ!」


 シモンを弾き、一直線に俺へと向かってくる。激昂しやすい性格だと思ったが、予想通り挑発に乗ってくれた。だが、安易に近付けさせるわけがない。

 『雷牙(ニトル)』を発動。一発目、半身で躱される。二発目、旋回の動きから屈む動作。三発目、跳躍。四発目、空中で回転し散らされる。


 着実に近付いてくる。異常思考を持つ超高位術師に迫られるという、普段なら避けるべき状況。恐怖心を抱かない訳が無い。だが、これが出来るのは今、俺しかいないんだ。ビビってる場合じゃねぇだろうが!


 着地時の瞬間を狙い『電聚灼雷砲(トルニトルス)』を展開。発動前、紫電を纏う術式の前で笑って見せる。とびきりの、見下した笑顔で。


「どうした? 俺まで呑気に歩いて来るつもりか?」


 挑発に対し応答を待たず魔法を発動。跳ねる雷が中央に収束し、雷砲となって放たる。膨大な熱を帯びた白光がニギギの身体を貫く直前、その体が揺れる。転移魔法だ。


 直後、銅鑼を打ち鳴らしたような重い音が、空間全体に鳴り響いた。雷砲術式によるものではない。『高位術式を使ったら魔具を破壊しろ』と、俺の指示通りにシモンが動いてくれたのだ。


 右腕を獣化魔法で強化したシモンが刃を突き立てるのは中央の魔具。巨大な刃が鋼鉄の球体へ深く食い込んだ。刃と金属が擦れ合い、甲高い悲鳴のような音を上げる。硬質な抵抗をねじ伏せながら、剣は裂くように進み、やがて外気に触れた。


 球体が内側から押し広げられるように膨張し、弾け飛ぶ。耳を聾するような轟音が響き渡った。閃光が走り、視界が一瞬で白く塗り潰される。眼球を貫く光は、遅れて焼けつくような痛みを残した。

 手元の術式が制御を失い、漏れだしたマナが激しい雷となって円の周囲を駆け回る。俺まで食われる前に『電聚灼雷砲(トルニトルス)』を解除。そして、用意していた魔法を発動。


 魔具から七重の術式が広がり球体へと変化。薄青色の障壁が広がり、俺からリーナ、ネルまでを包んだ。

 俺達を侵食しようと迫るマナが障壁と拮抗し、乾いた音を立てながら激しく明滅する。滅多に使うことのない高位抗マナ魔法『拒魔断域聖園(サンクトリウム)』。本来攻撃魔法の防御に使用するものだが、マナ由来のものを弾くのならこの使い方でも間違ってはいない。


 シモンが壊した、正確には俺が壊すように指示した魔具。あれはこの戦闘中、俺達が使用する魔法のマナの一部を食らい、限界まで溜め込むとマナの照射として吐き出していた。限界は使用術式によって差があるが低位魔法数発と高位魔法一発で大体上限が来る。

 だから、俺はあえてその数の魔法を打った。限界ギリギリまで魔具へマナを食わせるために。そして、破壊したことで起こったのは最大規模のマナの照射。こんなことをした理由は、ちゃんとある。



 展開を続ける術式が掠れ、結界が軋む。強烈なマナの波動は障壁を貫通し俺に直接降り注ぐ。視界が回転し、頭が揺さぶられるような感覚。平衡感覚を失いその場に倒れ込む。胃の底が捩じ切れるような吐き気。押し殺そうとするも熱は喉元まで込み上げる。息が詰まった次の瞬間、嗚咽と共に吐瀉物が地面に散った。

 吐いても吐いても、内容物を出し切っても胃の痙攣は続く。狭まった気道からは、絶えず喘鳴のような呼気が零れていた。


 意識が朦朧とする。瞼が重い。魔法は、障壁だけは閉じる訳にはいかない。これがなければ、俺達は一瞬で重度のマナ中毒に陥り、そのまま死ぬ。だめだ、今はまだ、死ねない。俺の作戦に巻き込んで皆を殺すわけにはいかない。


 片膝で立ち魔具を掲げる手に力を入れる。障壁が綻びた箇所を読み術式で埋める。やばい、視界が霞む。集中が、思考能力が、少しずつ奪われていく。術式が、保てない。



 俺の手の横に杖が掲げられた。先端に柔らかな光が灯り、解れた術式へと向かう。それはリーナの魔具、リーナの術式。振り返ると、彼女がいた。

 目覚めたばかりなのだろう。顔白い顔のまま、地に手足を付けた状態で、それでも、這って、俺の元まで来ていた。


「お前、」

「大丈夫。結界術式ならスヴェンより私の方が上手いわ」


 俺の声を遮り、苦痛に顔を歪めながらもリーナは笑って見せた。唇は震え、額には汗が滲む。明らかな強がりだが、瞳の意思だけは消えず、灯のように燃える。


「言うじゃねーか」


 俺もリーナの微笑みに応えた。倒れている場合じゃない。あと少し耐えれば良いんだ。リーナによって補強された結界で頭痛は軽減。凶悪なマナの照射に晒されながら、術式も展開時の形を保っていた。


 そして、ついに結界が外部とのマナの干渉をやめた。放出されていたマナがやっと辺りに溶け込んだのだろう。人為的に集められたものなら、勝手に四散していくものだ。



 魔法を解き辺りを見る。粉々に砕けた魔具の元にシモンはいない。爆発の衝撃で吹き飛ばされたのだろう。少し離れた場所で膝を付いていた。

 治療されてた腕は再び裂け、間接は曲がり得ない方向に向いている。腕だけではなく、頭、肩、腹部とあらゆる部位から出血。自身で治癒術式を使っているが動ける状態ではない。


 それと、すぐに地面に伏したニギギの姿を見かける。暴発した雷砲に触れたのか、左肩からその先が焼け焦げ消失していた。もう一つ、両足がひしゃげている。

 これも俺の想定通り。ニギギの転移はこの場の異常なマナの影響を受けていた。有利位置から少し外れた転移も、自然に端の斬れた拘束着も、それは不完全な転移の影響だ。

 『虚路跳越瞬遷移法(サパティリム)』の術式は転移というより空間を跨ぐと言った方が正しい。着地地点からズレれば当然影響が出るのだろう。それは服に、肉に、骨に結果となって現れる。だから俺は最大級のマナの照射に合わせて、ニギギが転移を使うように誘発した。


「う……」


 ニギギが小さく呻き声を上げる。よし、生きてる。あれほどのマナの照射で焼け爛れていないか心配だったが、これなら捕まえて情報を吐かせることが出来るだろう。

 ニギギがゆっくりと顔を上げた。動けるのか、途轍もない凄い生命力だ。俺と目が合うと瞳が細まった。そして血液を吐き出す口が半月状に歪む。その表情の名称に気が付いた時、寒気が首筋を撫でた。


 笑っていた。楽しそうに、嬉しそうに、悦喜の声がこの場を満たしていた。なんでこの状況で笑ってるんだ。お前は、どうしようもなく追い詰められてるんだぞ。


「……スヴェン」


 名を呼ばれた瞬間、呼吸が引き攣った。声を発したのは紛れもない、ニギギだ。


「スヴェン、スヴェン、スヴェン、スヴェン、スヴェン、スヴェン、」


 何度も何度も、噛み締めるように俺の名を繰り返す。


「覚えたぞ、てめぇの名前」


 自身の血液に溺れながら、はっきりと告げた。呆気に囚われる中、ニギギの真下に術式の円が浮かび上がる。こいつまだ魔法が使えんのか。

 まずい、逃げられる。急いで魔法を放とうとするが、激しい頭痛で思考が止まる。駄目だ、中毒症状で術式が組み立てられない。


「つ、次に会ったら、もっと痛くして。僕も、もっと痛くしてあげるから」


 最後に最悪の言葉を残し術式が閉じた。同時にニギギの姿も消失する。手を伸ばしたところで変わらない。むしろ、動いたことで更に目が回った。


 気が付いた時には視界が草で埋め尽くされていた。そのまま倒れたらしい。頭は割れるように痛い。吐き気は相変わらず続き、喉奥から熱いものが込み上げる。霞む視界の向こうではネルが起き上がるところだった。良かった、これで皆、一応無事ではある。

 けれども結局ニギギは取り逃がし、ここで何をしようとしていたのかは分からないまま。あの魔具も、調べる前に壊してしまった。情報を技術部に引き渡しても、滅茶苦茶怒鳴られるんだろうな。


 考えている内に意識が谷底のような場所へと引っ張られていく。眠い。口の中には血の味が広がっている。嘔吐かと思ったら吐血か。この環境下であれだけ魔法を使い、超高位魔法の維持まで行った。マナが内臓の粘膜を侵食するのも当然か。息苦しいが、呼吸はなんとかできている。


 耳鳴りの奥で、俺の名を呼ぶ声が聞こえた。うるさいな。聞こえてるって。

 でも、駄目だ。


 少しだけ、寝よう。

二節 ざらざら 了

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