02-13.庇護の正体
「エルを驚かせてしまうけれど、オーレル様は今の王様ゼグリア・ロンダリオン様の弟君であられる。」
「・・・・・・王様の弟・・」
「そうなんだ。サーム様とはサーム様が侯爵になられる前からの仲でね。僕らと知り合ったのは本当に偶然だったんだ。」
「じゃあ、ワックルトでレオ達とジュリアさん達が知り合ったって話は・・」
「あれはちゃんと本当です!エル様、わたくし達が偽っていたのは身分だけで、エル様にお話しした私たちの出会いや依頼を受けた話などは嘘は一つもございません。」
エルの言葉をすぐさまにジュリアが否定し、決して今までの思い出が偽りでは無い事を伝えようとエルの目を見る。エルは嬉しそうに笑った。
「良かったぁ~!だってあんなにカッコよくてあんな興奮する話が嘘な訳ないんだもん。」
「ははは。僕らとしては昔の話は恥ずかしい事ばかりだからカッコ良いなんて言われると複雑だね。」
苦笑いのダンにも笑顔を向けるエル。自分が冒険者に憧れ目指すきっかけをくれた人たちの英雄譚。嘘でなくて良かった。これからも変わらず憧れ続けられる事が嬉しかった。
ダンは説明を続ける。オーレルは王家の血筋からは独立し、王の弟ではあるが元王家である事。しかし、王とは本当に仲が良く王に頼りにされている事。そして何よりこの事を聞いてエル達の態度が変わってしまう事を一番心配していたと伝えた。
「いきなりで戸惑うだろうけど、エルにとってもリック達にとってもオーレル様はただの世話好きな爺さんでいたいんだ。どうか今まで通り接してあげてくれないか。」
「もちろんです!ね!?」
「おっ・・おう!ちょっとびっくりはしたけど、正直な話、王様の弟ってあまりに話がデカすぎで俺にはちょっと想像出来なくて。それに俺もルチアもシスターがお母さん代わりだけど爺ちゃんはいなかったから。爺ちゃんって呼んでくれって言ってくれた時、正直嬉しかったんだ。」
「うんうん!私も嬉しかった。オーレル様にはこれからもお爺ちゃんでいて欲しい。」
「・・そうか。良かった。」
そして話はダン達に及ぶ。レオとダンは冒険者活動を続ける中でワイバーン討伐やスタンピート鎮圧戦での活躍、そして魔素溜まりの除去などで名を馳せた。
特にレオが単独でワイバーン討伐を果たした事で準男爵を賜り、それ以後貴族からの指名依頼やオーレル絡みでの王家からの密命を果たせたことでダンと共に子爵を賜る事となった。
その話を聞き、リックとエルは目を輝かせる。
「ワイバーン!すげぇ~!ワイバーンなんてソロで倒せるもんなのか!やっぱりレオ師匠はすげぇなぁ!」
「そうだよね!しかもそれで貴族になったなんてカッコいいよ!」
二人の興奮にダン達は苦笑いだ。今では王国内でも英雄譚のように語られる話だが、裏を話せばワイバーンを前に怖じ気づいた貴族のバカ息子が指揮を取れなくなり、業を煮やしたレオが単騎突撃しワイバーンを討伐した。それで防衛軍は一気に士気が高まり魔物の群れを押し返せたが、軍の中での話で言うならば立派な 『命令違反』なのだ。
バカ息子は怒鳴り散らし上役の貴族にもレオを処罰するべきだと訴えたが、現場の兵士達のレオへの称賛と、何より報告を聞いた王がレオへの叙爵を決めてしまったので話はそれで終わってしまった。
ダン達からすればワイバーンを倒した事は冒険者として誇れはすれど、世話になっていた貴族達への謝罪に駆けずり回らなければならなくなり本当に焦った。
謝罪に赴いたどの貴族もレオの討伐話を聞きたがり、好意的に捉えてくれたから良かったが、もしその貴族達がバカ息子の親の派閥だったとしたら間違いなく今の創竜の翼は存在しなかっただろう。
エル達の話を聞く雰囲気にダンは助けられた。もっと深刻な、針に刺されるような雰囲気での報告になると覚悟していた。しかし、蓋を開けてみれば子供達3人がダンの説明に一喜一憂し、以前よりも好意を深めてくれたようにすら感じるものだった。
「エル様。私の話をさせていただいてよろしいでしょうか?」
ジュリアは自分で説明したいとダンから引き継いだ。
「私の家は代々王家に仕える魔導貴族でこのワックルトから西へ一週間ほど馬車で走った所にあるタジアナ州の統治をしておりますエルベール・ユニトリー辺境伯の長女、ジュリア・ユニトリーと申します。辺境伯家の長女ではありますが、私本人も王様より導師爵を個人として賜っております。」
「創竜の翼は皆さん貴族様だったんですね。」
「うん。正式には違うんだけど、創竜の翼として表に出て動いているメンバーは貴族爵をいただいているね。」
「表に出ている?」
ダンの言葉に引っ掛かりを覚えた。エルはこの四人がずっと創竜の翼なのだと思っていた。しかし、先ほどの言い方ではそうではないらしい。
「そうだね。僕らの活動を裏から助けてくれている『竜の牙』と言うパーティーがいるんだ。ギルドでは手に入れられない他国の情勢だったり遠い地域の情報だったりを王国内の色んな場所に散らばって集めてくれているメンバーだね。」
「かっこいいぃ・・・」
リックの目の輝きがさらに増す。ダンは内密に動いているメンバーもいるから全員を紹介は出来ないけどいつか紹介すると約束してくれた。話をジュリアの話へと戻す。
「私は王都にある魔導学校を卒業した後、父の反対を押し切り冒険者になりました。一人で活動しようとしていた所を父から頼まれたオーレル様が指導を買って出てくれて、父からと言うのが私の中では悔しかったのですが、その当時の私は一人では何もできずオーレル様のお力を借りました。そこから先はメルカ様から聞いた通りです。」
「魔導学校なんてあるんですね。」
「はい。王都には魔導師を育てる為の教育機関の王立ロンダリア魔導学校と騎士を育てる騎士学校とがあります。そこの卒業生は国軍や近衛兵、魔導研究の分野で活躍する事が多いですね。」
「そこは貴族しか入れないんですか?」
「そう言う訳ではありませんが、年間の費用が少し高額なので一般の方が入学される時は大きな商会の御子息であったり、もしくは貴族から支援のある有能な方と言う事になりますね。」
「なるほど・・・」
考え込むエルにリックが反応する。
「おいおい。まさか学校行きたいって言いだすんじゃないだろうなぁ。せっかくパーティー組もうって言ってるのにそりゃないぜ!」
「あっ!違う違う!孤児院でさ、きっとこの先、頭の良い子や魔力の強い有望な子って出てくると思うんだ。そうなった時にさ、そうやって学校とかに入れたら将来も明るいのかなって。」
エルのその言葉にジュリアは驚く。やはりエルは様々に吸収する知識を即座に多岐にわたる可能性に広げていけるような広い視野を持っている。幼い子供が様々な場所で違う日に聞いた話をすぐにこうして関連付けられるのは大人でも難しい。
「そうですね。それはサーム様やオーレル様、もちろんシスター・エミルとも相談してですが、私達創竜の翼が支援して学校入学を目指す事も不可能ではないと思います。」
「ホントですか!?」
ジュリアの返答を聞いて慌ててルチアが立ち上がる。ジュリアは驚きつつも笑顔で答える。
「はい。その時の孤児院の状況や何より本人の希望にもよるでしょうが、私達創竜の翼としては支援しない判断は無いと思いますよ。ね?ダン。」
「そうだね。それで孤児院からそう言う子が一人でも出てくれたら新たな支援が国の中で生まれる可能性もあるし、本音を言えばそう言った子を僕たちが支援したって言う事も今後孤児院を支援していく強みにはなっていくよね。有能な子がいたから孤児院を放っておけなかったって理由が作れるって言うかな。ちょっと大人の事情になっちゃうけどね。」
「でもさ!そうやってればさ、もう前みたいに食う物に困ったりとかそういう事はなくなりますよね?」
「そうだね。逆に支援をしているにも関わらずそんな状況だと公式に支援を打ち出している国や領主は国民から統治能力・・えっとその土地を治める力を疑われるよね?あんな人で大丈夫?って。」
「そうですよね。だからそうなれば周りも孤児院に目が行くから酷い環境にはなりづらくなるって事ですね?」
「うん。そうだね。」
話が大きく逸れては来ているが、彼らが興味を持つ事の知識をどんどんと吸収させてあげる事は悪い事では無い。三人は新たに開けた未来に顔を輝かせて盛り上がっていた。
「これからそう言う子が出てくる事ももちろん大事だけど、リックとルチアはもうその支援で独立しようとしている第一号なんだよ?」
そう言われてリックとルチアは顔を見合って不思議そうにダンを見る。
「だってそうだろ?騎士学校や魔導学校に行かなくても君たちが冒険者として成功して、例えば貴族になるとか白金冒険者になるとか、それこそ未開拓エリアに自分の土地を持つ事が出来れば孤児院としてはこれ以上嬉しい事は無いし、そんな孤児院は絶対に取り潰されたり環境が悪くなったりしないだろ?」
そう言われてリックの顔は少し興奮して赤くなった。そうなのだ。他の子ではない。自分達が活躍して『ちゃんと一人立ちする事』が孤児院の未来を支える事に繋がるのだ。
「だからこそ僕たちは君達に少し厳しい条件も出したりするし、過保護なくらい一緒にいるのさ。」
そう言ってダンとジュリアは笑う。リックとルチアは恥ずかしそうに笑う。そこでエルが違う視点での疑問が出たらしくダンに質問してくる。
「あの、これだけ貴族の人たちが皆で行動してるのにワックルトだったりレミト村で誰も皆さんに対して貴族への対応みたいなの無かったですよね?」
「そうだね。僕らの事を貴族だって知っている人、これは顔も含めてね。そう言った人が少ないってのもあるかな。だって、エルだって王様の顔だったりこの国の大臣の名前って知らないだろ?」
エルは頷く。そうなのだ。領主のようにその土地の民衆の前に姿を現すような貴族は顔を覚えられる事が多いが、その他の貴族に関しては何かのきっかけで名前を知る機会があっても実際に会う機会など庶民にはまず無い。だから街を歩いていても余程分かりやすい行動や言動をしない限りはバレないと言う事だ。
そして、ダンが言うにはダン達の事を貴族と知っている人に関しては身分がバレるような行動を取らないで欲しいと常日頃からお願いしていたそうだ。それは今日の商業ギルドの一件でもそうだ。
ダンがギルドマスターのトワムに対して「今後は身分を隠さずギルドへ訪れるようになると思う。」と話していた。と言う事はトワム達はダン達が貴族だと知っていたと言う事になる。それを知った上でエル達に冒険者としての当たり前の納品依頼の受付をさせてあげたくて相応の対応をしてくれていたと言う事だ。まぁ、今回は当たった職員が不幸だったが。
「僕は本当にたくさんの人に見守ってもらっていたんですね・・・」
そう言って少し微笑みながら下を向くエルの肩にそっとジュリアが手を置く。
「エル様。リックさん、ルチアさん、それは私達が選んだ事なのです。誰かに命令された訳でも無く、自分達があなた達を守りたいと思って勝手にやっている事なんです。今回は色々とやり方を間違えてエル様やリックさん達を驚かせてしまう事になってしまいましたが、サーム様を含め誰一人、仕方なくとか嫌々なんて気持ちはありませんから。責任は感じる事はありませんよ。」
「でも・・・」
ジュリアがすっとエルの言葉を右手で制する。
「これまでの事は感謝と共にエル様達の中で覚えておいてあげてください。皆喜びます。これからは私達もちゃんと皆さんに相談しますし、一緒に決めていくとお約束します。だから、これからの事には責任とかは感じる必要は無いんです。」
「はい。ありがとうございます。」
その後も貴族の生活の話などを少し聞いたりして夕食となった。ダンから明日、銀行へ行ってから冒険者ギルドへ講習会を受けに行こうと提案された。その時もダンは今までとは違い、こちらに提案する形で話してくれた。
ただ、冒険者ギルドでも一度、ギルドマスターとの面会をして身分を明かしたと言う報告をしなければいけないので講習会中はジュリアだけが帯同する形になると説明された。三人はもちろん了承し、ルチアはもしギルドマスターにお会いできるなら相談したい事があるとダンに面会のお願いをした。
ダンも相手の予定もあるだろうから、もしお会い出来たらお願いしてみると約束してくれたが、まずは講習会を受ける事が最優先だと全員で共有した。
こうして紆余曲折ありつつもエルへの説明は無事に終わった。
 




