02-12.エルへの独白
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商業ギルド2階のギルドマスターの部屋。部屋には商業ギルド側はギルドマスターのトワム、特級職員のミレイ、そして今回の騒動の当事者の職員。こちらはダン、ジュリア、エル達三人。以前にも訪れた部屋だったが雰囲気は打って変わって張り詰めている。そして以前と違うのはダン達の座る位置。ダン達はトワムが座っていた上手側の席に座り、商業ギルド側で着席している者はいない。全員が片膝を付き、ジッと床を見つめている。
重苦しい雰囲気の中でダンがトワムに告げる。
「トワム殿、このような形で以前にお願いしていた約束を破る形となって申し訳ない。そして今回このような騒動を引き起こしてしまい申し訳なく思っている。」
「いえ、レイドナム様。この度の件は全て商業ギルドに非がございます。レイドナム様はもちろん、皆様方に謝罪をいただく理由は何もございません。当ギルドはランクの上下に関わらず公平な検品のうえで素材を買い取ると言う事はギルド規約にも明記しておる事ですので。この度は誠に申し訳ございませんでした。」
エルはずっと状況が飲み込めていなかった。(え?ダンさんが貴族?お師匠様も?侯爵って?)そんな思いが頭の中をグルグルと巡り続ける。横に座っているリックがエルの右手をしっかり握ってくれている事が唯一のエルの心強さだった。
「身分を明かさずここまで来てしまっていた私達にも責任はあります。どうかトワム様。一度席に座っていただき落ち着いて話を致しましょう。ダン、良いわね?」
「もちろんだ。トワム殿、お願い出来るか?」
「・・・畏まりました。失礼いたします。」
ジッと考えていたダンだったが決意を決めたようにトワムに今後の話をする。
「今後は身分を隠さずギルドへ訪れるようになると思う。そして、大変申し訳ないがこの三人は私達創竜の翼はもちろんサーム様の庇護下にあると言う事を徹底してほしい。しかし、それは優遇をしろと言っている訳ではない。これまで通り真摯に公平な対応をお願いしたいと言っているだけだ。勘違いだけはしないでくれ。」
「もちろんでございます。これまで通り誠心誠意対応させていただきます。エル様、誠に申し訳ありませんでした。」
そう言ってトワムとミレイは再度頭を下げるが、それに対してエルは下を向いて頭を横に振る事しか出来なかった。目には一杯の涙を溜めて、絶対に流してなるものかと歯を食いしばっていた。
その様子はダンもジュリアも当然気付いている。この先の対応を間違えればエルとの間に取り返しのつかない溝が出来てしまう。ダンはゆっくり深呼吸し言葉を続ける。
「職員の措置についてはそちらに任せる。我々はトワム殿とミレイ殿の謝罪を持ってこの件は終わりとしたい。良いかな?」
「それはこちらに判断する権限はございません。皆様方がそれで構わないと仰っていただけるなら、私共は有難く縋るだけでございます。」
「では、そちらの職員はもう退席して良い。以後、無きように。」
職員は涙を流しながら部屋を下がる。ドアが閉まった瞬間にダンは天井を仰ぎ見てふぅっと息を吐く。そしてそのままエルへと向き合い、深々と頭を下げる。
「エル。すまない。本当にすまなかった。騙していた訳ではない。ただ、隠していた事は事実だ。君を守ろうとするあまり、私もサーム様も間違った選択をしてしまった。本当に申し訳ない。」
ダンの謝罪にジュリアも頭を下げる。エルは体をグッと屈めて何度も何度も頭を横に振る。我慢していた涙が次から次へと溢れてくる。そんなエルをリックとルチアは覆いかぶさるように抱きしめる。小さな声でエルに「大丈夫だ。俺はいるぞ。一人じゃないぞ。」「エル君。泣いて良いよ。」そう言って背中をゆっくりゆっくりと撫でる。
その言葉にエルは声を出して泣いた。怖かった。自分の起こしてしまった事で、ダン達が秘密にして守っていたものを曝け出さなければならなくなった事に。自分は何も知らず自分が前に進める喜びだけに心を躍らせ、その為に周りがどれだけ苦心してくれていたかを考えもしなかった。
どれほどの時間が経っただろうか。誰一人声を出さない空間でゆっくりとエルが頭を上げる。目は真っ赤で顔は涙でぐしょぐしょだ。エルはまずトワムの顔を見て頭を下げる。
「僕が・・・僕がすぐにダンさんに相談していればこんなに大きな問題にならなかったのに・・・本当に・・ごめんなさい・・・」
「何を仰られます。エル様。エル様は幻霧の森に住まれるサーム様との生活を守ろうとしただけでございます。何を謝る事がありますか。先ほどもお話しさせたいただいたように、全ては私共に責任と非がございます。どのような事情があれ、素材を持ち込まれたお客様を素材の精査もせぬ内から疑った目で見るなどとギルド職員として失格以前の事でございます。どうか、頭をお上げくださいませ。」
「ありがと・・・ございます。」
そしてダンと向き合う。エルの目は真剣だ。ダンはエルの気持ちを受け止めるように硬い表情で向き合っていた。
「ダン様。ジュリア様。今まで僕の為にありがとうございます。」
「エル。すまない・・・」
「エル様・・・申し訳ございません。」
「ダン様達もおししょ・・・サーム様も話せない事が沢山あったと思います。でも、僕は嬉しかった。ダン様が貴族様だと分かってもサーム様が貴族様だと知っても、僕は嬉しかったんです。」
「嬉しい?」
「はい・・・僕の大好きな皆さんはやっぱり王様に認めていただけるような方たちだったんだって。皆から白金冒険者はすごいって・・・サーム様はすごいって・・・言ってもらえるような人は・・やっぱり・・王様にもちゃんと届いてるんだって・・」
その言葉にジュリアは涙を堪える。泣いてはならない。自分は泣いてはいけない。どんなに心揺さぶられるほどの喜びを感じていたとしても、それを表に出してはならない。どんなにエルが自分達の事を誇りに思っていても自分達がエルを騙した事に変わりはない。その償いはしなければいけない。
「リックとルチアもすまない。このような事に巻き込んでしまって。」
そう言うとリックはしっかりとダンに向き合い、はっきりした口調で答える。
「いえ!おれ・・僕たちはシスター・エミルからダン様達の事は聞いていました。だから僕たちも同じです。これから一緒にやっていこうって決めていたエルに隠し事をしていたんです。」
「エル君、ごめんなさい。」
「エル!!ごめんっっ!!」
二人の謝罪にもエルは「大丈夫!」と一生懸命な笑顔で答える。
「ダン様達が話せないんだもん。リック達が僕に話せないのは当たり前だよ。大丈夫。ちゃんと受け止めたから。・・・大丈夫。」
「・・・エル。これからの事、ゆっくり考えてくれて構わない。エル達の支援は今後もずっと続ける。でも、エルが森で暮らすのが、僕たちと一緒にいるのがツラいならちゃんと言ってくれ。リック達と一緒に暮らせるように準備も出来るから。」
ダンがそう提案すると、エルは他の皆がどうしたのかと心配になるほど、ぽかんとして表情でダンを見つめる。そして、急にクスクスと笑い始めた。
「ダンさん。うん。やっぱりダンさんって呼ばせてください。どうして僕が森を出るんですか。僕はお師匠様の元で先生の教えを受けながらレオ達と一緒に『一人前の何か』になるんです!!だから、出ていく訳ないじゃないですか!あっ・・・ダンさん達が出ていくのもダメですよ?せっかくあんな立派な小屋も建てちゃったのに。」
そう明るく話すエルを見て唖然としていたダンは本当に大きな声で大笑いする。その顔はどこか晴れやかで少し涙も浮かんでいた。一頻り笑うとエルを笑顔で抱きしめる。
「ありがとう!エル!!これからも一緒だよ。リックもルチアもレオもサーム様もオーレルも。そしてジュリアもね。」
そう言って後ろを振り返るとジュリアは真っすぐエルを見据えながら、ただただ涙を流していた。そんなジュリアにエルは近寄り、「これからも魔導学の指導、お願いします!」と頭を下げると、ぎゅっと力強くエルを抱きしめ、
「もちろんです!!私が指導しなくて誰がエル様の指導をすると。他の誰かに指導されるなど私のプライドが許しません。エル様。こんな不甲斐ない私ですがこれからも・・・よろしくおねがいします。」
事態は何とか形を成した。エルに救われたと言われればそれまで。身分を明かすにはあまりに稚拙な揉め事であった事は間違いない。しかし、商業ギルドのあれだけ人が集まる所で宣誓した事で、エル達三人は間違いなくこの一週間で誰の庇護下にあるのかはワックルト中で知れ渡る事になるだろう。
とりあえず一時的とは言え、街の中での身の安全は確保出来た。しかし、新たな心配が生まれる事も必然。さて、相手はどう動き始めるか。覚悟を決めたダンには恐れる者は何もない。この三人を守る為ならば、どれほど汚れようと泥水を啜ろうと苦とは思わない。
・・・・・・・・・・・・
幻霧の森の小屋でサームはレオと二人、静かに茶を飲んでいた。何を話すでもなく外を眺めながら風を感じる。レオはこの小屋で住むようになって、こうして風を感じてゆったりする事の幸せを初めて感じた。あまりに急ぎ過ぎた毎日だった。冒険者として成功を収める為に駆け足などと鼻で笑うほどの速度で駆け上がってきた。
レオはカップを置き、サームに話しかける。
「エル殿にお話しする機会、ダンに任せたと聞きました。宜しかったのですか?」
「ふむ・・・」
サームは難しい表情でカップの中を見る。ゆらゆらと揺れる茶にエルの顔が浮かんだ気がした。
「エル殿はサーム卿から話してほしいのではないでしょうか。師と仰ぐサーム卿から聞くからこそエル殿も事情を呑み込めるのでは?」
「そうなのかも知れぬ。」
「エル殿は受け止められるでしょうか。」
「どう言葉を繕っても隠していた事は変えられぬ。それだけは変わらぬ。幼き頃よりずっと疲弊し続けてきた心を儂達はまた傷つけてしまったのかも知れぬ。」
二人は外を見つめ、ただただ想い続けた。エルが幸せであれと。その為の努力は惜しまぬと。
・・・・・・・・・・
森狸の寝床、夕方で人がにぎわう大通りに面する大きな入り口も今日は固く閉ざされている。普段なら酒を飲む人々で溢れ返る食堂スペースにはエル達一行だけが座り、その中にノーラやジョバルも加わる。ダンがエルにちゃんと自分達の話をしたいと願い出てこの場となっている。
しかし、エルはもうだいぶ落ち着いた様子で両隣にリックとルチアに座ってもらいダン達と向かい合う形でテーブルに座った。ダンが優しく微笑みながらエルに話す。
「話を始めて構わないかい?」
「お願いします。」
「よし。まず今の状況を話して、細かい説明はその後ゆっくりしていくから。休憩が欲しくなったら気にせず言ってくれ。きっと話は長くなると思うから。」
「分かりました。」
「まず話しておくことはサーム様を含め、レオ、僕、ジュリア、オーレル様は皆、階級は違えどこの国の王様から爵位を賜った貴族であるって事。」
「えっ!?皆!?レオも??」
「はははっ!そうだよ。レオも貴族だ。この国には王様の下に公・候・伯・子・男と言う五貴族の位があり、その下にも騎士の位と導師の位の特別爵がある。」
「七つ・・・」
「そうだね。そして僕たちそれぞれの爵位だけどあまり詳しく話してもすぐには理解出来ないだろうから、少しづつ日を改めながらエルが理解できるように話していくつもりだから。」
「ありがとうございます。じゃあ、普段の勉強に貴族の事も学べるって事ですね。」
そう言って笑うエルの心にダンとジュリアは救われる。もう前向きに捉えてくれている。その気持ちに沿えるように少しでも分かりやすく説明していく。
「まず話しておかなければいけないのはサーム様の事だ。サーム様の爵位は侯爵だ。階級で言えばこの国で二番目に権威ある爵位って事になるね。」
「侯爵様・・・あの・・・良いですか?聞いても。」
「うん。何でも質問して。」
「侯爵様であられるお師匠様がどうして幻霧の森なんて言う危険だらけの場所で暮らしているんですか?そのおかげで僕は助かったんだけど・・・でも、不思議で。」
「そうだね。その疑問は尤もだ。サーム様が侯爵になられたのは今から40年程前。僕らもまだ生まれる前の話だ。その侯爵になられる中で貴族の中で派閥争いって分かるかな?王様に気に入られたい人達同士が競い合って揉めちゃうって感じかな。」
「分かります。」
「その派閥争いに巻き込まれて、サーム様の中で何か思う事があったんだろうね。サーム様は王様へ侯爵をお返しして政治の場から身を引かれる決断をされたんだよ。」
「えっ!そんな事許されるんですか?」
「普通ならば不敬だとして国外追放や最悪お命も危なかったはずだ。しかし王様はサーム様の気持ちを汲んでくださり、政治の場から身を引く事を許された。しかし、侯爵の爵位の返上だけは頑として許されなかったんだよ。」
「何かそれも理由があるんですか。」
「そこはサーム様の口からちゃんとお話ししてくれるはずだ。僕たちが説明すると本当の意味合いが間違って伝わってしまう可能性もあるからね。」
次にダンが話し始めたのはオーレルの事だった。
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