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錬金術の森~未成年孤児エルの半生~  作者: 一仙
第一章 森の迷い子
28/97

28.月夜の出会い

いつもお読みいただきありがとうございます。今回も後書きにて修正点を載せてあります。

 パウラ商会ではエルの今後の生活に必要な物を買い揃えていく。

 店内に入ると革製品のリュックや肩掛けカバン、帽子に衣類などずらっと飾られていた。

 人族(ヒューマン)の女性店員が近寄ってきて、話しかけようとした時にジュリアの方から近づき耳元で何かを話しかける。すると女性店員はスッと全員に頭を下げ、接客を始めた。

 

 「本日はご家族のお子様が新生活に入られる為の生活道具一式と衣類などを買い揃えられたいとお伺いいたしました。わたくしがご案内させていただきますので、分からない点や欲しい商品などございましたらお気軽にお声がけくださいませ。」


 1階で服や靴、2階で食器や鍋、3階ではエルボアに教えてもらった皮手袋や製薬の時に身に着けた方が良いと言われたエプロン等。最初はサームやオーレルが選ぼうとしたのだが、サイズやデザインにジュリアが注文を付け、1階の買い物の時点で男子には任せておけないと一挙に引き受けた。ゆえに、男性陣は一気にお役御免・蚊帳の外である。店内を上から下へジュリアがエルを連れて女性店員と共に駆け回る。

 男性陣は入り口近くに設けられた談話スペースのような場所で周りに目を配りつつ話をしていた。


 「ははは。やはりこう言った事は女子(おなご)に任せるに限るな。」

 「そうじゃのぉ。さて、開路をどうするかと言う話になるが、森に戻ってから行うか。それとも街で行うか。」

 「まぁ、街で行えばエルの魔力によっては買い揃える物も増えそうにも思うが。儂としては森に戻ってから行うのが賢明に思えるがの。」

 「教会でスキルを得られるか試してみる方法もありますが、もし珍しいスキルだった場合は教会側に知られてしまう恐れがあります。光属性なんて授かったなんて分かってしまった日には一生教会の飼い犬ですよ。」

 「錬金術や製薬に関係なくても何かしらのスキルを得ておく事もあの子の経験かと思ったが、エルの状況があまりにも分からん状態では下手には動きづらいのぉ。」

 「森へ帰る前にレミト村へ行きますか?あそこの村の孤児院のシスターエミルは以前教会でスキル鑑定と恩恵の儀をしていたはずです。教会に嫌気がさして王都を離れたと聞いた事があります。」

 「ふむ・・・そちらの方が安全かも知れんの。ではそのようにしよう。」

 「ダンの方はどうじゃ?」

 「今、ドゥンケルと会って情報を共有と今後の打ち合わせをしてます。夕方には合流予定です。」

 「何もかにもを任せっきりにしてしまってすまんのぉ。ドゥンケルにも久しく会うておらんのぉ。」

 「いえ、この件は放っておくと向こうが余計な事をしでかしそうな雰囲気なので。恐らくランクダウンの罰則の腹いせにエル殿に危害を加えようと一人になる瞬間を探っているんだと思います。」

 「エルを一人にするつもりは毛頭ないが、もし街を出るまで何の動きも無ければ良しか。」

 「いえ、サーム様には申し訳ありませんが相手の冒険者は今日付けで街を追放処分になっていますので、他の街に移動する様子が見られない時は・・・」

 「そうか。まぁ、危険因子をそのまま残しておく訳にもいかんか。」

 「はい。」


 冒険者として生きていると本当に人の命が軽く感じられてしまう時がある。レオは駆け出しの頃から何度となく知り合った冒険者の死に立ち会ってきた。それはどんなに良い奴であろうが、憎まれていた奴であろうが何の差別・忖度なく不意にその者の前に訪れる。

 だからこそ自分の身に降りかかる火の粉はしっかりと事前に処理しておかなくてはならない。それはパーティーメンバーや家族に対しても同じだ。エルと言う護衛対象に対していつ襲い掛かるか分からない冒険者を護衛対象の近くにいつまでもウロウロさせておく事は命の危険と言うリスクといつ襲われるか分からない状態で警戒を続けると言う無駄が積み重なると言う事だ。

 申し訳ないが冒険者の場合は街の外で行方が分からなくなっても家族ですら捜索は依頼しない。それ程までに街の外と言うのは危険が溢れているのだ。ある日、魔物に襲われて命を落とすなどと言うのは珍しくない。だから家族も悲しくはあるが、冒険者になったのだから仕方がない諦めがつくのだ。そう言う世界であるからこそ、冒険者になって家族に仕送りを送れるようになる事は誰からも誇られるほどの成功例となる。


 「なかなかすぐには森に戻れそうにもないのぉ。」

 「申し訳ありません。これからあそこでの生活を考えるとリスクは極限まで減らしてから移りたいので。」

 「何の何の。嫌味などで言うた訳ではない。エルの事を思うてやってくれておるのだし、そもそも護衛を依頼したのもこちらじゃ。感謝こそすれ不満などある訳がない。」


 するとエルとジュリア、そして女性店員が買い物を終えて戻ってきた。多少の荷物を抱えていたのでレオが代わりに持つ。こういう事をサラッと出来る彼はやはり人として冒険者として尊敬に値する。


 「とりあえず当面の生活に必要な物は買い揃えました。今日持って帰るのは当面の生活に必要な衣類と作業で必要な物だけにしてあります。大きなものは明日以降に宿の方へ届けてもらうように手配しました。服も冬物などは丈を直したりの作業もあったので、まとめて一週間後に宿に送ってもらう予定です。これは次の納品の時にレオかダンに取りに来てもらうようにします。お願いね?レオ。」

 「分かった。じゃぁ、とりあえず宿に戻って着替えさせてやろう。いつまでも大人用のダブダブな服ってのも可哀想だしな。」


 一行は森狸の寝床へと足を向けた。


  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ワックルトの街にある一軒のバー。まだこの時間は営業は始まっていない。薄暗い店内には二人の人影。一人は創竜の翼の斥候、ダン。もう一人は顔に布を巻き、正体が知れない。


 「現状は?」

 「数人の流れ者の冒険者と共に幌馬車亭に宿を取ってる。どうやらサーム様たちが街を出て野営をした際に手勢で一気に襲い掛かる算段のようだ。」

 「安易な・・・冒険者として生活していたなら野営の時が最も警戒している瞬間だと分かっているだろうに。それも分からないほどの実力と言う事か。」

 「冒険者としての実績も調べたが、はっきり言って身体能力のみで魔物の討伐と野党を捕まえてきた程度だ。銀ランク昇格も三年以上かかってる。まぁ、実力は推して知るべしだな。」

 「ドゥンケル。今回に関しては処理は僕がやる。竜の牙のメンバーには決して動かないように厳命しておいてくれないか。」

 「汚れ仕事は牙の領分だ。創竜の翼が手を汚す必要は無い。」

 「気持ちは嬉しいが、今回に関してはダメだ。自ら手を汚さず安全圏にいるつもりはないよ。」

 「何か考えがあっての事か。分かった。」

 「これまでと違いお互いがワックルトと幻霧の森で分かれた状態は今までのようには情報共有が頻繁に出来なくなる。決して無理な行動だけはしないようにしてくれ。今後の動き方はまた決まり次第、ノーラたちに伝えるようにするよ。今後もこちらから何かある時にはその形で。」

 「分かった。では。」


 そう告げると人影が一つ消える。ダンは深くため息をつき寂しそうな目で影の消えた闇を見つめ続ける。


  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 一行はひとまず宿にしている森狸の寝床に戻り昼食を取る。その後は各部屋に戻り、エルはジュリアに手伝ってもらい買ってもらった服に着替えた。「ちゃんと採寸が出来た物が届くまでに間に合わせに」とジュリアが選んだ服だったが、それでもエルにとっては上等過ぎる服で着るのを一瞬躊躇ったほどだ。


 「ほら!エル様!やっぱり似合ってます!私の目も大した物ではないですか?」

 「嬉しいです。・・・けど、こんな良い物を着た事が無いので・・」

 「良いんです!良いんです!私が着てもらいたくて買ったんですから♪」

 「ありがとうございます!嬉しいです。」

 「ふふふ♪あっ、ダンは夕食までには戻って来るそうなので、それまでどうしますか?」

 「じゃぁ・・・少し横になっても良いですか?」

 「もちろんです!やはり疲れましたよね?ちょっと予定を詰め込み過ぎましたか。」

 「いえ!疲れたと言うほどでは・・・」


 朝からずっと予定をこなしていた事もあり、午後はゆっくりしようと言う話になった。エルはそう言いながらも少しベッドに横になるといつの間にか眠ってしまっていた。まだ子供のエルにはやはり疲れが出てしまう話も多かっただろうし、一つの街の中とはいえ距離は結構歩いていた。


 エルが目を覚ますと辺りはすっかり暗くなっていた。部屋の中にジュリアはいないようでベッドから起き上がるとジュリアのベッドにいたポムがぴょんとエルの肩に乗る。部屋の外に出ると廊下にも人の気配がない。階段を下りてくるとノーラがテーブルや椅子を拭き掃除していた。エルに気付いたノーラが笑顔で話しかける。


 「おや、起きたのかい?お腹空いたんじゃないかい?何か用意しようか?」

 「あっ、お願いします。」

 「あいよ!座って待ってな。」


 ノーラが厨房に引っ込む。ホールにも誰もいない。トイレに行きたくなったエルは場所が分からずノーラに場所を聞いた。すると1階のトイレは宿を出たすぐ横にあるそうだ。ノーラにトイレに行くと声をかけ店を出る。その瞬間、エルは何かに見られているような不安を覚え、少し後ずさりする。ポムも尻尾をピンっと立ててエルと同じようにジッと宿の向こうの闇を見つめるが、不安を覚えたのは一瞬で今は何も感じなかった。

 気のせいだったのだろうかと思い直し、宿を出てトイレに向かい用を足す。そして、宿に戻ろうとした時、自分の近くに人が立っている事に気付く。驚いて振り返ると外套を被った人物がエルを見下ろしていた。恐る恐る外套の中の顔を見ると、若い女性だった。頬の周りに鱗のようなものが生えており人族(ヒューマン)ではない事を窺い知れる。


 「こんな夜更けに宿の隣とはいえ、一人で外に出るのは危ないよ?」

 「ごめんなさい。」

 「いやいや、すまない。叱っている訳ではないんだが。おっとこれはいけないね。」


 そう言うと女性は膝を下りエルと同じ目線まで身を屈める。そして外套のフードを取り顔を見せる。


 「こんな顔で言っても説得力は無いだろうが、怪しい者ではないわ。街を警戒をしているだけなの。」

 「いえ、そんな事ないです。ありがとうございます。」

 「私の顔が怖くない?ごめんなさいね。こんな醜い顔を見せてしまって・・」

 「鱗の事を言っているんですか?お姉さんを傷付けてしまったら申し訳ないですが、綺麗だなって思ってしまって。」

 「綺麗?」

 「はい。外套を被ってる時は分からなかったんですけど、今だとほら。」


 そう言ってエルは空を指差す。女性もつられて空を見ると大きな満月が二人を見下ろしていた。


 「あの月の光に照らされて鱗の所が少し薄いピンク色と言うか、銀と言うか不思議な色にキラキラしてるように見えるんです。すごく綺麗です。」


 その言葉に両眼を見開いて驚く女性。そしてフードを被りすっと下を向いてしまった。傷つけてしまったと思い焦ったエルは思わず女性に駆け寄ろうとするが、それを女性は手を広げて制する。


 「大丈夫。ごめんなさい。そんな事を言われたのは初めてで驚いてしまっただけよ。」

 「あっ、すみません。」

 「いえ、ありがとう。自分の顔が自分で好きでは無くてね。」

 「そうなんですか・・・でも、僕はお姉さんの顔、キラキラして大好きです。太陽の下だとどんな風に見えるのかも知りたいです。」

 「ははは、そうか。・・・また、会えると良いね。」

 「はい!」

 「さぁ、トイレでこんなに長く外にいると皆に心配されるよ?宿にお帰り。」

 「あっ、そうだ!ご飯をお願いしてたんだ!じゃあ、失礼します。おやすみなさい。」

 「あぁ、おやすみ。」


 エルはそう言うと宿の方へ駆けていった。振り返ると女性はまだエルを見つめ見送っていてくれているようだ。手を振り宿の中へ入る。しかし・・・初めて会ったはずのあの女性はなぜエルの連れが『皆』だと分かったのだろう。


 その背中を見送った女性は立ち上がり、宿から離れ人影の少ない通りを歩く。すると脇道からすっと人影が近付き、女性と共に歩きながら小さな声で話し始める。

 

 「無事に処理は終了した模様です。対象への危険は去りました。」

 「そうか。報告ご苦労。今日はもう動きはないだろうから皆にゆっくり休むよう伝えてくれ。」

 「分かりました。・・・・・姫、何かありましたか?」

 「なにがだ?」

 「いえ・・・少し雰囲気がいつもと違いましたので。」

 「そうか・・・いや、何もない。下がっていい。」

 「はっ・・」


 そう言うと人影はまた脇道に消える。女性は自分の顔にそっと触れる。こんな顔を綺麗だと言ってくれた少年。忌み嫌われ、恐れられ、強くなる事で存在意義を見つけるしかなかった彼女にとってそれは、思いがけぬ驚きであった。


 空をまた眺める。あの時と同じように月は優しく彼女を見下ろしていた。

誤字脱字ありましたらご指摘お願いします。誤字報告、誠にありがとうございます。参考にさせていただき修正をかけておりますが、まだ残っている可能性大です。


修正点

・薬師ギルドが所々で製薬ギルドや調薬ギルドなど呼び方が様々あったので『薬師ギルド』に統一してあります。修正抜けあれば教えていただけると助かります。

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