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 翌日、私は牢付きの馬車に乗せられてフォーマルハウト王国とサルバドール共和国の国境までやって来ていた。


 両国のスパイの身柄交換会という珍妙なイベントのためである。


 国境に集ったのは両国の諜報機関の人間と軍の幹部らしかった。


 ちなみにフォーマルハウトからは代表としてジョシュアが立ち会っている。


「では、我が国のアリシア・ロンドと貴国のギギブ・タールの身柄を互いに引き渡すということで良いですな?」


「嗚呼、承知した」


 諜報機関のお偉いさん達の間で承認の書類が交わされた。


「アリシア・ロンド、前へ出ろっ」


 私は乱暴に牢から出され、手錠を解かれた。


 国境に立ち、同じく捕らえられた同業者ギギブさんと対面する。


「同じタイミングで捕まって命拾いしたわね、私たち」


 とギギブさんは自虐的に嗤った。


「確かにそれもそうね」


 私も合わせるように笑った。


 そして、囚われのスパイ2人が同時に国境を跨ぐ。


 至って簡潔に両国の取引は完了した。


「よし、帰るぞ」


 そう促された私は歩き出す。


 後ろは振り返らない。


 たとえジョシュアがいても振りはしない。


 お別れするって決めたんだから。


「……っ」


 と、私が泣くのを我慢したときだった。


「すみませーんっ!」


 大声で誰かがこちらに叫んでいる。


 いや、この声は。


 この大好きな声はーー、


「サルバドールのみなさーん。もう少しお話しませんかあ!」


 そうこちらに語りかけてくる声の主はジョシュアだ。


「僕らの国の対立を回避するために良い案があるんですっ!」


「何だ?」


 サルバドールの諜報部員が怪訝な顔をする。


「聞いてなくても言いますよーっ!」


 いくぞ、と腕を引かれ私は歩を進めるが、耳はジョシュアの言葉に集中していた。








「そのスパイさん、アリシア・ロンドさんと結婚させてくださいっ! 政略結婚で構いませんっ!」








「ーーっつ!」




 彼の言葉に私は振り返ってしまった。


 視線の先には自信満々な顔で叫ぶジョシュアがいる。


 昨晩は別れようと決めたのに、まだ私のことを考えていてくれたんだ。


 そう思うと込み上げてくるものがあった。


「フォーマルハウトとサルバドールで縁談を組みましょうっ! これで僕らは親戚ですっ! もう互いの軍事力に怯えなくて済みますっ!」


「言わせとけ」


 と、サルバドール人たちは鼻で笑った。


 しかし、一人だけジョシュアの言葉に興味を惹かれた人物がいた。


「なるほど、さすがは希代の参謀。面白いことを言う」


 そう愉快そうに笑ったのは隊列の先頭の人物。


「止まれっ。彼の話を聞こうではないか」


「ユークリッド様っ!?」


 ジョシュアの話に興味を持ったのはユークリッド・サルバドール。


 サルバドール共和国の若きトップだ。


 しかし、どうしてユークリッド様がこんなところに来ている?


「ジョシュア・フォーマルハウト君。君には一度会いたかったんだ。今日は無駄足にならないで良かった」


 軽薄そうな笑みを浮かべてユークリッドは馬から降りた。


 そして、私を見る。


「アリシア、君は任務中に本気で彼を好きになったのかい?」


「……」


 何て答えるのが正解か全力で思考回路を回したが、答えは出なかった。


 だから、正直に答えようと思った。


 何よりもジョシュアに応えるためにも。


「はい。私はジョシュアを愛しています」


 私はユークリッド様の瞳をじっと見て言った。


「貴様っ! 諜報の任務を何だとーー、」


「よせ、カール」


 私に突っかかろうとした諜報部員をユークリッド様が片手で制す。


「確かに本来ならば潜入先の男に惚れるなどとは言語道断だ」


「……はい」


 冷たく、圧倒的な威圧感。


 それがユークリッド様独特のオーラ。


「だが、今回のばかりは怪我の功名だったな。それにしてもあの男、一晩で妙案を考え付いたものだ」


「ということは……?」


 私の胸に期待が宿った。


 私の感情を察したのか、ユークリッド様は一転してニコリと笑った。


「いっておいでアリシア。君が彼と幸せになることが我々の国の幸せにも繋がる」


「はいっ!」


 心に喜びが溢れた私は元気良く返事をした。


「君の新しい任務だよ」


「ありがとうございますっ!」


 ユークリッド様に一礼し私は走り出す。


 もちろん、ジョシュアの元へ。


「カトリーヌっ!」


「ジョシュアっ」


 そのまま私はジョシュアの胸に飛び込んだ。


 ぎゅうっとお互いに力を込めて抱き合う。


「ありがとう、ジョシュア」


「僕の方こそ来てくれてありがとう。カトリーヌ。いや、アリシア」


「ふふ。カトリーヌでいいわよ」


「そうかい?」


 だって、あなたが愛してくれた私はカトリーヌだったのだから。


「じゃあ、カトリーヌ。今日からまたよろしくね」


「ええ。よろしくお願いします。王子様」


 こうして私のスパイ活動は幕を閉じた。


 待っていたのはこの上ない幸福だった。


 だから、私はこの幸福を大切にしていこうと思う。


 恋しくて愛おしい、大好きな人と一緒に。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


スパイが敵国の王子に恋してしまうというシチュエーションから発想して書き出したのですが、どうしてもハッピーエンドにしたくなり最後は少し強引だったかもしれませんね……笑


もしよければ評価等していただけると嬉しいです。

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