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よいこのための、さいゆうき  &  西遊記の現代科学  作者: 何十億人か目の西遊記ファン
19/21

甘露水を使った再生技術(西遊記第26回から)

「西遊記の現代科学」の続きです。他の話を旧自サイト閉鎖に伴ってこちらに移動させた機会に、新規に書いた分です。


西遊記の生成過程の伝統に従って(旧自サイトでも宣言したように)著作権を放棄します。(原作者を騙らない限り)改変・再使用はご自由にどうぞ。

 観音様が持つ浄瓶の中には特別な液体があり、その名を甘露水という。第42回では妖怪の起こす特別な火の延焼防止に間接的に役立たせているようだが、第26回では、もっと直接的な使い方がされている。ずばり、水分を失ってしまった倒木の再生だ。

 第24回から第25回にかけて、悟空は蟠桃園の仙桃の下界版ともいえる特別な果樹「人参果」を巡って、その管理人の初代仙人の一人「鎮元子」ともめ事を起こす。その際には変身術の最新版「代わり身の術」を披露したりもするのだが、最終的には人参果の木を再生すべく奔走することで合意を得る。

 その際、鎮元子は、慰謝料無しの原状回復のみで悟空を許すばかりか、回復できたら義兄弟になると約束し、心の広さを見せつける。復讐に喝采をあげる現代人も見習うべきかもしれない。そんな意気に悟空が感銘するのも当然で、回復手段を探すべく仙界を巡り、そのまま仙界観光名所巡りという読者サービスを悟空が行なう。そして最終的にお決まりの観音様にたどり着いて、甘露水の登場となるのである。

 では、この甘露水とは、どういうものだろうか?


 第26回では、樹木を復活させる栄養液して使われている。第42回での使い方も合わさって、名前とは裏腹に、飲み水でないことは確かだろう。五行(金属、木、土、火、水)を嫌うという性質もまた、飲み水でないことを示している。五行はいずれも化学反応(腐食を含む)を促す性質を持っているからだ。それが甘露水の繊細な性質を損なってしまうのだろう。

 当然ながら容器とて金属の器も木の器も使えない。可能なのは「玉」(厳密にはヒスイなどの宝石のことだが、景徳鎮のような高級な陶磁器を含めることもある)だけだ。

 このあたり、腐食やイオン化など化学反応を起こさない容器を使えという、現代の化学・生物実験で当たり前の常識を語っているに過ぎない。その意味では、現代の乳鉢や試験管・フラスコも甘露水の容器として使えそうで、その材料たるガラスやセラミックも玉の一種と言えるだろう。

 ただし時代は唐代であり、多少の化学反応には大目を見ていたはずだ。そんな時代に、そこまで取り扱いに注意しなければならないのは、甘露水が極めて速い化学反応を起こす性質を持っていることを示唆する。速い化学反応による急回復は「根が乾燥して表面が割れ始めた」ような倒木の再生には確かに有効だろう。

 

 ただし、ここまで派手に倒れ何日も経った倒木を、ほぼ完全な形で再生させるのは現代でも容易ではない。となれば、甘露水単体の力では完全再生に至らなかった可能性もある。いや、むしろそちらが真相ではあるまいか。

 それを補う手法として『根接ぎ』がある。接ぎ木の根っこ版である根接ぎは、老木の再生で使われる手法で、その名のとおり、根を一本一本若木の根に接いで行くのである。日本でも本巣市の淡墨桜を238カ所の根接ぎで枯死直前から復活させた。

 問題は人参果の樹で根接ぎが可能かどうかだ。

 

 人参果はこの世に1本しか無いと記述されており、枝変わり(果物だと柑橘類で良く起こる)で生まれたことを示唆している。枝変わりで出来た新しい果物は、接ぎ木で増やすのが常套で、その際に使われるのが、枝変わり前の果樹(の子孫)だ。となれば人参果の樹でも、接ぎ木は試された筈だ。しかし、それは行なわれなかったか失敗したかのどちらかだろう。さもくば樹の数が増えているはずだからだ。

 人参果の特殊性を考慮すれば後者だろう。接ぎ木だと、枯死したり、台木である若木の形質が枝をも支配して人参果の特殊な性質が完全には残らない可能性が高い上、そもそも枝変わり前の果樹の子孫が残っていなかったら接ぎ木用の若木を準備することができないのである。人参果の長い寿命(人類発生より遥か昔)を考えると、枝変わり前の果樹は別方向(例えば桃とか)に進化しすぎてしまった筈だからだ。

 ともあれ増産型の接ぎ木は行なわれなかった。接ぎ木が無理なら根接ぎも難しい筈だ。しかも根接ぎは接ぎ木より技術的に困難が多い。


 そこで甘露水の登場となる。

 もしも、甘露水にクローンを作る能力まで備わっていたとしたら、地面の中に残った根を先に再生させて、それに樹木本体を根接ぎさせることも出来よう。

 今でこそ普通に行なわれる植物クローン培養だが、それを根接ぎと組み合わせて、名木の若返りを行なうという発想は、まだ一般的ではない。悟空一行は、そういう現代技術を甘露水という形で1000年以上も前に実現していたのではあるまいか。

 この場合、樹は純粋な若返りを得る。それならば、鎮元子が悟空と義兄弟になるほど喜んだとしても不思議はない。


 話はこれで終わらない。甘露水を使用した根接ぎ若返りが真相だとすると、とんでもない裏が見えて来るからだ。

 人参果が倒れたのは、悟空が力ずくで倒したというより、寿命が尽きて悟空の力はその後押しをしただけではないか?

 そもそも、この土地は鉄のように硬く、如意棒で叩いてもはね返るだけだ。そこに根を張っている樹が「根こそぎ倒れる」はずがない。樹を押し倒したのなら、根元から折れるのが普通だからだ。ということは、根の先端が根腐れを起こしかけていて、その部分だけが切れて倒れたと考える方が自然だ。その場合、見た目は「根こそぎ倒れた」ように見える。

 不自然といえば、1万年に30個しか実らないという実が、悟空達が来た時にたまたま28個も残っているというのもそうだ。しかし、持ち主の鎮元子が根腐れを知っていたなら「緊急用に残しておく」という判断で手を付けなかったのも頷ける。

 最後に、敢えて鎮元子が悟空達の来る日に留守にしたというのも、わざとらしい。

 「初代仙人」ほどの長生きなら、観音様の甘露水クローン溶液のことを知っていておかしくないし、観音様が頼みを断れないように、悟空達に倒木の責任を押し付ける作戦を練っていても不思議はないのである。だからこそ、留守にもかかわらず、三蔵法師にだけ人参果を振る舞ったのではあるまいか。

 人参果の逸話には、もしかしたらそういう裏があるのかも知れない。


written 2020-9-15

2020-9-20 言い回し訂正

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