菩薩達に気絶させられた八戒(西遊記第23回から)
「西遊記の現代科学」の続きです。他の話を旧自サイト閉鎖に伴ってこちらに移動させた機会に、新規に書いた分です。
西遊記の生成過程の伝統に従って(旧自サイトでも宣言したように)著作権を放棄します。(原作者を騙らない限り)改変・再使用はご自由にどうぞ。
第23回は「美女に化けて相手を騙して、変な気を持った者だけに痛い目にあわせる」という、狐狸系怪奇小説では定番の話である。具体的には、美女を囮に相手の判断を狂わせて拘束する、という、誘拐系の犯罪小説で良く出て来る内容だ。狐狸の代わりに3人の菩薩達が若い娘に化けるところが「狐狸が美女に化けて」に相当する。
なんのことはない、日本でコスプレがサブカルチャーとして確立するより千年も先だって、中国でコスプレは行なわれていたのである。
このような騙りを三蔵一行に対して行なったら、結果は日の目を見るより明らかだ。そう、八戒だけがひっかかった。
騙された八戒は、娘達の作ったシャツを着た途端に意識が遠くなり、気付いたら縄でしばられていた。常識的に考えれば、「母親役」の老獪な女仙が、婿になると立候補した「欲に負けた修行者=八戒」の飲食物に幻覚剤だか睡眠薬だかを混ぜたと考えるのが自然だろう。
蛇足ながら、この女装作戦に観音様が他の2人の菩薩を誘ったのは、相手が三蔵一行という「気恥ずかしい」身内で、「コスプレ=コミケや忘年会などのイベント専用」というのと同じく「赤信号、皆で渡れば怖くない」という心理が働いていそうだ。菩薩様は如来様と異なり完全には悟りきっていない人間臭さを持っていたというわけだ。
尤も、菩薩達が化けた若い娘達の姿を見たのは八戒だけで、三蔵一行に会ったのは、娘達の母親で後家という設定の某女仙だ。この女仙は3人の菩薩達と共演するだけあって、口の上手い老獪な女仙で、更にこの女の娘なら美女だろうと思わせる色香をも醸し出す。そうして三蔵一行に還俗を勧めたのである。
八戒にしか見られないのなら気合いのあった女装なんでバカバカしくて出来ないだろうが、にもかかわらず、第23回では、極めて高い完成度の「美女」装を複数の菩薩達が行なったと記録されている。唐代でも(実際には元代の技術だが)化粧の技術や着衣の技術がそのくらい高かったことを示唆している。
その一方で変声の技術は足りなかったと思われる。というのも発言するのは「母親役」の女仙だけで、3人の女装(?)菩薩は一言も喋っていないからだ。そこからバレるのを怖れたのではあるまいか。
声は現代でも「声紋」として個性があり、これを消すのは難しい。第18回で悟空が豪農の娘の声真似をしているが、この時は声だけに専念できる暗闇という場所だったから可能だった。
第18回と第23回の逸話から、すでに西遊記の時代に、変声の技術の難しさ(女装と同時にこなすのは菩薩や悟空ですら困難)はわかっていたということだろう。視覚的な変装グッズは技術の発展に伴ってよりリアルになりつつあるが、聴覚はそう簡単にはいかないようだ。もちろん嗅覚も同様に困難だろう。
目を閉じて声と臭いだけで相手の真の姿を見極める。この偽物判定法には確かな理由があるようだ。
ともかくも、八戒は美人局型誘惑に負けて、何らかの理由で気を失い、いつの間にか木に縛り付けられていた。その「なんらかの理由」として薬物の使用が常識的だと上述したが、実は他にも気を失わせる方法がある。それは締め落としだ。
同様のトリックは第50回でもあり、「落とし物」の防寒チョッキを試着した八戒と悟浄が絞められて身動きが取れなくなっている。つまり着用後に自動的に締め付ける衣類だということだ。そして第23回では、それが首の回りの頸動脈だけを締め、第50回では胴体を締めたと思われる。
ゴム製品と石油製品の発明以来、収縮性のある素材は増え続けている。それは便利だからだ。紐やボタンを使わなくても勝手に体に合うサイズに収縮してくれるような服は、ある種の「夢の製品」だ。
極端な例では、中世のコルセットは他人の手を借りないと脱着できなかったし、それは全身型の競泳着も同様だ。そういう手間が省けるのである。日常レベルでも、勝手にフィットする素材は需要が高く、例えばスポーツ製品には脱着が簡単で、それでいてずれない素材が求められる。
そういう自動調節機能が、体温や皮膚呼吸などに反応して行なわれるような素材が将来開発される可能性は結構高い。西遊記では、その試製品が披露されたのではあるまいか。とすれば、八戒用の気絶肌着を作った菩薩様達は、確かに新技術に挑戦していたのであろう。
西遊記の指し示す夢の素材は、人類の挑戦目標でもある。
馬鹿馬鹿しい「気絶の理由」もある。それは菩薩達の女装が余りに醜くて気絶したというものだ。現代でも、あり得る話ではあるまいか?
西遊記の記述では完成度が高くとも、記録は記録であって、正しいとは限らない。もしも観音様や観音様信者の検定が入っていたなら、というかその可能性は大いにあるが、改ざんまではいかなくとも修正ぐらいはされたと思われるからだ。こちらも、現代でもありそうな話ではある。
written 2020-9-17
2020-9-20: 言い回しだけの修正です




