仙丹の質量(西遊記第17回から)
「西遊記の現代科学」の続きです。他の話を旧自サイト閉鎖に伴ってこちらに移動させた機会に、新規に書いた分です。
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悟空が三蔵と合流したあとの最初の本格的な敵は第17回の黒熊の妖怪(という名の仙人)だ。この黒熊は、疲れたり飽きたりしたら直ぐに根城に引きこもる。寺の坊主と親しく、住民にあまり被害を与えていないところはまさに仙人だが、火事場泥棒で袈裟を盗むのは昔の悟空同様の妖怪である。いや、耳障りの良い「仙人」という称号持ちの方が妖怪よりも盗みをするのかも知れないが、そのあたりは政治の問題で理系の科学とは関係ない。
根城に籠られて困った悟空は、何度か偶然によるチャンスをフイにした挙げ句、仙丹に化けることになった。それを黒熊に飲み込ませるのは観音様の役目だ。
西遊記によれば、雀より小さな対象、しかも無機質な超小型「物質」に化けたのはこれが初めてだ。そして、この時の成功以来、悟空はハエ等に化けることが増えるのである。
500年前に尻尾の処理に失敗して二郎真君に見破られた時とは大違いだ。あの頃は「手、足、歯、目、尻尾の体の部位」に対応する形にしか化けられなかった。さすが「石箱に500年」は馬鹿にならない。
ここで問題点が一つある。それは黒熊の妖怪(黒熊仙?)が、悟空の化けた仙丹をつまんで、仙丹だと認識した点だ。
いかに変化術が優れていようとも質量保存の法則に逆らえないことは、悟空のニコ毛の化けた小悟空が、簡単に吹き飛ばされる軽さしか持たないことからも示される。となれば、仙丹は悟空+金箍如意棒と体重と同じ質量を持っているはずなのである。
もちろん、悟空は仙人だから体重を失っている可能性はある。しかし、悟空は如意棒とセットであり、その如意棒は極めて重い。しかも仙丹は非常にコンパクトで浮力の効果はありえない。従って、黒熊仙は非常に重い仙丹を受け取ったことになる。にもかかわらず悟空はバレていない。
熊は力持ちだから、普通の丸薬だろうが重い偽仙丹だろうが同じに感じるのかも知れない。あるいは仙丹なら重くても不思議はないと思っているのかも知れない。
だが、仙丹を乗せたお盆も変形しておらず、2つの仙丹のうちの1つが非常に軽いことからくる盆のバランスの不安定さ西遊記には記述が無い。普通に考えれば、実際に軽くなったと考えるのが自然だろう。
そこから導きだされるのは、悟空が反重力技術を手に入れたということだ。
重力を司る重力子がどのようなモノであるかは、筆者の理解に及ばない。しかし、一般的な素粒子と力の関係から類推するに、全ての方向に対して対照的な重力に対応して、重力子も対照的に放出されているものと考えられる。そして素粒子である以上、干渉もできるはずだ。
例えば重力子の対称性を崩したり(例えば一歩方向にしか放出しないようにする)、あるいは粒子軌道の直線性をねじ曲げるようなことが出来れば、重力は非対称な力となり、実質的な反重力を得るだろう。
メカニズムはともかく、重力が素粒子として説明できるなら、悟空が重力子への干渉能力を得て反重力を実践できるようになった可能性は否定できない。悟空の仙丹は確かにオリジナルの仙丹並みに軽くなったのだ。
反重力技術の獲得は、この後、悟空が好んでハエに化けていることからも想像できる。ハエが空を飛べるのは羽があるだけでなくハエ本体が軽いからだ。その部分を悟空の反重力技術で補えば、悟空バエも普通のハエと遜色無く飛べるはずである。
ちなみに、もしも一般相対論の要求する重力質量と慣性質量の同一性が、反重力の得た物質に対しても成り立つなら、加速もしやすい方向としにくい方向に別れることが予想される。悟空の機動性がますます上がるというわけだ。
実はその実践が第16回にある。天上界南天門への一瞬ともいえる移動だ。觔斗雲の能力の考察によれば(第2回、第7回)、その元々の加速能力は地球一周の弾道弾ミサイル程度だ。北極圏上空にあると思われる天上界南天門まで往復していては放火された火が広がってしまう。しかし、重力を操れるとなると、それこそ一瞬で亜光速まで加速減速できるのだ。亜光速でなくとも太陽風の速度ですら数秒で天上界南天門に到達するわけで、この能力を500年の石室生活で得たからこそ、第16回では火除け傘戦法をとったと思われるのである。
これらの総合すると、悟空は確かに反重力という名の、慣性質量を操る技術を獲得し、それを金箍如意棒に応用することが出来るようになったようだ。ただし、それでも第22回で供述するように、三蔵法師をキント雲で運ぶことは未だにできず、こればっかりはお釈迦様でもできない節がある。普通の人間への応用はかなり困難と見て良い。
西遊記の技術が次々に実現している現実をみれば、反重力装置も作製可能かもしれない。だが、実感はまず始めに非生物で始めるべきだろう。
written 2020-9-6




