火除け傘の防火力(西遊記第16回から)
「西遊記の現代科学」の続きです。他の話を旧自サイト閉鎖に伴ってこちらに移動させた機会に、新規に書いた分です。
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西遊記では如意棒のような神器以外にも、宝具とでも言うべき珍しい道具がいろいろ披露される。その一つに第16回に出て来る火除け傘がある。竹取物語に出て来る火鼠の皮衣(詐欺師の収入源で、検証能力に欠く阿倍右大臣が偽物をつかまされて恥をかいた)との関係は不明だが、ともかく、この手の防火繊維・防火膜は現代はもとより近代から一般に知られている。例えば石綿がそうだ。今ではその発がん性ゆえに使われなくなったが、半世紀前までは当たり前のようにどこでも使われていた。
もっとも実際の火事で、避難用の防具としてどこまで有用かは、現代では疑問視されている。というのも人々が避難に遅れる最大の理由は、現代においては直火(直接的な火傷)よりも煙が原因で、それに気温(熱中症)による運動能力の低下が加わる。
建物のすきま風の多い木造建築で、石油製品の無かった千数百年前ですら、木から出るタール性のガスは避難を妨げる。今ほどでないにせよ、煙は危険だった筈だ。
そういう煙の危険性が一般に知られるようになったのは、近年の20世紀後半の近年に過ぎないが、どの時代にも気付いていた者はいるのである。
実際、西遊記も火より煙の危険性を当時の読者に訴えている。たとえば、第41回(悟空の唯一の仮死イベント)や第70回(有毒ガスの存在の説明)で、煙という武器が非常に重要な難関として表現されている。
特に悟空は、八卦炉の中で49日間修行したときに「煙の方が怖い」という真理に到達した。炉という煙が充満する環境ゆえに、風上にもかかわらず、ずっと煙に悩まされて、煙に体する免疫反応が過敏になったためと第7回に説明されている。そのお陰で、煙の危険性を識ったのだから、さすが、仙丹の作る八卦炉と言えよう。
そんな悟空が、三蔵法師の寝ている建物(禅堂)への放火を探知して、煙の危険性に気付かないはずがない。この回では三蔵法師の持つ袈裟に目のくらんだ長老(270歳とあるが、水星=泥棒星の公転周期88日で一年を定義おり、地球歴だと65歳となる))が、智謀の名前を持つ弟子達(広智と広謀)の案を取り入れて三蔵法師達を焼き殺そうとする。確かに水星に相応しい長老だが、そのために立派な建物を燃やすというのは一種の数奇者ともいえよう。もっとも、昔は建物より高級衣料に価値を見いだすことが往々にあったので、どこまで数奇者なのかは意見のわかれるところだろう。
ともあれ、悟空は放火を察知した。そして、放火犯一味を探したり水で消火する前に、火からの避難を優先させた。これは現代でも当然の判断だ。ただし、避難方法が普通でないのである。
代わりに火除け傘を借りた。それで、火を防ぐだけでなく、煙や熱をも防げると判断したからだ。
煙や熱を防ぐには火鼠の皮衣(竹取物語)では無理だ。というのも三蔵法師の体だけを覆った所で呼吸に影響が出るのは間違いないからだ。どんな耐火素材の服を着ていようとも、火事のど真ん中におかれたのでは熱と呼吸困難で最低でも重体となる。
一方、火除け傘は建物全体を覆う。不幸にして西遊記原本に不備があり、そのまま和訳したのでは「三蔵法師と荷物を覆った」という表現になるが(現に平凡社の太田・鳥居訳も、岩波文庫初版の小野訳も、この部分に脚注がない)、三蔵と同時に白馬をも覆っていることになり、建物の外にいる白馬と建物の中の三蔵を「1本の傘」で同時に覆うには建物ごと覆うしかない。しかも悟空は別の建物(袈裟が置いてあった方丈)を守るべく、そちらの屋根に陣取っていたのに、翌朝、三蔵の泊まっていた建物(禅堂)は無事だったことからも、建物全体を覆う傘だったことがわかる。宇宙飛行士帰還用の落下傘のサイズぐらいはゆうにあったのだろう。そのくらい大きい防火傘なら宝具と見なされても不思議はない。
悟空の取った防火方法は、防火壁と同じであり、現代でも通用する。ただしこの方法では煙は防げないから、悟空は風を起こす術を使って風向きを変えたのである。結果的に放火犯一味の住む建物の方に延焼して、あたかもこの復讐が目的で風を起こしたかのように誤解されているが、真相は煙対策のおまけというところではあるまいか。
ちなみに、この逸話は、俗に「智謀」と呼ばれているような連中は、実は気圧配置の変動による風向きの変化の可能性を考慮するような「自然科学的視点」を持たないという教訓も伝えている。風向きの変化の予測は、大陸性の季節風(冬の低気圧通過後にやっくるやつ)以外は、きちんと緻密な気象観測を行なわないと、誤差が非常に大きくなるものだ。昔あちこちであった野焼きは、山火事になることもあったが、これも風向き予想・風力予報に失敗したからだ。
赤壁の戦いは風向きが全てだった。地の利で、天気予報に成功し、かつそれの秘匿に成功した。西遊記はその後の時代の話だから、風向きの重要さは既に知り渡っていたと思われる。
written 2020-9-12




