烏は豚より頭が良い(西遊記第19回から)
「西遊記の現代科学」の続きです。他の話を旧自サイト閉鎖に伴ってこちらに移動させた機会に、新規に書いた分です。
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カラスが頭の良い動物であることは昔から知られている。鳥頭(鶏やアヒルのことだが)という言葉に代表される鳥類に比べて頭が良いのはもちろんのこと、動物の中では鳥類に並んで思考力が高いと信じられている哺乳類に比べても遜色はない。更に個体としての頭の良さと、集団としての生存戦略の頭の良さを両立させている点も、集団戦略に振り切って個が無視されるアリ・ハチよりも、個が強すぎる故に集団としての生存戦略がおろそかになって絶滅の危惧を迎えかねない大型猛獣よりも賢いとさえ言える、
ではどのくらい頭が良いか?
まず、魚類を代表とする海棲動物よりは頭が良いだろう。もしかしたら、というよりほぼ確実にイルカ・クジラより頭が良い。イルカ教の原理主義的信者からは異論が出るだろうが、イルカを海の食料と捉えていた昔の東洋人にとって、そのような感傷は無く、単に群れで湾にはまり込んで打ち上げられて死んでしまう馬鹿さ加減がカラスにないという理由でカラスに負けるのである。
少なくとも西遊記はその路線だ。イルカの妖怪(仙人)は出て来ないが、カラスのほうは般若心経をマスターした烏巣禅師が第19回に出て来る。食用として狩られる心配がない癖に頭の良いカラスは別格だったと思われる。
ちなみに本邦では烏天狗もいるが、普通天狗と言えば、移動は飛行ではなく枝渡りであって、サルが修行を積んで尻尾が縮み代わりに鼻が高くなったと考える方が自然かもしれない。
第19回に出て来る烏巣禅師は予言も残しているが、これは烏の偵察能力を使って、西の方100km以内の事情を知っていれば予想可能だ。それを予言風に言い直し、かつてその予言に八戒と悟空の悪口を入れているところが、この烏の頭の良さを示しており、カルトの教祖になる素質を十分に持っている。
これに対し、即座に反応できたのは悟空のみであり、八戒は気付かなかった。このことから、少なくともカラスはブタより単体ですら頭が良いことを示唆している。カラスとサルの知恵比べは勝負無しで不明だ。
これは何となく頷ける結果ではあるまいか。
だが、八戒が烏巣禅師より馬鹿だということは、単にブタとカラスの比較に終わらない。というのも、八戒は、元々は天上界で天の川十万軍を指揮する元帥だったからだ。そして、その記憶と腕力を保持したまま下界でブタに生まれ変わったからだ。
西遊記に出て来る妖怪・仙人で天上界出身の者には2種類あり、天上界から追放された者と、俗気(好奇心の別名で天上界の住民にのみ当てはまる)を出して下界にやって来た者がいる。ただし、そのままの姿で下界にいくことは出来ない。
そのまま下界に転移する場合は、金角銀角のように妖怪の姿となる。三蔵一行だと沙悟浄がこれにあたり、天上界追放にあたって河童に姿を変えられた。
人間の姿を維持したい場合は、投胎という手法をつかう。これは封神演技で哪吒太子が使った方式で、後年の紅楼夢という中国版源氏物語(中国六大古典の5つめ)では主役もハーレムメンバーもことごとく天上界出身で、死後再び天上界に還るという設定になっている(もっとも、話の内容にこの設定は無関係だが)。
これら転移と転生の概念自体は近年流行の異世界ものでも真似られているが、その内実はかなりの開きがある。異世界転移の多くが、現代人の姿を維持し、転生となると容姿も能力も現世より高くなるというのは、天上界から下界に下りる(異世界ものと同じく生活レベルが下がる)場合より遥かに優遇されているのである。それが人間の欲望と言うやつなのかもしれない。
ともあれ、投胎型の代表が八戒だ。
転生の一般ルールとして、動物への転生では前世を覚えているが、人への投胎の場合、前世(天上界)での具体的記憶は消え、魂に残った(という言い方だが、じつはDNAに刻まれた)性質・資質のみが残る。八戒は豚に転生した代わ りに天上界での記憶と能力をそのまま引き継いだはずだ。
ということは、第19回の逸話は、カラスは10万の軍の元帥より頭が良いとさえ言っているのだろうか。
確かに集団維持ということに欠けて、カラスはどの群れも失敗しないが、元帥には失敗者も少なからずいる。もちろん軍全体の保持に成功する者が過半だが、「一将功成りて万骨枯る」ような、集団維持より自己を優先する者もいるし、中には玉砕を求める者すらいる。そういう視点では確かにカラスのほうが頭が良いのかも知れない。
もっとも、19回の逸話は八戒だけが例外であることを示唆している可能性もある。
この豚は、うっかり者でトラブルメーカーで、時に(現代用語で言う)「ヘイトを稼ぐ」が、八戒がいるからこそ物語が面白くなるわけだし、諧謔が上手いという美点や、高潔な三蔵一行の中で唯一世俗的な生を謳歌している庶民っぽさもあって憎めない。なにより、天上界を追放になった際に、人に生まれ変われる筈の投胎を選んだのに、間違って豚(猪)に投胎してしまった間抜けさが、八戒の馬鹿さ加減からくるトラブルを許させてしまう。
元帥の筈なのに馬鹿なのか、元帥だから馬鹿なのか、単に八戒だからか、カラスの視点による判断を考えてみるのも一興かも知れない。
written 2020-9-13




