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Episode ein.碑の前で

三人目のヒロイン登場

 黄昏歴1675年 05月12日

    フライハイト本土 ノルデンハーフェン






 目を覚ました翌日に無事退院した僕は、寮に帰る前に寄り道をする事にした。どうせ明日からは仕事がたんまり舞い込んで来るだろうから、時間がある今日の内に行きたい所へ行っておかなきゃならないのだ。書類嫌い。お仕事面倒臭い。


「まぁそう言うな。運命だと思って諦めろ」

「この道に引きずり込んだエーデに言われると、腹が立つんですけど」

「引きずり込んで居なかったら一生幽閉だったがな」

「わーいありがとうございまーす」


 付き添いの為に私服で付いて来たレーダー提督(エーデ)と軽口を交わしながら、手に抱える花束を抱え直す。白に近い淡い色で統一された花の頭が、振動に合わせてふわふわと揺れた。


 現在僕達がいるのは、ノルデンハーフェンの郊外にある丘の中腹だ。広大な大洋を望む絶景スポットを、美女と一緒にのんびりハイキングしている最中である。いや、それは目的じゃないけどさ。


「それにしても、だ」


 脳内で必死に言い訳をしていると、レーダー提督がニヤニヤと笑いながら僕の方を見て来た。


「カイト、中々面白い演説をしたそうじゃないか」

「…………」


 僕はついーと視線を横へ向けた。北の空に浮かぶ太陽がやけに暑く感じる。まるで目の前で焚火をされているかのようだ。


「エリカが恍惚としていたぞ。素晴らしい演説だった。自分も何時か、あんな風に導けるようになりたいとな」

「……すみません、顔が爆発しそうなんで勘弁してもらっていいですか」


 面白そうに話すレーダー提督に頼み込むと、彼女は一層笑みを深くして「仕方ないな」と言った。代わりに今度、美味しいご飯を奢らなきゃいけなくなったけど、既に黒歴史と化しているあの演説に関する事を聞かされるよりマシだ。


 というかマンシュタイン少尉。君はそれで良いのか。絶対に恥ずかしくなるんだぞ。良いのか。僕よりも父を見習いなさい、父を。


 そんなこんなで談笑しつつ歩く事十数分。僕達は丘の天辺のすぐ手前にある、柵に囲まれた敷地へと足を踏み入れた。綺麗に磨かれた白い石が規則正しく並び立つそこは、死んでいった人々が存在していたという証を残す場所――墓地だ。


「此処に来るのも、久し振りだな」

「そうですね……」


 墓地の中を並んで歩きながら、ゆっくりと周囲に顔を巡らせる。どの墓も汚れ一つなく、秋の美しい花々に囲まれて静かに佇んでいる。少し不謹慎かもしれないけど、思わずほぅと溜め息を漏らしてしまうほどには、この墓場は美しく手入れされている。


 まるで楽園のような墓地の中で目指すのは、大分奥まった場所に寂しく立っている、美しく色付いた紅葉の木――それが生み出す木陰に佇む、一際大きな墓。所謂慰霊碑に近しい物で、敵味方問わず戦争で命を落とした人々が纏めて鎮められている碑だ。


 戦場では、隣で戦う戦友の名前や素性が分からないという事例が結構ある。名も知らぬ戦友が跡形もなく吹き飛ぶのも、決して珍しい事ではない。砲撃や魔法、敵の突撃。ありとあらゆる状況でそれは起こり得る。


 そんな時、生き残った者はどうやって名も知らぬ友へ哀悼を捧げるのか――その答えの一つが、どの墓地にも必ず一つはあるこの碑だった。


 とはいえ、その碑の下を訪れる人は少ない。一般市民が名も知らぬ軍人達に哀悼を捧げる事は滅多になく、精々がセレモニーか何かで祈るくらい。軍人達は墓参りに時間を費やすよりも、娯楽に費やす方が多いからだ。


 しかし珍しい事に、今日は碑の前に先客がいた。


 ミディアムショートに低めのロングポニーテールが混ざったような、よく分からない型をしている爽やかな水色の髪が印象的な少女は、碑の前で静かに祈りを捧げていた。鮮やかな紅や黄色に包まれて、得も言われぬ神聖さを醸し出している。


 僕達も静かにその少女の横に並び、花束を供えて祈りを捧げる。戦火に消えて行った人達――僕の采配ミスの所為で水底へ沈む事になった人達が、せめてもの安らぎを得られるように。


 胸に手を当てて、静かに祈り続けた。






 暫くして、肩に置かれた温かな手の感触を感じた僕はそっと目を開けた。顔を向けて見れば、優しげな表情を浮かべたレーダー提督の人差し指が頬に食い込む。若い子が友人や恋人によくやる悪戯だ。


「何するんですか」

「なに。熱心に祈って心までも向こうに行きかけていたからな。呼び戻しただけだ」

「行きませんよ。彼女達を置いて行ける訳ないじゃないですか」

「そうだな。お前はそういう奴だ」


 レーダー提督の冗談にそう返すと、彼女はクスクスと笑い声を漏らした。何だか心の内を見抜かれているようで恥ずかしい。僕はこほんと咳払いをしてから、何時ものようにパイプと生香を取り出して口に咥えた。


「珍しい」


 ふと聞こえて来た声の方に顔を巡らせれば、僕達よりも先に碑へ祈っていた少女が首を傾げて僕を見ていた。一瞬何が珍しいのかと疑問符が浮かんだけど、すぐにこの生香がそれである事に気付く。そういえばこれは森人が好む嗜好品であって、他の種族には受けが悪いんだった。


「それ、不味くないの」

「僕は美味しいと感じますよ」

「そう。おかしな人」


 僕が答えると、少女はそう言って眠たそうな目を逸らす。まぁ、一般的な感性で見れば、森人でもないのに生香を好む僕はおかしな人に見えるだろう。好きになれない人はとことん嫌いになる、そんな香りがするからね。


 他の物に例えるなら、煙草や酒が近いだろうか。その二つと違う所は、特に体を害するような成分が存在しない所だ。ただ、乱用すると一時的な無気力状態になったりするらしいけど。体よりも、精神の方に与える影響が大きいのだ。


 ……ふと考えると、それに頼るようにして仕事をしている僕はどれだけ興奮しやすいんだろう。短気な上司とか、一番嫌われる奴じゃないか……?


「あなた達も、誰かを弔いに来たの」


 こっそりとへこんでいると、水色の少女が再び問い掛けて来る。それに頷いて見せると、彼女は「そう」とだけ言って碑の方へ目を向けた。その目に深い憂いが見て取れたのは、決して気のせいではないと思う。


 戦争は残酷だ。戦いが起きれば沢山の軍人が死ぬ。占領されれば、多くの人々が圧政に苦しむ。敗北すれば、どんなに理不尽でも勝者の言い分を無理矢理呑まされる。その勝者だって、決して無傷で終われる訳じゃない。潤うのは一部の者だけで、他の人々に残されるのは荒んだ心と貧困だけだ。


 幸いと言うべきか、フライハイトは海に守られているおかげで人々に目立った被害は出ていない。経済だってしっかりと巡っていて、戦争が原因の貧困に喘ぐ者も殆どいない。だけど、こうして悲しむ人や身内を失った人は多くいる。


「……早く、終わらせないと」

「あぁ。そうだな」


 ぽつりと呟いた独り言に、レーダー提督が言葉を重ねる。振り向くと、レーダー提督も少女と同じような目で碑に刻まれた文字をジッと見詰めていた。


Ruhe(ルーエ) in(イン) Frieden(フリーデン)


 安らかに眠れ。その一文を読み上げると同時に吹いた風が、美しい葉を紙吹雪のように散らす。少しばかり冷たさを増したそれが治まってから、僕はレーダー提督に声を掛けた。


「そろそろ戻りましょうか。この前に良いお店の話を聞いたので、昼食でも食べに行きませんか?」

「そうだな、そうしよう」


 僕の提案にこくりと頷いたレーダー提督は、くるりと踵を返そうとして、ふと顔を少女の方へ向けた。


「貴女も……あー、名前を教えてくれるか?」

「ヘレーネ」

「ありがとう。何かの縁だ、ヘレーネも一緒に食事に行かないか?」

「……ありがたいけど、遠慮しておく」


 ヘレーネと名乗った少女は、一瞬だけ悩む素振りを見せてから首を横に振った。流石に見知らぬ男女と食事を共にするのは嫌だったみたいだ。


「そうか。ではまたの機会にな」

「帰る時は気を付けて下さいね」


 別れを告げて軽く手を振りつつ、碑を後にする。墓地から出るまで、ヘレーネは僕達にずっと視線を注いでいたようだった。






 ちなみに、レーダー提督との二人きりでのお食事が邪魔されなくてホッとしたのは内緒だ。






---







「……仮面提督……カイト・グデーリアン」

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