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岩にせかるる  作者:
8/15

他者の見解

周が急に外出するようになった理由は他にもありました。

12月24日あの夜の鼎の足跡を確かめようとしたのです。乗っていた自転車は坂道に置き去られていましたが、消息を絶ったのはもしや別の場所なのではないか。麓のバス停で友人を見送ったあとに鼎らしい気まぐれを起こして走り出したとしたら、およそ30分の中でなにが起こり得たか。これを確かめようともしていたのです。

入り組んだ路地が繋がり合う古町日置南では、バス通りを走らなければそう遠くへはゆけません。当時その大通りで鼎の姿を見た人はいませんから、移動は路地から路地を乗り継ぐものと考えられます。行き止まりも多い上に狭い道は自転車での移動に向いていません。たった30分ではそう遠くへは行けず、仮に事件に巻き込まれたのだとしたら、自転車を坂道に放置していく手間が加わって、その距離はより短いものになるでしょう。しかし、警察が路地沿いの家々で聞き込みを続けても、事件を思わせるような不審な物音を聞いた人は誰もいませんでした。第一、寒さ厳しくなる年の瀬の夜中に、財布も携帯電話も持たない軽装の少女がどこへゆこうというのでしょう。

「遠くへ行ってみたいなあ」

いつか友人にこう呟いてもいたようですが、それは家出のような短慮ではなくて、家族といっしょに、というささやかな願いを込めたものに違いありません。

日置南中を走り回るだけでなく、駅前での呼びかけやビラ配りをする周の姿はよく目につきます。この献身に感心を抱く人もいる一方で、警察では不自然なところを感じ取っているようでした。身内の不幸におそわれた傷心の人の顔に浮き出る陰は見る毎に薄くなり、口調や行動の端々は軽快さが取り戻されつうあるのです。失踪からようやく三ヶ月、胸を抉るような苦痛と馴れたにしてはあまりに早すぎます。

また、誘拐事件に備えて斎木梛家に詰めていた警察官は、

「父さんっ、かなえが、かなえが死んだっ!」

という言葉を耳にしています。直後に捜査体制を縮小する通達が県警本部から下り、噂ではそれを願ったのは失踪者の父 斎木梛 文武氏だというのです。不自然ではなく、不穏と思われても仕方がないのかもしれません。

斎木梛家の者なら、いまや霊と少々の魂となった鼎を見聞きでき、その死を否応なく理解しています。その霊魂を鎮めなくてはならない務めも。でも、他家から嫁いできた母 姫子はそうではありません。

「今もおまえのそばにいるよ」

こう言われても気が治まるわけもなく、あの日以来なにをどうしたらいいのかも分からないのです。花々芽吹き薫風誘う春を迎えながら喜びも楽しみも覚えず、哀しもうにも愛娘が生きているのを信じたければそれもできません。それなのに……鼎が自分の意志で姿を消したのか事件に巻き込まれたのかも分かっていないのに、早々に死んだと決めつけている息子と夫が、なにか人間ではないものに見えてくるのです。

「あなたたちには、悲しみなんて分からないんだわ」

悲しみを分かち合えない家族に向けて、いつだったか、こんなことを口走ってしまっていました。嫁ぐ前にそうした家系であることは何度も何度も聞かされていましたが、こんな形で思い知りたくはなかったでしょう。

「そばにいるなんて言ったって、わたしには分からない……ほんとうに鼎がそう言っているのかだってわたしには分からないっ。あなたたちはいいわよね、いつでもあの子の姿を見れて、声も聞けるんだもの……あたしだってあのころみたいにあの子と話がしたいわよっ」

「ーー人には、人それぞれの悲しみ方がある。姿が見れて声を聞けるからこその悲しみも」

文武が自分の悲しみをかみ殺してこのように諭しましたが、こんな言葉だけで胸のつかえが消えてなくなるはずもなく、それもまた正しいのでした。

はじめ枕だけがなかった鼎の布団からは、掛け布団も一枚ずつなくなってゆき、ついに敷き布団もなくなる日が近づいてきました。いまどき家族全員が同じ寝間に眠るというのも珍しいのですが、斎木梛家のあるお山は、いわゆる霊脈の通り道になっていて、強い霊力の持ち主が夢と現を行き来する眠りは常に危険を伴います。揃って眠るのは、互いが互いを感じ合って現世に引き留めるためなのです。そのうちの一人が突如いなくなってしまう影響は思う以上に大きく、少しずつ時間をかけて寝具をなくしてゆく代々のしきたりは、残された者たちに感情の整理をつけさせると共に心身を慣らしていくものなのでした。

そういう訳ですから、古来から斎木梛家が娶る相手は霊力がまったくない人間でなくてはならず、その人を命綱として頼み、そして敬ってきました。しかし、事件以来悲しみを深くし続ける姫子は、知らず知らず現世から常世へと近づいてしまっています。同じ寝間で休む周と文武をその道連れにして……。


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