院長経歴①
医療小説というものに挑戦しております。
拙い文章でございますが、何卒ご容赦ください。
葛尾 藤子。
いかにもエンドウ科植物の蔦と蔦がこんがらがり、もじゃもじゃしていそうな名前である。
この女性こそがこの物語の主人公でございます。どうぞお見知りおきを。
彼女の経歴はこうでございます。
高校卒業後、1年間予備校に通い、無事に第1希望であった【根ノ国医科大学】の医学部医学科に合格、同大学に入学いたしました。6年間、特に目立った成績を修めることはなかったものの、危なげなく医師国家試験に合格した。実にめでたいことでございます。
初期研修をどこで過ごすか考えた彼女は、大変青うございました。無謀にも、1日100台を超す救急車が患者を搬入する野戦病院を研修先に選んでしまったのでございます。マッチング時に「臨床力を身につけたい」と熱意溢れる素晴らしい医療倫理感を発揮いたしました。昨今の医療情勢では大変珍しい思考でした。
しかし、大学を卒業したばかりの彼女に、そんな戦場のような医療現場で臨床を熟していける効率性も、体力も、根気もございません。体育会系の愛好会に所属していたガタイの良い男達ですら、手を抜かねば倒れかねない多忙さでございます。6年間愛好会にも、バイトにも参加せず、ただただ友人たちと過ごしていた彼女が耐えられるはずはありません。ただひたすらに自己の現実と精神を分離し、日々、コンビニで買ったゼリーを吸いながら、ポケットマニュアルを眺め、休憩室のソファで仮眠をとる生活を送っていたのでございました。
そうこうしていますと、女性らしさはもちろん、もはや人間性すら火にくべて、医療の歯車の一部品のような感覚になり、自分の生命に対しての欲求もなく、ただただ研修医を熟すようになってしまいした。
彼女は、ある種の悟りを開いてしまったのでございます。やっていることや内容が密教の木食に近く、いつ入定してもおかしくなかった彼女にオカルティックなスイッチが入ってしまったのでございます。ある意味では到達してもおかしくなかったのかもしれません。本人の意図によらず、チャネリングができてしまうようになったのでございます。これが中世であれば「神の啓示を受けた」やらと宣っていたことでしょう。現代日本で生まれ育った彼女には、それはただただよくわからないスキル、世間的にみれば隠しておく恥部として感じられたのでございます。
その内容は、接した人間の不幸を極めて高い感度で予想できるといったもの。他人の不幸を感じながら生きていくなど、よほどの心の強さとねじ曲がり感がなければ、耐えれません。
しかし、そこは悟りに至りかけた彼女。医療に応用しようと考えたのでした。その結果、彼女は、担当患者の病状の悪化、急変を、内容も含め予知できるようになったのございました。
実に医学的でなく、エビデンスに基づかないものではございましたが、その予知の的中率があまりにも高いため、上級医やチーム医は、「どんなトリックがあるかは分からないが、彼女に診察をさせると、診療の方針の一助になる」と彼女を重宝したのでございました。
しかし、初期の予知はビジョンは見えるものの、それがどういった病態によるものなのか説明ができず、周りに伝えられないことが大半でございました。周囲は「何かが起きそうだが、何だ?」「どこの臓器か?肺か?肝か?管か?」「よくわからないなら調べて言語化しろ」と彼女の予知を受け取ろうと迫ったのでございます。それに応じるため、彼女も予知内容を図書室の専門書やpubmed検索で予習するようになり、遂には、しょぼレジだった彼女は、極めてできるレジデントとなって2年間の初期研修を終えれたのでした。
自身の2年間と人間性をオカルトと、それに紐づけた医学の研鑽に注ぎ込んだ彼女に待っていたのは、病院長と救急部の激しい勧誘でした。当初は、変な研修医がまぐれで病気を当てている、という評判でしたが、前期研修が終わる間際になった頃には、「予後を精確に予測できるチート女を逃がすな」と病院全体で勧誘が行わていたのでした。
ただ、この病院には誤算がありました。彼女を待っていたのが、彼らだけではありません。
初期研修終了後、つまりは入局前の結婚ラッシュも彼女を待ち構えていたのでした。
一緒に研修した同期達も、大学時代の知人達も、入局してからの教授へのお足代やお伺いに苦労する前に結婚してしまおうと、日取りを決めて結婚式を挙げるのでございます。毎週のように招待状が届き、結婚式に参加する移動代と宿泊代、理容室と貸衣装屋の予約と代金、包むお祝儀で、彼女は破産するのではないかと絶望しかけていたのでございます。祝儀を取り戻したくとも、仕事と自己研鑽に全てを投じていた彼女に相手はおらず、ただただ幸せそうな同期や知人達に拍手を送っていたのでございました。
「このままですと、私は、仕事と結婚して、病院に骨を埋めかねないわ」と彼女は結婚式の最中に口から自然と言葉が漏れ、己の行く末に気づいたのでございます。気づいてしまったのでございます。
囲みに入っていた救急部の勧誘を「このままでは!私は!結婚できなくなりますの!!」と断り、彼女は【根ノ国医科大学】の付属病院の小児科医局の扉を叩いたのでございました。流石の救急部も産婦人科と小児科を目指す者を遮ったりは致しません。後、行き遅れを恐れる女性を誘い、本当に行き遅れた時の責任を取ってあげる方法を持ち合わせていなかったのです。しかし、やはりチート予後予測は惜しいのでございます。「もし居心地が悪ければ、いつでも【聖ムエルテ病院】は君を迎えるよ。いつでも連絡してね」と伝えたのでございました。
彼女は学習しました。このチャネリング予後予測は、他者に伝えてはいけない、と。小児科入局後は、大学時代の印象を利用して穏やかに生きようと決意したのでございます。




