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第3話 アンダーグラウンド

 依頼主の自宅の地下から大量の白骨遺体が発見された件について、ヒストとノベルは、元の持ち主の娘である、とある聖職者に会うことになる。

 教会のシスターには、2種類がある。

 通常、貴族以外で魔力を持つ人間は教会に送られる。それは『浄化師』と呼ばれ、薬草の浄化や、歴史に触れた人間の『浄化』…つまりは処刑と同義だが、それの実行を行う。その中でも女性の浄化師は、悪意のある人間が浄化師を判別できることの無いよう、一般の女性聖職者とまとめて『シスター』と呼ばれていた。

「娘のほうが一般の聖職者なら、唯の父親の死体収集癖で済むが、」

 そう、ヒストは、後ろを歩くノベルを見ることなく話した。

「浄化師であれば、危険だ」

 その言葉に、ノベルは「何故ですか」と問おうとしたが、所有者にどの程度声を掛けるのが適切かノベルにはわからず、その疑問を口にすることは無かった。

 しかし、気配を察したのか、ヒストが振り返った。

「古い術に、死者蘇生に関するものがあったはずだ。あそこにあったのは遺骨だけだが、同様の研究をしていた可能性がある」

「…そんなことが、」

 ノベルの口から、言葉が漏れた。

 ヒストも、死体の蘇生ができるのだろうか。

 動揺するノベルに対し、「否、」とヒストは返した。

「これに関しては失敗している。つまりは、当時どんな崇高な術師が行っても、死体は死体でしかなかったという話だが…まあ、死体を使う術は腐るほどあるし、そのどれかかもしれないが」

 まあ全部旧暦の遺物だけどな、とヒストは呟いた。

「つまり問題は、これらの術自体が古く、本来であれば現代まで残っていないという点にある」

 ヒストが続ける。

「旧暦の術はまだ研究段階で、未完成だったり、危険を伴うものが殆どだ」

「…それなら自滅を待てばいいのでは?」

 そう疑問を発したノベルに、ヒストはくすくすと笑った。そして、ノベルの目を見て、また、口角を上げる。

「俺は学者だぜ」

 ぞっとした。

 これからこの男がしようとしていることは、自殺行為と同義だ。

 ヒストは既にノベルへの興味を失ったのか、正面を向いて歩いていた。ヒストに気づかれないよう、ノベルは、小さくため息を吐く。

 恐らくは、ジャックが以前依頼していたという6区の史学者ウィルも、この段階で教会に捕まったのだろう。

「…ヒストさん、」

 ノベルが声を掛けると、「なんだ?」とヒストは振り返った。その様子に緊張や警戒は見受けられず、ノベルは、吐き気と頭痛を感じた。

「いいえ。…申し訳ありません」

 そうノベルが謝罪したが、ヒストは「そうか」と、許しているのか否かよくわからない返答をした。

 それから、ふと思い出して、「あの、ヒストさん」ともう一度声を掛ける。

「僕、教会の中には入れないです」

 それに、ヒストは少し眉を顰めた。

 教会の建物内部は、人を殺したことのある人間は出入りできない。貴族が魔力を持ちながらも、そういう仕事の為の人を雇う理由もそれだ。

 ヒストは、そのことに思い至ったのか否か、首を傾げて、「別にいい」とだけ返し、ノベルから目を逸らした。

 たどり着いたのは、建物の大きさに似合わないほど、広い敷地を持つ教会だった。恐らく、田舎故に土地は広いが、王都1区の大教会を除いたすべてのそれが、同じ構造をしているためだろう。…ここまでの広さがあるならば、牧場にでもした方がよかったのではないだろうか。

その歩みに迷いがないことにノベルはぎょっとしたが、後を追うとヒストが向かったのは、教会に併設されている孤児院だった。その外にいる子供たちに、ヒストは屈んで声を掛ける。

「なあ君たち、リリーさんっていうシスターさんに用事があるんだが、呼んできてもらえないか?」

 いいよーと言いながら駆けていく数人の子供たちを見て、ノベルは、納得すると同時に、少し薄ら寒いものを感じた。

 確かに、この方法なら、極力教会の人間に関わることなく、対象に話を聞く事ができるだろう。

 しかし、寒気の理由がノベルにはすぐにわからず、数秒して、ヒストが子供に話しかける際に屈むという考えがあること自体にぞっとしたのだと気付いた時には、リリーを呼びに行った以外の子供たちがノベルのことに気づき、寄ってきているところだった。

 それにヒストは、小さく笑った。

「…相手をしてやれ」

 そう言われて、しかしノベルは子供の相手などして経験がないので、先程のヒストの見様見真似で屈む。

「おにーちゃん、かみきらきらだねー」

 そう子供に触られた。色素の薄い髪の毛は、光に当たって、金色にも見えた。

 ノベルの様子を遠目に見ていたヒストは少し目を細め、両手の指を突き合わせるように組んだが、それをノベルは見ておらず、その間にヒストは、教会から姿を現した一人のシスターに視線を移していた。

「…貴女がリリーさんですか?」

 そう、ヒストは人のいい、外向きの笑みを見せた。

 それに、「ええ」と返したシスターは、右手首に黒い石の装飾を付けた中年女性だった。あれは、教会の浄化師が身につける、魔力の制御装置である筈だ。それを抜きにしても、所有印に、僅かに引き寄せられるような感覚がする。浄化師か。

「突然申し訳ありません。私は情報屋のヒストと申します」

 しれっと嘘を吐く…否、情報屋を兼業してはいるから嘘ではないが、明らかに誤魔化したヒストにノベルは思うことはあったが、それを指摘はできないため、ノベルはできるだけそれを気にしないよう、子供たちの相手に集中した。

 数分、ヒストとシスターは話を続けたようだった。

 暫くして、背後から「行くぞ」と声を掛けられ、ノベルは顔を上げた。

「はい」

 そう返し、ノベルは立ち上がった。

 見回すと、先程までの位置にシスターはおらず、既に教会へと戻っていたようだった。

「おにいちゃんたち、またねー」

 子供たちに手を振られ、ノベルは無難に手を振り返すことを選んだ。

 対して、ヒストは「ああ」と適当な返答をした。

 そのまま暫く歩いて、教会が見えなくなったあたりで、ヒストは馬車に乗り込んだ。その後に倣い乗り込むと、ヒストの正面に座るよう指示される。

「あのシスターの話を鵜呑みにするつもりはないが、」

 そう、ヒストは前提を置いた。

「にジャックさんの家の地下について聞いたが、そもそも、彼女は地下のことすら認識していないらしい。母親は病死、幼い頃に教会の保護を受けたから、父親の職業については覚えていないということだそうだ。父親が死んで、家に住む人がいなくなったから売りに出した」

 そこまで話して、ヒストは、ノベルに視線を合わせた。

「ウィルさん…元々ジャックさんが依頼していた史学者が、教会に見つかったという話はしたな?」

「はい」

 そう、ノベルは返した。

「経験値で言えば、俺よりウィルさんの方が上だ。あの人がそう簡単にへまをするとは思えない」

 そう言い、ヒストは、再び「さて、」と口角を上げた。

「誰がウィルさんを売ったと思う?」

「…まさか、」

 ノベルが眉を顰めた。

 このような言い回しで問うということは、あのシスターではない。しかし、今回の件に関わっている人間は、ほかに一人しかいない。

「ジャックさんですか」

「正解だ」

 そう告げた。

 それが分かっていて、この男は、今回の行動に出たのか。

「恐らく、ジャックさんは、最初は純粋に情報屋を頼ってウィルさんに依頼をしたんだろう。しかし、歴史絡みだと言われた。ウィルさんを教会に売って、その正義感に酔ったんだろう。受け取った前金は、ウィルさんの依頼料の半額と同じだったしな」

 言ってから、ヒストは、数秒何かを思案するように沈黙を置いた。

「…問題は、誰から俺のことを聞いたか、だが…」

 そう、ヒストは再び考え込んだが、飽きたのか、「まあ、それは後からでいいが」と、切り上げた。それに驚いたのは、まだ、ノベルが史学者という職に不慣れであるからか、単にヒストの警戒心が欠如しているのか、或いはその両方か。

「兎も角、恐らくジャックさんは、俺たちがあのシスターにあっている間に通報して、その場で取り押さえるつもりだったんだろう」

 「なんでそうしなかったのかは知らないが」とヒストは続けた。

 それで気が済んだのか、ヒストは手帳を取り出し、何かを書き込み始めた。

 そのまま少しして、馬車が止まる。降りたヒストの後を追うと、少し歩いた先にあったのは、ジャックの家だった。

「ヒストさん、まさか…」

「どうした?」

 そう、平然とヒストは首を傾げた。左耳のイアリングが揺れて、微かな金属音を鳴らす。

「危険です」

 ノベルが言うと、ヒストは「心配しなくとも、」と、どこか抑揚のない声で言った。

「術者の死亡は術の失効を意味する。所有者が死んだ場合、所有印は単なる傷跡になり、いずれ消える」

「そういうことでは…」

 ノベルが言うが、「そうか?」と問いかけるヒストは興味なさげで、ノベルはそれ以上続ける気にはなれず、「申し訳ありません」と返した。

 そのまま歩いて、扉の前に着く。

「…ヒストさん?」

 そこで立ち止まったヒストに、ノベルは声を掛けた。しかしヒストはそれには反応せず、暫く扉を見つめ。

 突然、扉を蹴り飛ばした。

 ひゅ、とノベルが息を呑むと同時に、男の呻き声がした。

「なあジャックさん、ちょっとお話ししようぜ?」

 話し声や足音で気付いていたのだろう、どうやらジャックが扉の鍵を開けた瞬間を狙っていたらしく、ヒストの話を聞いた後であるにもかかわらずノベルが少し不憫に思うくらいには、その顔に扉が勢いよくぶつかっていた。

「悪魔がっ…!」

「叫ぶなよ、喉潰すぜ」

 鼻血を流しながら目を見開くジャックの喉を、ヒストは革靴で蹴り、そのまま踏みつけた。

「…大人しく俺の指示に従えるか」

 そう、ヒストは真顔のまま目を細めた。ジャックが震えながら頷いたのを確認し、漸くジャックの喉に乗せたままだった右足をずらす。

「地下に行け」

 その声に温度は無く、ノベルは、それが向けられた先が他人であるにも関わらず、ぞっとした。

 ヒストは地下に着くまでは無言のままで、その階段を下りて、ノベルに床板を戻すよう指示をした。一瞬光源がなくなるが、数秒後、もう一度ジャックを蹴り飛ばしたヒストの右手には、炎があった。照らされたヒストの顔にいつもの眼鏡は無くて、代わりに胸元で揺れていた。先程の数秒の暗闇の中で、眼鏡を外したのだろうと理解する。

「は…?」

「燃やされたくなかったら喚くなよ」

 そう、ヒストは右手の炎をジャックに近づけた。震えながら振り返ったジャックの、乾き始めていた鼻血が鈍く光を反射する。こくこくと頷いたジャックを確認し、ヒストは、右手を空に振り払った。枯草か何かがあったのか、棚の一部にそれが引火した。

 そして、そのままジャックの首筋に右手を伸ばし、直後。

 バチン、という破裂音が地下に響いた。

 ジャックが、一瞬呆けた後、濁った呻き声を挙げた。

「俺の指示に従ってもらうぜ、フール」

 相手の首から流れ落ちる赤色を気にすることなく、ヒストは続けた。

 ノベルが一歩後ずさる。

 つまり、これは、ノベルと同じに成り下がったのだ。

 それから、ヒストは先程ノベルにも語った、今回のジャックの依頼理由に関する見解を述べた。結果は肯定。ヒストは想像通りだったためか、表情一つ動かさず、「弁明は?」と冷たく問いかけた。

「俺は正しいことをした!」

 それに、漸くヒストはひとつ舌打ちをし、眉を顰めた。ヒストが拘束を強めたのか、それは喉元を抑えて呻く。

「そうかもな、それで、お前は俺に対しても同じことを?」

「そ、そん…な、ことは…」

 そう目を泳がせてから、男は血を吐いた。

「嘘はお前の首を絞めるだけだぜ」

 そう告げるヒストの目は、やはり、少なくともノベルには感情を読み取ることが困難であった。

「教会、に、言おうとは思っていた、が…」

 そう、男が視線を上げた先にいたのは、ノベルだった。自身に注意が向くとは思っていなかったので、ノベルは驚いて目を見開く。

「…その、子供まで…巻き込む必要は、無いと思った」

「そうか」

 心底興味がない、と言いたげな声だった。

「それで、お前が誰から俺の情報を得た?」

「お前宛の手紙を、ウィルが…」

 その言葉に、ヒストが再び眉を顰めた。無言のまま、続きを促す。

「教会の奴らが、全部燃やしたが、ウィルが、手紙を出すのを見たんだ。だから、抜き取った」

 意識が朦朧としているのか、ジャックの言葉の脈絡は、少しずつ曖昧になっていた。それでも、所有印の恩恵か、最低限は伝わる。

「現物はどこに?」

「もう燃やした」

 それにヒストは数秒黙った。それから、「中身は読めたか」と問う。

「否」

 その返答を聞くと同時に、ヒストが足を振り上げたので、ノベルは咄嗟に、その肩を引いてヒストを止めた。

「……どうした」

 不満と苛立ちを露にした声は、しかし、先程までの感情の読めないそれよりも、ノベルに安堵を与えた。

「これ以上は死にます」

「同情でもしたか」

「いいえ」

 即座に、ノベルは否定した。

 ただ、単に、自分がいながら、主人がその手を汚す必要性を感じなかっただけだ。

「僕が殺します」

 ノベルの言葉に、ヒストは驚いたようだが、一旦は様子見をするつもりか、数歩下がった。

 ヒストが避けたので、ノベルの眼下には、首元から血を流す男がいた。

 ああは言ったが、ノベルは、少し迷った。

 男の口が微かに動いたが、所有印の拘束力がノベルのそれよりも強いのか、音が発せられることは無かった。ノベルは屈みこんで、それに視線を合わせる。汚れないよう、持たされているヒストの鞄は、左手で自身の腹部に抱え込んだ。

そして、空いている右手でシャツの留め具を上から2つほど外して、その首元を見せつけた。

 無論、そこにあるのは、紋様のようにも見える傷跡だ。目の前のそれと違い流血自体は止まっているが、それでも、まだ生々しい。

「僕は一応、貴方と同じなので、」

 男が目を見開いたが、それが恐怖によるものなのか、期待によるものなのか、それともほかの何かなのか、ノベルには理解ができなかった。

 そのまま、右手を振り上げる。

 不思議と、口角が上がった。

「不用品は処分しますね」

 鈍い音が、地下に響いた。遅れて、衝撃により揺れた棚の中身が、微かな音を立てながら崩れる。

 ノベルの手は生温い感触を覚えたが、それは男の肉だったのかもしれないし、頭部を殴ったことによってノベル自身の手も傷ついたことによる、自分自身の血だったのかもしれなかった。

 殴られた衝撃よりも、身体が床に叩きつけられたことによって、それは目を見開いたまま頭部から血を流していた。

 息絶えたかどうか判断がつかなかったので、ノベルはもう一度、今度は腹部を殴ってから、首筋に手を当てる。所有印による流血で判断が難しかったが、脈は止まっているようだった。

 立ち上がって、それを見下ろす。

 滑稽と言うほか、それを表す方法を、ノベルは知らなかった。

 或いは、やはり、それはノベルと同じであった。

「…手、」

 沈黙を破ったのは、ヒストだった。いつの間にか眼鏡を戻していたらしく、フレームと薄いガラスだけでは、その苦虫を嚙み潰したような表情が隠れることは無い。

「痛くないか」

 言われ、ノベルは、自身の右手を見た。元々骨ばっているそれは、一部肉が抉れている。しかし、ノベルの脳内では、それは痛みと直結しなかった。

「…ヒストさんの所有印よりは痛くないです」

 そうノベルが言うと、ヒストは呆れた顔で、「生意気だなお前」と呟いた。それに咄嗟にノベルは、「申し訳ありません」と返す。

「…否、」

 短い沈黙のあと、ヒストは言った。

「別にいい」

 そう言ってから、ヒストは自身のポケットを探って、四つ折りにされた一枚の布をノベルに差し出した。

「止血しろ」

「…汚れます」

「どうでもいい」

 埒が明かないので、ノベルはそれを受け取った。薄々想像はしていたが、それはやはり上質で、しかしすぐに赤く汚れた。

 おずおずと、ノベルはヒストのほうを見るが、ヒストの注意は既に棚へと向いていた。ノベルはそれに、一度ゆっくりと息を吐いてから、右手に布を巻き付けた。途端に、脳が痛覚を認識し始める。

 何とか結び終えてからヒストを見ると、彼は、頭蓋骨に触れたり見つめたりしながら、手帳に何かを書き込んでいた。

 そのまま暫く待つと、手帳を閉じたヒストは、「行くぞ」とノベルに声を掛けた。床板を動かし、ヒストとノベルが地下を出るころには、棚のあちこちで燃えていた火は消え、ヒストが床板を戻すと同時に、恐らく、地下は完全な暗黒となった。

「…あれは、どうするんですか」

 ノベルが問うと、ヒストは気だるげに、「知り合いに任せる」と返した。

「まあ、使えるものは売れるだろう」

 そのまま、ヒストとノベルはその家を出た。近隣住民に不審に思われている様子は、少なくともノベルには、無いように感じられた。そもそも民家は多く無い。それに加え、ことを起こしたのは地下であったし、ヒストは彼に悲鳴すら上げさせなかった。不審に思うことは無いはずだが、しかし、ノベルは、どこか不安であった。

 一度、老婦人とすれ違った。ヒストはその女性に人のいい笑みを浮かべて話しかけた。引っ越したばかりのジャックのことは、老婆は知らなかったようだった。それ以外についてもヒストはいくつか質問し会話を続けていたが、その意図は、ノベルにはわからなかった。或いは、この主人の気まぐれだったのかもしれなかった。

 少し歩いた先、馬車は同じ位置で待機していた。御者といくつか言葉を交わしてから、ヒストは馬車に乗り込んだ。そのあとにノベルが続くと、数秒してから、それは動き出す。

「…あれは、」

 そう、ノベルは声を掛けた。

「なんだったんですか?」

 そう問うたノベルに、しかしヒストは、「さあな」と返した。

「死体収集癖か、娘を使って何かしようとしたのか」

 若しくは、と、ヒストは続けた。

「父親は史学者であったか」

「…え、」

 呟いたノベルに、ヒストは、口角を上げた。

「棚によって置かれている人骨は、恐らくすべて同年代のものだった。旧暦終盤、10区は一度、内戦の戦場になった」

 いくつかの頭蓋骨には弾痕があったしな、と、ヒストは帽子越しの自身の頭部を、軽く指で叩きながら説明した。

「10区の史学者なんて聞いたことがないから、恐らく、協力者はいなくて個人で活動していたんだろう。俺にとっては特に新しい情報は無かったが…」

 そう、言ってから、ヒストは「否、」と呟く。

「お前は…」

 そう、ヒストはノベルを見つめた。その表情からはやはり感情が読めず、ノベルは、正体のわからない恐怖を覚えた。

「…ヒストさん?」

 ノベルが声を掛けると、ヒストは、数秒の沈黙を置いてから、「…ああ、」と目線を逸らした。

「何でもない」

 成瀬です。

 所有印は印を刻む+名づけで完成します。1話において、ヒストがノベルを「ノベル」と呼ぶその瞬間より前は、それは単なる傷でしかないということになります。

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