【04話】静寂の夜に
若い頃は30歳を越え、ましてや40歳を越えたらより大人びてクールに。
つまりイケオジのような存在になってゆくものだと思っていた。
だが、この男、佐藤 悠真は、この歳になってひとつ屋根の下、若い女性と2人きりでいるという状況に気色悪くも心臓の鼓動を早くしていた。
もちろん、変な気を起こすつもりはない。
貴族相手に粗相をしてまえば、明日には首と胴体が二度と会うことは無いだろう。
だが、それはそれとしてこの状況が彼を緊張させた。
「……仕方ないよな」
「え?」
「あ、いや。こんな時間なんだ。夜の道を帰すわけにもいかないし」
「別にいいわよ。多少散らかってても気にしないわ」
「んーーーそっか!」
そうじゃないんだけどな……と口の中でモゴモゴしつつ、ユウマはこれ以上何も言わんとする。
夕食を終えた時には既に空は一面のプラネタリウムで、この世界でも月が出ていた。
前世界との月より大きく、色もより白銀のようであるが、明るさは変わりない。
最初は見蕩れていた夜空。
今も美しく思うが、異世界は既にユウマにとっては日常となっていた。
「んじゃあ今夜は泊めるけど、明日はちゃんと帰れよ? 親が心配してるだろうに」
「……兄さんのことで頭いっぱいだからなんともないわよきっと」
「そんなこと……」
ない。
とは、言いきれなかった。
この世界の家族事情は、少なくとも日本に住んでいたユウマからすると少し古く感じていた。
男尊女卑、という程では無いが貴族ともなると後継や家柄のことが強く関係する。
もちろん、そんなことはユウマにとって殊更別世界の話だった。
だが、目の前で危険な目にあいながら兄を探す健気な少女に、同情するなという方がユウマにとって難しかった。
「ほんと、ベッドでいいのに。ソファーじゃ寝にくいだろ」
「私は客人よ。家主のベッドは使えないわ」
「ちゃんとしてんのなぁ若いのに……ん?」
一瞬過ぎった思考。
(……よくよく考えればオッサンがいつも寝てるベッドで寝るなんてキツイよな。か、加齢臭は無いはず!!)
「それと、こんな場所に立つ家なのにお風呂があったなんて驚いたわ。貴族の家でも無いところは無いのに」
「風呂好きなもんでな。作るのにだいぶ苦労したが、まぁまぁ気に入ってるよ。いい湯だったろ?」
「見た事ない形の木のお風呂だったわ。なんかいい匂いしたし」
「そりゃそうだ。拘りましたからねぇ」
この世界でヒノキのような樹木があったことには感動した。
まさかこの世界でこんなにもDIYが必要になるとは。
それとは別に、魔法が主体で科学的な生活が進んでいない世界では、風呂等の生活面ではなかなかに不便を感じた。
風呂場は家とは別に小屋を建て、大きな窓を付けて半露天風呂状態にしてある。
薪を大量に使う為、かなりの贅沢だ。
薪を管理する時に不審がられないように細心の注意を払った。
それとは別に、ユウマは風呂上がりのカレンの火照った姿を見た時は目を背けてしまった。
20年間女性と数時間同じ空間に居ることなんて、殆ど無かったからである。
前世界ですら、仕事で慌ただしい日常にそんな気を挟む余裕は無かった。
故に現在の彼は40歳を越えた童帝と言っても過言では無いのである。
(……魔法使いにはなれなかったが魔術師になっちまったなぁ)
そんなくだらないことを思いつつ、灯りの火を消した。
「暗すぎないか? 大丈夫?」
「ええ、平気よ。むしろ暗い方が眠れるの」
「そっか……」
「……? 何よ。寝ないの?」
「あ、いや。アレだったら俺外で寝るけど」
「何を意味わからないことを言ってるの?」
「ええ……そんな真っ直ぐな疑問になる?」
ひとつ屋根の下。
今日会ったばかりの素性の分からない男と同じ部屋で寝るのだ。
気にしない方がおかしい。
「ああ、そういうことね」
半ば呆れたようにカレンは言う。
「貴方、とっても強いのはよく分かったけど、別に変な人じゃ無さそうだもの」
「こんな森で独り暮らししてるヤツは変な奴じゃないかね?」
「地味にそういう自覚はあるのね」
「もはや意地だからな」
「……貴方、私が兄さんの話をした時、他人事のような目をしてなかったのよ」
「え?」
「まるで、何年も仲のいい友人の辛い話を聞いているような目をしていたわ。心優しい人じゃないと自然にできない目よ」
俺はそんな目をしていたのか、と月明かりに反射する窓に薄く映った自分の顔を見るユウマ。
「それに命を救われたし。あんな巨大な魔物を一撃で倒しちゃう人が私を襲うなら、もっととっくに襲ってるわ」
「はは。俺はそんな強い男じゃないさ」
「謙遜じゃなさそうね。過小評価し過ぎよ。貴方はとっても強い。あんな魔物を目の前にしたら、どんな騎士でも立ち竦むわ」
「慣れてるだけだ。それこそ、魔王配下の魔族を目の前にしたらきっと俺は膝をガタガタ鳴らすだろうな」
「どうかしらね。1度戦ってみて欲しいくらい。私も手伝うわよ?」
「試す感じで言うんじゃないですよお嬢様。お転婆すぎるって」
流石貴族の娘。
お転婆娘だとは思うが、この齢にしてなかなか話し方から大人びているな、と出会った当初からユウマは思っていた。
先程は巨大な熊に襲われ命あるかも分からない状況であったのに、今は平然としているのだ。
「……それにしても、本当に凄まじい力だったわ」
「『魔術』の話か?」
「ええ。きっともっと色んな力が使えるのでしょ?」
「まぁな。魔力関係無いから得意属性とか関係ないし」
魔力とは別に、人それぞれ得意な魔法属性というものがある。
詠唱と魔力さえあれば魔法が扱える訳ではなく、魔力を力に変える感覚や鍛錬が必要。
その鍛錬の末に様々な属性の中から得意不得意が出てくるのだ。
「得意属性が関係ないなんて……やっぱり規格外ね」
「その代わり準備が面倒なものも多いぞ。魔法石を使ったり属性刻印のある紙を用意したりな」
属性刻印とは、魔法で扱われる属性が描かれた刻印だ。
「でもそれも代用できるんでしょ?」
「……察し良すぎだろ」
この少女はどこまで頭が回るのか。
「その通り。例え魔法石や属性刻印が無くともその場で土や石に刻めば代用はできる。発動させる法則さえ整えればいい」
「魔力不足も無くて便利すぎるわ」
「ま、本当にやべー時は内蔵を代償にすりゃもっと強大な魔術も発動できるんだろうけどな」
「……最終手段過ぎないかしら」
「ってかもういい時間だろ。明日のことは起きたら改めて考えよう。疲れているだろうし今は寝るんだ」
「……ええ」
魔術の話となると興味津々なカレンが、このまま話していれば朝になるまでユウマは質問攻めにあうだろう。
無意識に蓄積されているだろう疲労を回復させるのが先決だ。
2人が黙ると、森の中の静寂が家の中に入り込む。
外では虫が鳴き、風が揺らす木々の葉が擦れる音がした。
遠くではほぼフクロウそっくりの猛禽類の鳴き声も聴こえる。
只々、今日のことを忘れさせるような穏やかでゆっくりな時間がそこに流れた。
「……」
「……」
(……待って寝れるわけねぇ!!)
とは言え、ユウマにとっては日常に突然爆発が起きたような感覚だ。
ぼっちほのぼのスローライフをしていたら、気づけば銀髪美少女が同じ部屋で横になっているのだ。
ユウマが横になっているベッドからは見えない位置にソファーがあるものの、その事実だけが彼を襲った。
女性耐性なんてほぼゼロ。
それこそ魔力より少ない値かもしれない。
キョドらずに美少女と会話できただけ自分を撫でくりまわしたいほど褒めてやりたいくらいであった。
「……」
昨日まで心地よかったはずの夜の静寂が、鼓動する心臓の音で騒がしい。
近所で祭りでもやっているのかと錯覚してしまうくらいに。
(……だ、大丈夫だ。目を瞑っていれば自然と寝る)
そう言い聞かせていた矢先。
「……あのさ」
「ひゃい!」
「きゃっ!? びっくりしたぁ!」
少女に対して生娘みたいな声を上げたのはオッサンだった。
「な、なんでしょうか?」
「何そんな驚いてるのよ」
「あ、いや、急に話しかけられたから」
「そ、そう」
「で? どうした?」
「えっと……」
「ん?」
「……なんでもないわ」
なんだか、様子がおかしかった。
先程までの大人びた雰囲気とは違い、どこか震えるような声だった。
「腹でも痛いのか? 邪気抜きしたし飯に変なものは入ってないはずだが」
「そ、そうじゃないわ。寝るわよ。おやすみ」
「お、おう。おやす……」
そこで、良くないなと思いつつも、ユウマは身体を少し起こしてカレンを見る。
首を傾けて見てみると、ソファーには華奢で可憐な美少女が横になっていた。
そこで、ふと気づいた。
彼女の手が、震えていたことに。
「……」
勘違いしていた。
「……」
「きゃっ!? な、なに、!?」
「すまん、嫌だったら振り払ってくれ。なんなら殴ってくれてもいい」
先程とは違うカレンの上げた声に、今度は怯まずにいるユウマ。
「な、なによ急に……」
ユウマは、震える彼女の手を、その大きな手で優しく握っていたのである。
「眠れないんだろ?」
「……そ、そんなこと」
「無理しなくていい」
この震える手に気づくまで、ユウマは勘違いしていた。
いや、厳密には勘違いと言うほどでは無いが。
この少女の強さに。
この少女の弱さに。
「すまない。もっと早く気づいていれば……」
カレンという少女は、貴族の娘。
赤の他人、ましてや平民のユウマに対して弱さを見せる訳にはいかなかった。
あんな自分より数倍も大きい魔物に襲われ、ましてや戦い殺されそうになった。
その後もその恐怖を振り払うかのように、彼女は多くユウマと会話をしていた。
魔術に対しての興味は本物ではあるだろうが、恐怖を振り払う為に興味に心を任せたのだろう。
「……だ、大丈夫よ」
「これが俺の勘違いで、気の迷いだとしたら。君はきっと俺に『大丈夫』ではなく、『離せ』と言うだろう」
「……え」
「大丈夫じゃないだろ、カレン。君が眠れるまでこうしてあげる。安心して眠るといい」
「……そんな」
「何も気にするな。君が言ったように俺は強いんだろ? だから、こうしてるから安心して眠るんだ」
「……」
その言葉を聞くと、ゆっくりと少しづつ、彼女の手の震えは収まっていった。
「……うん、ありがとう」
「ああ。おやすみ」
温かく、そう言った。
恐れることは何も無く、強くも優しい手が彼女の震えていた手を包んでいる。
それから約20分後。
夜の静寂の中に、少女の寝息が小さく聞こえてきたのであった。




