【03話】イチが、壱に。
「よぉしできだぞ! 『邪気ノ輪熊』のなんちゃってステーキだ!!」
「……」
スゥエントベアーとの戦闘後、2人は家に戻り夕食を囲おうとしていた。
あれだけの戦闘、ましてやそれ以前から巨大熊から逃亡していたのだ、カレンは空腹のはず。
だが、どこか浮かない顔をしていた。
「……あれ、元気ない? あー、まさか魔物食うのは初めてか。大丈夫だよ。ちゃんと邪気抜きしたし! 毒味とかしてもいいけど……」
「……」
「あ、もしかしてホームシックか? それともこんなオジサンとの飯は嫌か……およよ」
「貴方、どうやってあの魔法じゃない、ま、『魔術』?ってのを作ったのよ」
「はぁ。やっぱそこっすか」
肉を切り分けながら、44歳のおっさんは肩を落とす。
「どっからどう話せばいいのか……」
「新しい、魔法とは違う力……まさか貴方……」
「……え、えっとー」
(……まずい、転生者だとバレたか!? 俺は余生をただほのぼのライフしたいだけなのにッ!!)
「まさか貴方、魔族……?」
「ブハッ!?」
「そ、そうなのね!?」
突如椅子から立ち上がり、腰の短剣を抜こうとするカレン。
「ちげぇよ! こんな森の中でほのぼのスローライフ過ごすオッサン魔族なんているか!!? ……つっても、魔族のことなんてあんま知らないが」
「……それもそう、ね。じゃあ……」
頭の中で整理しながら話しているようだ。
「貴方のスキルは?」
まずは、そこからだ。
どんなに魔力が少なくとも、産まれながら先天的にも後天的にもスキルは身に付くものだ。
そもそもスキルとは、一定以上の技能があるとそれが可視化されるものである。
前世界でいう資格に似たようなものであり、それがより単純かつ安易になったようなものだ。
自分のスキルはギルドで専用の魔法石で鑑定し確認できる。
より詳細なものは女神を信仰する大きめな教会で確認できるようになるのだ。
とは言っても、平民がおいそれ名のある教会に入れることはない。
それこそカレンのような貴族や王族が入れるような領域だった。
「魔力が少なくてもスキルくらいは何かあるんでしょ?」
「まぁ……あるにはあるな」
「そこに何かが……」
「まずは園芸だな。最近身についた」
「そういうのじゃなくて」
「ですよね」
「『魔術』関連のスキルが、あるんでしょ?」
「それは、『工夫』ってスキルだな。色んなものに適応できる便利スキルの」
「だから! 真面目に聞いてんのよ私は!」
「いや、大真面目だ」
「え?」
「この『工夫』ってスキル。この世界に……いや、産まれた時から持っているスキルだ」
「でもそれって、鍛冶屋や職人スキルを持った人がサブで使うスキルでしょ? それが『魔術』とどう関係するのよ」
「俺はこのスキルしかまともなスキルは無くてな。俺はこの『工夫』というスキルの解釈範囲を大幅に広げたんだ」
「……スキルの解釈範囲? そんなことできるの?」
疑いというより、純粋な疑問の眼でカレンはユウマの眼を覗く。
「できた。って言うのは簡単だが、魔法って想像の世界だろ?」
「ええ。想像から始まって正しい手順や詠唱で発動できるわ。生活魔法くらいなら簡単だから感覚的に無詠唱でできたりするけど」
「そう。そのように本来なら詠唱が必要な魔法を解釈や想像で無詠唱にできたりするように、俺はスキルの解釈を歪め広げた」
「広げた?」
言葉としては理解できても、意味が理解できない言葉だった。
「そんなこと……聞いたことないわ」
「聞いたことがなくても、理論が無くても俺にはこうするしか無かった」
「こうするしか、無かった? 貴方、一体どんな過酷な……」
「……全ては」
全ては。
彼が望む世界。
否。
「すべては、不自由から解放される為! さっきから言ってるがのびのびスローライフの為だッ!」
「……へ?」
「俺は前s……えっと昔めちゃくちゃ時間や労働、人間関係によって窮屈な人生を送らされていたんだ」
それは、この世界では多分彼にしか理解できない苦しみだった。
「朝6時に起き、仕事場からの連絡を確認し、仕事場への移動時にはそれの返事をし、仕事場に着いたと思ったら上司からの八つ当たりスタート! 息付く暇もなく業務は始まり、無理難題を押し付けられても上司の機嫌を取り、仕事片手間で食事を取り! そんでサービス残業を終えた後帰ったら寝るだけの生活ッ! 睡眠時間は5時間弱ッ!!」
「あ、あの」
「そりゃこの大自然を見たらほのぼのと野菜作ってコーヒー片手にスローライフしたくなるだろぉ!!?」
「あの!!!」
「はいなんですか!?」
「それと『魔術』はなんの関係あるのよ!! 貴方が辛い過去があったのは心苦しいけど!!」
「同情してくれるの優しい!!」
皮肉でもなく嬉しく思い叫ぶ44歳。
そして若干引く少女。
彼は少しずっとコミュニケーションを疎かにし過ぎたようです。
「んで、だ……ふぅ」
落ち着きを取り戻し、彼女が欲している説明を理解しつつ取り乱したことを反省するおっさん。
「この世界で、ましてや魔物が居る森で安寧を保ち生きるには力が必要だった」
魔物から襲われない街中では、深い人間関係というものが彼にとっての苦痛になり得るものだ。
「だけど、魔法を使うには俺の魔力は弱すぎる。そこらのガキにすら負ける。そんなんじゃ生きていけない。なら、生きられるようにすればいい。だから考え、探した。時に、人間は窮地に立ってこそ、真価を発揮するもんだ」
「……まさか」
「ああ。俺はこの『工夫』スキルの解釈を広げる為に俺にとっての平穏な場所を求め、魔物と戦い、1度死の淵を彷徨っている」
身体強化もなく、攻撃できる魔法も無い彼は、生身で魔物へ立ち向かったのである。
「よく、生きてたわね」
「近くをギルドの連中が通ってくれて、そこで救われたんだ。あと数分遅れていたら死んでいたらしい」
「なにもそこまで……」
「お嬢ちゃんにとっては馬鹿な話かもしれんが、俺にとっては重要なことだ」
ただ自由で平穏な暮らしをしたい。
それだけの為に平穏とは掛け離れた死を目の当たりにしたのだ。
矛盾している、とも言えてしまうが、これが彼にとっての生活の為だった。
「そして、死を目前にした時、頭の中で妙な違和感が生まれた。得た何かが変化する感覚。俺は確かにスキルの解釈を広げられることに気づいたんだ」
「生きる、力」
「俺はこの感覚のまた『工夫』というスキルを使い魔法を学んだ。……学んだって言っても本を読んだ程度だが」
本来なら生活魔法以外の魔法を習うには、師をとり修行をするか、魔法学校というものに通う。
そんな人間関係や縛りまっしぐらなことを彼が行うはずもなく。
他人からすれば馬鹿みたいな努力は奇しくも、遠回りなようでユウマにとっての最短ルートだった。
「そして、魔法という身体から生み出す力の方法ではなく、法則に乗っ取った力を生み出す術を作った」
「……それが、『魔術』」
「ああ。魔力ではなく魔石、もしくは何かを引き換えにしたり、正しく配置したり。そうやって発動するようになっている」
「正しく配置って……貴方が作ったものなんだから。貴方が決めるものじゃないの? まるで元々決まってたみたいに」
「『魔術』は、『魔法』がベースだ。『魔法』は元々魔力を変換するための詠唱があるだろ? その詠唱だって想像を元に作られたものだ。それが『正しさ』だ」
『魔法』とは、イメージを魔力消費によって生み出す為の詠唱が必要である。
その詠唱がイメージの元々であり、『正しさ』である。
決められたイメージの詠唱を正しく行うことで、その通りの魔法が使える、ということだ。
「そのイメージ通りの力を出す魔法のように、魔力とは別の詠唱や発現方法を作った。それが『魔術』」
「じ、じゃあ、今その詠唱や順序が分かれば、私でも使えるってこと?」
新たなチカラに、カレンは目を輝かせて言う。
「……残念だが、多分それはできない」
「なんで……?」
「『魔法』を扱えるからだ」
過度な期待をさせたい為、ユウマはハッキリと言う。
「魔法を扱えてしまえばその感覚に引っぱられる。むしろ無視意識に魔力を使って正しくない魔法を放出してしまって危険になる」
攻撃等に使われる魔法を雑に、乱暴に詠唱してしまえば、魔力や力が暴走してしまい、本来の力とはならず大きな危険を伴う。
そうして失われた命も少なくは無い。
それはカレンにとって、それこそユウマよりも理解していることだった。
「じゃあ、その力って……」
「……」
「この世界で、貴方しか使えない力、ってことになるわね」
「それが、魔力の無い俺が、魔法のような力を使う『術』だ」
そこで、しばしの沈黙が流れた。
この世界の秩序や先入観は簡単に曲げられない。
有るものが正しいものとされ、無いものは正しくなかったものだ。
故に生み出されることはあれど、曲げられることはない。
だが彼は、ゼロからイチを作った訳ではなく、存在していた1や100を、別の壱にしてしまったのである。
「……馬鹿げているわ」
「だから大真面目だって」
「有り得ない……って言い切ってしまいたいけど、目の前で見てしまったもの。信じるしかないけど」
魔法を極めたくて努力し、強くなりたいと力を研磨してきた彼女にとって、否定出来なくても否定したくなる力だった。
彼の力は、魔法を否定する力でもある。
魔力がすべての世界にとって、魔力を一切扱わない力。
魔法よりも、もはや様々なモノが魔力によって生み出されるこの世界を、否定する力と言っても過言ではなかった。
だがこうして魔力をほとんど扱えない者が目の前で生きていて、先程その力によって命を救われた。
「……って長話してたら肉冷めちまったよ。温め直すか」
「……でも、まずは」
「ん? なんだ?」
「まずは、助けてくれてありがとう。感謝するわ。貴方の前代未聞の力で救われた」
「礼には及ばんよ。すべてはスローライフの為に」
食卓を囲み、先程の真面目な雰囲気はどこか消え去って。
窓の外には宵が登り始めた。




