【02話】それは魔法ではなく
「……まさか、君が戦うのかい?」
「そうよ。そうするしかないじゃない」
齢17歳くらいの娘が、青いポーションを飲んで言う。
きっとそのポーションは魔力補給用なのだろう。
移動中等に減った魔力を回復させているのだ。
魔力とは、それぞれ生まれ持った上限があるが、訓練や特殊な装備やアイテム次第でそれを増やすことができる。
魔力量によって魔法の出力が変わる為、攻撃魔法を扱う者にとっては必須なことだった。
もちろんユウマ自身も訓練やアイテムに頼り、魔力を増強させようと試みたが、1桁の『7』という魔力量で魔力を増やしたところで雀の涙程度の量しか増えなかった。
ちなみに産まれてすぐの赤ん坊でさえ20〜50の魔力をもつ。
将来有望な貴族の赤ん坊で、魔力を100近く備わって産まれてきた子が居たこともあるそうだ。
魔力とは、この世界の生命として当たり前に生まれ持って備える力だった。
火を付けるのにライターや着火剤等は使わず魔法で。
より重たい物を持つ時は、得意な者は身体強化魔法で。
中世のような街並みな異世界では、科学はあまり進歩せず、ただ快適な暮らしは魔法が研究されていった。
そして成長や鍛錬するにつれ、魔力というものは練り上がる。
きっとこのカレンという少女も、500から700くらいの魔力を宿しているのだろう。
その兄のように優秀な騎士様となれば1000や2000の魔力量があってもおかしくは無いはずだ。
つまり、ユウマはこの世界で立派な社会不適合者である。
ブラック企業から解放されて異世界では社会不適合者という、我ながらなんとも世界に愛されない男だ。
「『スゥエントベアー』は物理攻撃では倒しずらい魔物。私が得意な炎魔法で燃やすわ。ユウマさんは私の馬が暴れないように見てて頂戴」
「わかった。何かあったらすぐに逃げるんだぞ」
「……逃げるって、あんなのに次追われたら逃げきれないわよ。私に何かあったら、貴方は逃げて」
半ば諦めたような、そんな声色でカレンは言う。
「でも……」
口を開いたその時。
「来るわ……!」
バゴッ!!という家の近くに大きな音が鳴った。
きっと太めの木を張り倒したのだろう。
「あっ……そういえば」
ユウマはなにか忘れていることを思い出した。
しかし、そんな思考を他所にカレンは家から飛び出す。
「くっ……改めて見るとデカイわね……」
『スゥエントベアー』と呼ばれる巨大な熊の魔物に、カレンは立ちはだかる。
前世界で見た動物園のツキノワグマに比べると、3倍はでかかった。
これも『邪気魔鉱石』の影響だろう。
「大丈夫かな……」
騎士の貴族家系の娘だ、平民では受けられるはずもない教育を受けてはいるのだろう。
しかし、この地域の魔物は他の地域の魔物より凶暴だと聞く。
魔物慣れしていなくては、かなり厳しいだろう。
「どうか、力を貸して、兄様……」
どうやら目の前の巨大な熊に足がすくんでいるようだ。
だが相手は自然に住む魔物。
その弱腰を見るや刹那、巨体とは思えない速度で前足を振り上げる。
「ッ!?」
咄嗟にカレンは後ろに回避したが、スゥエントベアーの攻撃は止まらない。
下がる彼女に目掛け、交互に前足を振り下ろす。
大きめの木すら一撃で倒す力だ。
華奢な女性一人が食らったら跡形も無いだろう。
「──火よ浮き上がれ」
カレンはそう呟くと、腕から手にかけて赤い線が走り、右手に火が灯った。
あれが、魔法。
この世界の基礎にして、生命の源であり、生活であり、糧であり、血である。
「炎の柱、屍の扉、溶ける血潮」
これは魔法の詠唱だ。
基本的に攻撃や高度な魔法は決められた詠唱をすることにより、魔力が練り上げられそれが力へと変わる。
それは炎のように分かりやすい攻撃であったり、身体強化であったり、剣撃であったりする。
「蒸発の赫、震わす力! 『フォイツンエイブ』ッ!!」
距離を取ったカレンの右手から炎の柱が横に一閃する。
竜巻のような炎が吹き出す魔法なのだろう。
そのまま一直線にスゥエントベアーに向かってゆく。
「ガァァァァァァ”ァ”ァ”ァァ!?』
巨大熊の呻き声が響いた。
物理より魔法が弱点な魔物だ。
それなりのダメージはあるのだろう。
……だが。
「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……ッ」
1度動きを止めたスゥエントベアーだったが、頭を振り、再び動き出す。
「き、効いてない……!?」
効いてこそはいるのだろうが、倒せる程のダメージには程遠いようだ。
あれ程の巨体を屠るには、それなりの火力が必要だ。
「……さ、砂漠の光、青の夢、波と凪、白い波紋」
次に続けて詠唱するカレン。
「迷わぬ雫……ウェルアンダルッ!」
次は水の魔法だろう。
腕から青白い光が流れ、右手から横に長い波紋の様な、カッターの様な水が吹き出る。
高圧で吹き出された水が、スゥエントベアーの懐を横に斬る。
はずだった。
「なっ……」
「グゥヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ」
以前巨大熊は唸るだけで、傷もなくそこに怒りの眼差しを宿していた。
「これも効かない……じ、じゃあこれは……きゃァッ!?」
次の魔法を詠唱しようとした時、スゥエントベアーは巨大な腕を振り下ろす。
ギリギリのところで回避したが、地面を抉られ、跳ねた石や土が彼女を襲った。
「だ、大丈夫か!?」
「大丈夫よこれくらい! ……それよりユウマさん、貴方は逃げて」
「いや、でも」
「私が食い止めるわ! 貴方は街に行ってギルドを呼んできて!!」
そうカレンが叫んでいる間も、スゥエントベアーは彼女を襲う。
「クッ!!!」
埒が明かないと苛立つ巨大熊は、そこで大きく口を開けた。
「な、何……?」
「ガァァァァァァアアアアアアア……」
大きく口を開けた中心に、紫色の光が集まってゆく。
それはまるでスゥエントベアーの体毛から集まるように。
毛の先々から、紫色の光が吸い込まれてゆく。
圧縮された邪気が、口に集まってゆく。
「ぼ、防御魔法……だ、ダメ、間に合わないッ!?」
圧縮された光は、紫の光線となって発射された。
「ッ!!!!!!!」
紫の光が辺り一帯を覆い、光線はカレン目掛けて放たれた。
カレンは全身に力を入れ目を瞑り、間に合わなかった防御魔法と、諦めに息を吐く。
……だが、光線は彼女に届かなかった。
「え……?」
「……大丈夫か?」
カレンの前に立った。
つよく瞑り開いた赤くなった眼を、目の前へ上目で向ける。
「えっ……」
その目には、ユウマの背中が映っていた。
「……ど、どうして」
「さっさと突っ走って色々やったと思ったら大ピンチだ。少しは相談ってことをして欲しいね若者よ」
「……な、何が」
「んじゃ、選手交代だ」
そのまま、ユウマはスゥエントベアーと目を合わせる。
「どうやら力ばかりデカくなった若い熊さんだな、お前は。たまに居るんだよなぁ」
「グルルルルルルルルルルルルル」
巨大熊は、目の前の立ちはだかる新たな獲物に唸る。
「ど、どいて!! なんで逃げなかったの!? このままじゃ2人とも死んでしまうわ!」
「まだ元気そうだな。まぁそのまま休んでてくれ」
「ダメよ!! 魔力が殆ど無い貴方じゃ、あの怪物はどうしようも……」
「そう。魔力がねぇから、俺は……」
そう言って俺は、懐から紙切れを取り出す。
「魔力が無い俺は、『工夫』させてもらう」
直後、紙切れを真上にほ放り投げ、一点を見つめる。
ただただ、その巨大熊、スゥエントベアーに。
「──顕現せよ。紅き歌は響いて闇を照らし、立ち上る」
その言葉が発せられた直後、スゥエントベアーは走り出した。
ユウマめがけ、巨体を大きく広げ叩き潰さん、と。
しかし、詠唱と共に紙切れが赤く染まり燃え上がり、巨大熊の周りをいつの間にか小さな炎の塊が多数踊るように回っていた。
そしてその炎と共に、最後へと、言葉は紡がれる。
「柱の帳は破られた灼熱と響け、『豪炎歌』」
直後、スゥエントベアーの足元が赤く染まり、ビィィィィイイイイイッ!!という甲高い音が揺れ響き、大きく割れる。
そしてその中心から吹き上がるように、高出力の炎の柱が立ち上った。
忽ち、巨大熊を包み込み、灼熱によって毛を肉を骨を溶かし始める。
彼らから見た光景では、それ以降はただの噴射した赤黒い柱だけだった。
「……な、なによ……あれ」
「ふぅ、こんなもんか。危ない危ない。ちっと焦げたけど外を剥げば晩飯にイケるか……?」
「……なによ、何よ何があったの!?」
「えっ? ああ、肉のこと?」
「一体なんなのあの炎!? 地面から吐き上がって……何も効かなかったはずのスゥエントベアーを……蒸発させた……?」
カレンはまるで悪夢から目覚めたかのように、冷や汗を垂らしながら目の前に起こった惨状に絶句していた。
「あー。あれくらいやらんとヤツはくたばらないだろうからなぁ。ちとやり過ぎた気もするが、デカかったし念には念を」
「だから、なんだったのよアレは!? 貴方、魔力が殆ど無いのよね!? 無いのに、あんな力……。それに、詠唱までどこが違った……。なんなのよあの魔法は!?」
「さっき使ったのは魔法じゃない」
スっとした眼で、カレンは割れた地面を見ながら言う。
「だったら、何よ。あれが魔法じゃないって言うなら」
「何よ何よって……。あれは、俺が生み出した力」
そう。
それは、この世界でただ孤独に生きるために編み出した新たな力。
「……あれはね」
それは決して、魔法ではなく、
「──『魔術』って言うんだよ」




