エピローグ 太く短く生きる道を閉ざされて
アパートを引き払い、少ない荷物を運び出して… 俺の住む屋敷に落ち着くまでに季節は少し変わっていて。
引っ越しと俺の婚約ともう一つ祝うことが重なったので集まろうと琉偉が言い出した結果、普段、あまり使われることのないカウンターキッチンはスーツで着飾った男達が集まっている。
「少しやりすぎじゃないのかな?」
広いカウンターで簡単にカクテルを用意しながら、カイルが告げる。アランがカイルの作ったジントニックを片手に俺の肩へ手を置いて、
「そうそう! わざわざあんな残酷なやり口しなくてもよかったんじゃないか? アキ。相手は平凡を超えない人間なんだぜ」
俺はカイルにウィスキーのロックを頼んだ後で、
「それじゃ面白くないだろう? かといって、簡単に死なせたのではつまらない。なら、永劫に苦しんでいてもらうのがいいさ」
今のこの瞬間も苦しんでいるはずの隆志を思って笑みを深めた。琉偉は普段から緩い格好をしているせいでネクタイが窮屈に感じるんだろう。ネクタイを少しいじりつつ、
「純血のインキュバス、ヴァンパイア、悪魔ね… これじゃ俺が一番の凡人になってしまうかなあ」
と集まった男のうち、純粋な人間は二人しかいないという事実を呆れ交じりに漏らした。琉偉の隣に並んだ昴流和希が不服そうな顔で、
「やめてくださいよ。それじゃ俺も凡人になっちゃうでしょ! 美鈴からは私より魔族設定が似合うとか言われてても普通の人間なんだからさ」
琉偉の代わりにネクタイを直してやりながら言った。その横顔は少年臭さの中に魔族のような妖しい色香が混じっている。が、純粋な人間だと言うから驚きだ。代わりに恋人の美鈴が元サキュバス族だという。
「まあ、そうなんだけれどねえ。所で俺は契約書なるものを見ていないんだけれど、本当に人間にとっての婚姻届で間違いないのかい? 悪魔の彰人」
「ふふっ、悪魔を疑うとは聞き捨てならないなぁ。悪魔は契約に関しては厳格だ。だが、願いを叶える代償に心臓や魂を頂くというのは無粋だろう? 瞳は満足だろうが、俺は残されてしまう。それでは不平等じゃないか」
「マジで婚姻届けだったっていうんだ~。悪魔ってもっと劣悪なことするんだと思ってた。こういうことに関しちゃ真面目なんだね」
「こういうことだからこそ、だよ。和希くん」
そう答えてロックグラスの中身を飲み干す。すかさずカイルが二杯目を用意しようとしたが、祝いの乾杯に取っておきたいので断って、
「瞳さんのような人でなかったらどうするつもりだったんだい? アキ」
我が家に来てからカウンターに立ちっぱなしのカイルに代わって、カウンターに立つことにした。居並ぶ男達が揃って意外そうにするのが面白かったが、
「その点は完全に賭けだったさ。魔女の慧眼恐れいったという所かな。俺の先行投資も多少は役立ててもらえたようだしね」
彼の好きなワインを用意しながら語って聞かせる。
「魔王サタン様も大事な跡継ぎが嫁を娶って安心しているだろうし、魔女は良い実験結果を得られて満足しているし、万々歳というわけか」
幾らかでも悪魔族の血を引いているカイルが俺の差し出したワイングラスを受け取り、軽く揺らして弄びつつ言う。ただの人間でしかない琉偉と和希にはファンタジー小説の一説にしか聞こえていないだろうが…
「ま、いいんじゃないかな? 賭けに勝ったし、心清らかな娘さんが幸せになれそうなことだし」
琉偉の言葉に頷いて、五人の好みに合わせたグラスを取り上げ、屋敷にそろって初めての乾杯を交わす。そして、各々で飲み干したタイミングで、ダイニングキッチンのドアが開いて、各々で着飾ったレディ達が現れる。
「カイルさんったら! 待っててくれるって言ったじゃない!」
「琉偉! どうして止めなかったのよ! 面子が揃ってからにするって約束だったのに!」
口々に文句を言い始めるのは詩織さんと五月さんで、すかさずワイングラスを置いて席を立ったカイルと琉偉がなだめに行く。
「ごめん。色々と楽しい話を聞けたところでね。待ちきれなかったんだ。大事なシャンパンは開けていないから許しておくれ」
「やあ、ごめんごめん。ところで、お嬢さんたちの支度はできたかい?」
その様は以前なら滑稽だと嘲笑う所だろう。だが、今の俺には瞳がいる。俺は琉偉の隣に並ぶと五月さんを見下ろして、
「自分の支度もあったのに瞳の世話を頼んでしまって悪かったね。五月さん」
と礼の言葉を述べた。瞳はドレスの着方も知らなければ、満足に化粧もできない状態だったから。その点、女性がたくさん集まっているというのはありがたい状況ではあった。
「大丈夫よ。化粧も昴流さんのおかげできれいにできるようになったし。ドレス選びが楽しかったわ。細身でスタイル良いんだもの。羨ましいくらいよ」
五人のレディの中で最も年長らしく、即座に立ち直って笑みをこぼしながら答えてくれる。そんな彼女の後ろで美鈴さんと芹那さんが瞳を強引に連れてくる所で…
「ほら、瞳さん! 大丈夫だから、とってもきれいにできたから!」
「そうそう。自信持ってください。きっと喜んでもらえるから」
そんなことを言いながらようやく瞳を連れてきてくれた。
「サンドリヨンには善なる魔女がいた。けれど、今の君に善良なる魔女の助けはいらない。瞳、君は十分に努力したのだろう? そろそろ見せてくれるかな。努力の成果を…」
俺が歩み寄りながら声をかけると、うつむいていた瞳がようやく顔を上げてくれた。淡い藤色のドレス、素顔を生かしたメイク… 愛しいというのはこんなに甘く艶めいた気持ちにさせてくれるのだと、初めて理解した。
「よく似合っているよ。瞳」
堪えきれなくて。腰に腕を回して抱き寄せ、額にそっと口付けを落とす。視界の端に驚いた顔を隠し切れないでいるカイルと詩織さんがいたが、構わない。
「さあ、シャンパンを開けよう。今日は俺のお気に入りのシェフが腕を振るってくれているからね。存分に楽しんでくれ」
片腕に瞳を侍らせたままで言うと、カイルとアランがすかさず人数分のグラスを用意し始めて、琉偉がシャンパンを開けてくれる。
「それじゃ、一番年長の俺が乾杯の音頭を取らせてもらおうかな」
「長々としゃべるのは流行らないわよ。琉偉」
「分かってますって。皆様、グラスをどうぞ。稀有なる純血の悪魔族、東城彰人の30歳の誕生日を祝って… 乾杯!」
そう。今日は俺の30回目の誕生日。瞳のおかげで恐れ多くも長生きを約束された稀有な日というわけで。
俺はどれだけ稀有にして孤独な純血の悪魔として生きるのか? それは魔王サタンでさえも分からない。それまでなら無駄に生きながらえてしまったと残念がっているかもしれない。
けれど、今は… 今の俺は…
「彰人さん、こんなに賑やかなパーティーって初めてよ」
伸ばしっぱなしだった髪をきれいに整えられ、薄くだが化粧も覚えて… ようやく27歳の女性として輝くことを知った瞳が笑ってくれる。それだけでこんなに晴れ晴れとした気持ちになっているから…… 長く生きるのも悪くない。そう思えるから。
「俺の悪魔としての名前、訊いてみたいかい?」
「聞きたくないと言えば嘘になるけれど…」
「初夜の床で、教えてあげるよ」
俺は悪戯めかして、そっと囁いた。彼女の反応は言うまでもないだろう。
お付き合いいただきありがとうございました( ^^) _旦~~ 第一部でえっちを匂わせていることの多いシリーズですが、こんなに清らかに終わったのも初めてです。でも(・∀・)イイ!! そういったことも含めてゆっくり進めましょうね。というわけでいつになるか分かりませんが、第二部を始めるつもりです。お付きくだされば幸いです。感想お聞かせくだされば幸いです。




