五話 狂気の獣さえ慈悲と思えるほどの 後編
途端にザワリと部屋中の空気が変わる。
まるで朝から深夜に変わったかのように。静かでありながら張りつめていて…
「前置きが長くなってしまったね。浅井さんはおしゃべりでいけないなあ」
「仕方ないさ。事務所にとっても大きすぎる稼ぎになったのだから。自慢したくてならなかったんだろう。アキ」
「そうそう! 演じる俺達は大変だったけどな。アキ、あんたはアドリブの天才だ。俺もそこそこだと思ってたけど、学ぶ所はまだあったみたいだぜ」
東城の言葉に日向カイルと桐生アランという男達が笑みを浮かべつつ、続けて言った。世間話に聞こえるが、遠回しに隆志と東城の格の違いを見せつけ、嘲笑っているようで嫉妬を超えた憎悪が募る。
三人掛けのソファに座っている男達は、人間を超えたなにかに見えて仕方ない。嘘だと思っていても、それでも…
「用事ってなんなんだよ!! いい加減にしてくれ!!」
憎しみのままに怒鳴り散らした途端、三人の目の色が一気に変わる。燃えるように鮮やかな紫、真紅、金へ…
「自分の実力を思い知り、悔い改めてくれるならと思ったのにね。かわいそうに… 悔い改めないから報いを受けるんだよ」
金に輝かせている日向カイルが哀れみを込めて言い、桐生アランはもっともらしく頷き、終始笑みを浮かべているままの東城彰人がグラスを掲げるように紙コップを持ち上げて、
「感謝している、というのは月宮瞳のことだよ。君が手放してくれたおかげで俺は大事に愛することができるのだから」
と優雅に言ってみせる。東城の口から出てくると思わなくて、咄嗟に反応できない。
「な、んで… 俺の女の名前を、あんたが…?」
絞り出すように問いかけてみるが、笑みを深めるばかりで答えはない。ただ紫色に輝く目で見据えるだけだ。
「あいつを、どうしたんだ!?」
「俺の屋敷で療養してもらっているよ。有給消化ということでね。有給消化の後、仕事は辞めてもらうことにした。その後は琉偉のようにマネージャーの一人として活躍してもらってもいいなあ」
どんどん冷静さを失っていく隆志と真逆に、東城は落ち着いているままで。その様をぐちゃぐちゃに穢し、壊してしまいたいのに魔物じみた目の輝きに圧倒されて、それもできない。
「おまえさ、ヴァンパイアを自称してるんだってな! なら、俺が本物ってやつを見せてもいいぜ」
桐生アランが真紅の目を燃えるように輝かせて言い放つ。その目に宿るのはプライドを傷つけられたものの怒りで。…その唇から覗くのは本物の牙で、認めざるを得なかった。
「お前の魂は薄汚れていて、食う気にならないけどな! 本物のヴァンパイアの牙は吸われる女に快楽を与えはしても傷跡一つ残したりしない。俺達をバカにするんじゃねえよ」
獣だ… それも極上の獣… いや、そんなものではなく…
「ば、化け物だ…!!」
「おや、化け物とは心外だな。俺達は稀有にして孤独な純血の魔族だ。物理攻撃の通じるひ弱な魔物どもと一緒にしないでほしいね」
日向カイルが澄ました顔で言ってのける。その目は燃えるような金で。彼らは座っているままなのに、武器さえ持っていないのに、勝てるわけがないと感じた。
「俺を殺すのか… 化け物どもめ、さっさと殺せよ!」
「そんなつまらないことはしないさ。それに俺は悪魔、カイルはインキュバス、アランはヴァンパイアなんだけれど」
二人に挟まれるように座っている東城がゆっくりとソファから立ち上がりつつ告げる。いっそ殺された方がマシだと思うほどの恐怖が一気に襲ってきて、心の底から狂気という慈悲が来るのを待ち望んだ。
「狂気に溺れることは許さない。死ぬことも許さない。瞳の苦しみは狂う事さえ許されなかったのだから。真なる孤独を永劫に味わうと良い。断絶の刃よ。あの男に与えられる全ての幸いと救済を切り捨てよ」
金色に煌めく小さなナイフを取り出し、右手に握りしめながら命令すると、ナイフは炸裂して燃え上がり、隆志を包み込んだ。
「ぎゃあああああ!! 俺が、俺が殺される!! 助けてくれ!!」
殺してほしいと心から願っているのに、不思議なほどの思考は研ぎ澄まされていて、素肌を炎が焼き尽くす感覚さえ生々しく感じる。
瞳を支配していたからいけなかったのか? 一緒に不幸になろうなどと願ったから…?
床を転げまわる隆志の耳に東城の柔らかく低い声が突き刺さる。
「瞳は悪魔と婚姻の契約書を交わした。瞳を成す全ては既に純血の悪魔族である東城彰人のものだ」
笑みを消した冷酷さの醸し出される眼差しで見下ろしていて… 言葉より雄弁に魔族が存在することを物語っていた。
「あくま、悪魔だ… 悪魔だ!! ここに悪魔がいるぞ!!」
そう叫びながら事務所を駆け抜けて出ていく。誰も追いかける者はいなかった。
アパートに帰ることもできず、路地裏のゴミ捨て場にうずくまっていることしかできない。なのに、思考は研ぎ澄まされていて、三人の魔族達の燃えるような目が忘れられない。
目を閉じていても、眠ることもできない。酒におぼれることもできない。ただ恐怖に震えることしかできない。なのに惨めだと怒り狂うことさえできなくて…
この後、隆志は警察によって保護される。この時にも魔物に襲われたんだと繰り返す隆志の言葉を、誰も心から受け止める者はいなくて。簡単な精神鑑定の結果、せん妄の一種だと雑に処理された。
警察の知らせを聞いた両親が迎えに来た時にはすっかり覇気を失い、まるで地獄に落ちた亡者のようだったという。
これにて隆志くんは終了です( ^^) _旦~~ お付き合いいただきありがとうございました。
あとはエピローグですね( ゜д゜)ウム それとキスもしていないので第二部(-ω-;)続けて書くつもりではいますが、いつになるやら… まあ、がんばります(`・ω・´)ゞ 感想お聞かせくだされば幸いです。




