四話 彰人の心に宿る感情は恋か狂気か… 後編
終始、寛いだ様子でいてくれるのがこんなに嬉しいと思えるなんて。…認めてしまうのが恐ろしいほどだった。これを、人はなんと呼ぶのだったか。
確か、遠い昔から雷撃の… と呼ばれているのだったか。
奪いたくなるのに大事に庇護していたくなる矛盾した衝動で。カイルとアランは純血の魔族としてでなく、一人の男としてこんな衝動を抱えてしまったと、そういう事だろうか。
「あぁ、いけないなあ。これでは… 俺は魔族の上位種なのになあ」
互いに切磋琢磨するとか才能を認め合うとか… そんな高めあう関係だったことはない。日向カイル、桐生アラン、そして俺という三人はただ稀有にして孤独な自分達を慰めあうだけの関係だった。
初めて女を知ったのはいつだったろうか…… 最早、遠い記憶の彼方でしかない。それは二人も同じだろう。言ってしまえば、爛れた関係、とでもいうのだろう。見た目がいいだけでやっていることはクズの極みだ。
「どうかしましたか? 東城さん」
「いや… 努力すればどんな願いも叶う。これは嘘だと思ってね」
最後にデザートとカクテルを楽しみつつ、こぼしてしまう。
俺は真なる悪魔として、清らかな娘の心を、その美しく輝く魂を鷲掴みにしようとしている。そして、無垢なままであるように籠の中に閉じ込めて…
「東城さん…?」
「知らないとでも思ったかい? それとも、俺をおとぎ話の王子様とでも思ったのかな。どれも違う。俺は悪魔だよ。それも純血の悪魔だ。なんでも知っているよ。…君も同じだっただろう?」
不思議そうな顔から一転して悲しげな顔に変わっていく。かつては真剣に恋した男のことを思っているんだろう。それだけで烈火の衝動がこみあげる。今はその衝動さえ心地よく感じつつ、言葉を続けた。
「三木隆志がモデルとして努力していたのは最初の一年目だけ… そのあとは分かりやすい転落と堕落の人生。スキャンダルとしてもありふれているかな」
一気に語ってデザートワインを呷る。俺の口には甘すぎるけれど、その冷たさは束の間、烈火の衝動を冷ましてくれるから。
「まるで夢を見ているんだと思っていました。サンドリヨンのお話、大好きだったから」
「残念だけれど、現実だよ。君たちは共依存というものに陥っている。まず君はそのことを知らなければならないからね。堕落していく男に食いつぶされて、不幸のまま老いていく君を見たくないんだ」
自覚できるほどに瞳の顔色が変わっていく。これでは飢えた獣と変わらない。どこまでもプライドを持って、高貴な悪魔らしく振舞うべきだったのに…
「断絶のナイフで俺を切っても構わない。けれど、これだけは忘れてほしくないんだ。三木は自分の権利で堕落していく道を選んだ。君が巻き込まれることはない。それを分かってほしい」
「分かってます… 分かっているんです…! ただ認めたら九年間分の努力はすべて無駄でしたって言われたみたいで、その…」
「努力を否定することはないよ。君は、この俺と、東城彰人という最高に美しい悪魔と出会うことができたじゃないか。それこそが君の人生で最高にして最大の幸せ、ということだよ」
空になったグラスにワインを注がせながら芝居がかった仕草で言ってみせると、泣き出しそうだった瞳の目が丸く見開かれて硬直した。
「最高に美しいって…! 自分のことをこんなに自然と祭り上げられる人っているのね…! 今日一番の驚きかも」
ようやく硬直を解いたかと思うと、涙を滲ませながらも笑ってくれて。そんな様に胸の奥底から甘く切ない感情が湧きおこる。…これを人は愛しい、と呼ぶのだろう。
ようやく理解できた。ワインを一口呷ると、俺も自然と笑みを返して、
「幸か不幸か、俺は人間じゃない。東城彰人などと名乗っていても悪魔としての名前まである。今は明かせないけれどね」
悪魔として継いだ名前を明かせるのは娶った娘との初夜の床でのみ… こんな恥ずかしいことをシラフで言うのは気が引けるので黙っておくことにして。
「知ってる。あなたは分かりやすく人間じゃないの。だから、出会えたんだと思うわ。そのことも含めて、今は嬉しく思えるから」
自然と言ってのける瞳の顔は年相応の女性らしさの香る淑女でしかなくて。こんな清らかで美しい娘が、三木隆志などという下卑て堕落した男のものとして生きるのか…? ここで手放せば、今日も明日も、五十年先も…
…烈火の衝動が獣のように暴れ始める。誰が渡すものか…!! ならば、いっそ、いっそのこと……
「この出会いを特別だと言ってくれるなら、俺にこのまま奪われてくれるかな」
「東城さん?」
「俺の名を呼んでほしい。君だけにその資格がある。彰人と呼んでくれ」
席を立ち、手を差し伸べる。今の俺の目は深い紫色に輝いているだろう。どれほど美しく見えても人間にはありえない紫色の目をして…
どれほど恐ろしく見えたか知れないのに、瞳は迷わず手を重ねてくれた。…純血の魔族、その中でも上位種である悪魔なのに。
そんな瞳の左手を取り上げ、そっと口付けを落とす。ありったけの想いをこめて、瞳と目を合わせたままで……
「え…? 唇じゃないことに驚いた」
俺の気持ちに気づいているのかいないのか。瞳はきょとんとした顔で俺を見上げて漏らす。その鈍感な様まで面白くも愛しいから。
「急がなくていい… 瞳、俺が欲しいものは君の全てだ。君の姿をした人形でも魂だけでも心臓だけでもない。それらを含んだ全てだ」
「初めて名前を呼んでくれた。彰人さん、とても強欲なのね。悪魔って」
「だからこそ、悪魔でいられる。そうでなければ面白くもない。さあ、俺の家へ帰ろう。大丈夫、悪いようにはしないから」
「はい。悪魔は契約に厳格、なんだものね。どうか最後までそのままでいてください。彰人さん」
瞳は少し切なそうな顔で微笑んで言う。どうやら誤解しているようだが、その誤解を解くのはもう少し先にしておいた方がよさそうだった。
後編です( ^^) _旦~~ お届けできて幸いです。彰人さん、難しかったです( ゜д゜)ウム
でもデートシーンが楽しかったです!ところで… 給仕をギャルソンとするか悩みました。ですが、お若い淑女の方々には身近でないかもしれないと思い、給仕と呼ぶだけにとどめました( ;∀;) こんな感じですが、最後までお付き合い下されば幸いです。感想お聞かせくださればもっと幸いです。




