四話 彰人の心に宿る感情は恋か狂気か… 前編
俺達魔族は外見で人間を判断しない。
それでもあまりに原石のようだと内心で呆れてしまった。純血の魔族ともなると魂の輝きまで見える。…その魂は宝石か大輪の花のように美しく輝いているまま、なぜか枯れていきそうなほど弱っていて。
「仕事、休ませてしまったね。俺は悪い悪魔かな」
「いいえ、いいんです。たまには休んでも… 仕事に支障出るわけないんです。上司が昭和世代の感覚を引きずってる人で、お前達は歯車だとか代わりは幾らでもいるとか言ってて… 給料がよくてもあんまりです」
ビル街の切り取られたようにぽっかりと空いた公園のベンチに並んで座り、話をする。…たったそれだけなのに俺の心はカイルやアランと酒を交わす時のように浮ついていて、自分でも首を傾げるほどだった。
…現世で盛りと咲き誇る花のような魂… より輝く様を見てみたい。どうすればいい? 彼女の為に何ができる…?
彼女の話に耳を傾ける一方で早くも俺の頭脳はそんなことを考え始めていた。
「ところで、名前を聞いていませんけど…」
「俺の? 悪魔としての名前はうかつに明かせないけれど、人としては東城彰人という名を与えられているよ。レディ」
少し考えてわざと含みのあることを答えると、レディという一言に微かに顔を赤らめながらも、
「レディって… そうなんですね。私は月宮瞳といいます。東城さん」
と丁寧に名を教えてくれる。その仕草はまるっきり27歳の女性のものじゃない。……それに…
純血の魔族であるほど感覚は研ぎ澄まされて、魂から様々なことを窺い知ることができる。その感覚が無粋なことを教えてくれるが、敢えて知らないふりをして。
「俺のこと知らないかい? 東城彰人って実名で俳優兼モデルをしているのに。トップではなくてもそれなりに売れている自信あるのになあ」
「はあ… ごめんなさい。知らないです。部屋にテレビ置いてないので… でも、あなたなら歌手もできそうですね。素敵な声をしておいでなので」
「それ、褒めてくれているの? なら、歌もやってみるかなあ。実を言うとね。芸能人としてはトップを目指していないんだ。上を目指しても下を向いてもキリがないからね。宙ぶらりんだけれど退屈しない日々だし、それでいいと思っていたんだ。長く生きるつもりはなかったから」
共通の話題が多いわけではないので自然と仕事にかかわる話になってしまうが、それでも瞳は真面目な顔で聞いてくれて。だからこそ、本音を明かしてしまいたくなる。
どれほど見た目に恵まれ、美声に恵まれて、数多の女達を魅了する魔術が使えても30歳までしか生きられないことを、明かしてしまいたくなる。だからこそ、君の愛が必要なのだと懇願して…
この俺が…? 魔族の上位種として生きてきた東城彰人が…!? 女の愛を求めるだなんて…… これはどうしたわけだろう。
「ふっ、これは面白いことになったなあ。ファナティックじみていても面白くないしなあ」
「ファナ…? どうかしましたか? 東城さん」
「ここで話していても面白いけれど、場所を変えないかい? お気に入りのレストランへご案内するよ。我慢強いサンドリヨン、何日食べていないのかな」
ベンチから立ち上がり、手を差し伸べる。瞳はなにを思ったのだろう。少しためらってから立ち上がり、手を重ねてくれた。
「そういえばお給料日の前で昨夜から何も食べていませんでした」
「じゃあ、仕事を休ませてしまった代わりに俺が奢ろう」
「はい。ごちそうになりますね。次は私が何か作りますから。料理、趣味なのでちょっと自信あるんですよ」
俺を見上げるまなざしは不安が見え隠れしていて、まるで東京に出てきたばかりの18歳の少女のようだった。これが酷い目にあっていたんだと思うと、心が痛み、熱い狂気が湧いてきて……
誰が見ても分かるほどに痩せてしまっている彼女の為に選んだのは、オーガニック野菜を中心としたイタリアンで。
「この街に隠れ家レストランなんてあったっけ…?」
「正確にはちょっと違うかな。魔術で空間を歪めているんだ。近道しないと辿り着けないからね。この手を放してはいけないよ」
そんなことを話しながら手を引き、道を案内して歩いていく。歩いて5分もしないうちにたどり着いたのは、カイルやアランと来たことのある隠れ家レストランで。
「空間を歪めて…? よく分かりませんけど、悪魔ってすごいんですね」
「まあ、あまり目立ちたくないからね。目立たずに食事だけを楽しみたい時はよく使うんだ」
そう言いながら幾つめかの曲がり角を通って店へ案内した。
たどり着いた先にあったのは立派な八重咲の藤が咲き誇る庭の隅に佇む一軒家で。そのドアを開けると、春咲きのバラが飾られた広い玄関が見えた。
食事を楽しむ個室から色とりどりの花が咲き誇る庭を楽しむことができて。
「一日に十組までしかもてなさないという素晴らしいこだわりを発揮している店でね。君も気に入ってくれると嬉しいな」
「東城さん、わたし… こんな普段着で申し訳ないです! この店に釣り合わない…!」
「そんなつまらないことは気にしなくていいんだよ。恰好に構わず、今を楽しんでいてほしいな」
そう言いながら胸に飛び込んできた瞳を受け止め、その額に触れるか否かのキスを落とし、給仕に促されるまま席まで案内した。
テーブルマナーをあまり知らない彼女の為に椅子を引いてやり、俺自身も給仕に椅子を引いてもらってから座る、というのを実演してみせた。
「すごい世界があるんですね… さすが芸能人…!」
「あははっ、まあ、すぐに慣れるよ。俺はこういうのが好きなんだ」
日本語で書かれていても全く理解できない瞳の為に、割とわかりやすいメニューを選んで注文する。最後に…
「連れはあまり食べていないらしい。オリーブオイルとアルコールは控えめにしてくれ。胃が驚かないようにね」
と給仕に簡単な指示を出して。そして、俺達の前に食前酒といくつかのオードブルが置かれた。が選んだのは俺の前には後味スッキリの白ワイン、瞳の前には白ブドウのジュースが同じグラスに注がれた。
「東城さん… いつから分かっていたんですか? 私が食べていないって。なんか当たり前に気配りしてくれてますけど」
「悪魔には色々と人間の持っていないオプションめいた能力があるのさ。いずれ分かるよ」
グラスを軽く掲げて乾杯をすると、瞳は迷わず飲んでくれて。俺はそれを見届けてからワインを呷った。それから簡単にまるっきりテーブルマナーを知らない瞳の為にマナー講座をしつつ、イタリアンフルコースをゆっくりと楽しむ。
久しぶりの彰人さん視点です( ^^) _旦~~ 長いので前後編に分けました。
お付きくだされば幸いです。この話に限ってはちょっと長めになるかもしれません。
お気軽に感想お聞かせくだされば幸いです。




